子どもに多い摂食障害「神経性やせ症」 脳・身長・骨・内臓のあらゆる成長を妨げる身体への影響とは[専門医が解説]
子どもに多い摂食障害「神経性やせ症」第2回。体と心への深刻な影響と治療法について。専門医・鈴木眞理先生が解説。全3回。
【画像】神経性やせ症の入院を検討すべき状態とは「ちょっとダイエットしてるだけかな」と親が子どものやせた様子を軽く受けとめている裏に、子どもの摂食障害「神経性やせ症」がひそんでいることがあります。この病気は“命にかかわる可能性”があり、とくに成長期の子どもへの影響は深刻で、入院治療が必要になることも。神経性やせ症の症状と、入院判断、自宅での治療の難しさについて、日本摂食障害協会理事長の鈴木眞理先生に伺いました。
「記憶がない!」 脳にも影響する「神経性やせ症」
神経性やせ症とは摂食障害の一種で、いわゆる拒食症のこと。コロナ禍以降、この病気と診断される子どもが国内では約1.6倍、世界的には約2倍に増加。「太るのが怖い」という気持ちから、食事ができなくなってしまう病気です。
たとえ食べることができても、そのあとにわざと吐いたり、下剤を使ったりして、体重を減らそうとしてしまうため、体はどんどんやせ細っていきます。
子どもの神経性やせ症がどう重症化するのか、日本摂食障害協会理事長の鈴木眞理先生に聞きます。
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──7~9歳ほどの小学校低・中学年でも神経性やせ症になるケースがあると聞きます。最初はどのような状況で受診されるのでしょうか。
鈴木眞理先生(以下、鈴木先生):病院に来たときには、すでに極度のやせ状態で、深刻な栄養失調になっていることもあります。たとえば、新体操に打ち込む小学6年生の女の子がいましたが、学校保健統計調査の学年平均体重が約40kgのところ、彼女の体重は25~28kgほどまで減っていました。
当時、新体操で良い結果が出せずに悩んでいたとき、指導者や周囲から言われたのは「最近、ちょっと太ってきたんじゃない?」「もっと体を軽くしたほうが、うまくなるよ」という言葉でした。
結果を出したいという強い思いがあった彼女は、そのひと言をきっかけに、食事をどんどん減らしていきます。体重はみるみるうちに減少しましたが、脳の働きにもマイナスの影響が出て、診察中もぼんやりとしている状態でした。神経性やせ症は脳の萎縮が起こるのです。
こうして病院にたどり着く子どもたちは、あとから振り返っても「当時の記憶がほとんどない」と話すことが少なくありません。
指導者や周りの大人が、なにげなく「やせたほうがいい」と伝えることは、子どもの心と体に深刻な影響を及ぼしかねません。スポーツの現場では、選手が限界を超えてやせたり、レース中にケガをしながらも努力する姿を「美談」として語られたりすることもありますが、そのような風潮は見直していく必要があります。
──本人や家族は、自分の異変に気づけるのでしょうか。
鈴木先生:神経性やせ症は、本人も家族も気づきにくい病気です。なぜなら、病気の影響で「やせすぎている」という現実を脳が認識できなくなり、本人は「まだ太っている」と思い込んでしまうからです。
さらにやっかいなのは、初期にはむしろ“いい変化”に見える点です。たとえば「最近、成績が上がった」「部活で前より活躍している」など、最初は周囲から見て前向きな変化に映ることがあります。
食事面では「野菜が好きになった」「虫歯が心配だから甘いものは控えている」といった、健康志向のような発言が増えることも。
しかし、その裏に過度なダイエットや食事制限をジャマされたくないという意図が隠れていて、本人だけでなく家族も異変に気づけないまま、深刻な状態に陥っているのです。
神経性やせ症の子どもに見られる3つのサイン
──親として「これはおかしいかも」と気づくために、どんな特徴に注目すべきでしょうか。
鈴木先生:子どもの神経性やせ症には以下のような特徴があります。
①「やせたい」とは言わないのに、やせるための行動を続ける
大人の場合は「やせたいから食べない」と明言することが多いのですが、子どもの場合はそうとは限りません。「やせるのはよくないよね」「私はちゃんと食べてるよ」と、やせたい気持ちを否定することさえあります。
しかし実際には、こっそり食事の量を減らしたり、運動を必要以上に頑張ったりと、日常的に“やせるための行動”を取り続けます。
②「お腹が痛い」「気持ち悪い」など、身体症状としてあらわれる
神経性やせ症の子どもは、心理的な問題を「体の不調」として訴えることがあります。こうした訴えは内科的な病気と誤解されやすく、「まさか摂食障害だとは思わなかった」と驚くご家庭も少なくありません。
③食事制限を長期間にわたって続ける
一度決めた食事ルールを厳格に守り、「揚げものは食べない」「甘いものは絶対に口にしない」など、徹底的に制限するようになります。もし、そのこだわりが何ヵ月も続いていたら「ちょっとおかしいかも」と思ったほうがいいです。
“体重だけではない”やせがもたらす深刻な影響
──神経性やせ症は、子どもの体や心にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
鈴木先生:ただ体重が減るだけにとどまりません。特に子どもは心身ともに発達の途中にあり、成長を大きく妨げてしまいます。
具体的には以下のような影響があります。
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・身長が伸びない
・初潮の遅れ・月経の停止
・骨密度の低下(将来的な骨折リスクの増加)
・脳の萎縮(思考力・集中力の低下や、ぼんやりした状態)
・年齢相応の情緒や社会性など、精神面の成長の遅れ
・歯の喪失
・低栄養による肝機能障害など、臓器機能の低下
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重篤なケースは命にかかわるため、状況に応じて入院治療が必要となることもあります。
子どもの命を守るため、標準体重の65%以下になると入院が検討され、55%以下になった場合には必須となる。 出典:『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』
〈入院判断の目安〉
・標準体重の55%以下:入院が必須とされるライン。
・標準体重の65%以下:入院が検討されるライン。他の状況を含めて総合的に判断される。
年齢ごとの標準体重の目安。この表と比べて、極端に体重が少ない場合は注意が必要。 出典:『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』
入院が必要になる割合は、大人よりも子どものほうが多いのが実情です。それは、今まさに発達段階だからこそ、「子どものころの栄養不足」が「一生にかかわる問題」へとつながってしまうためです。
治療は時間も労力も必要
──治療はどのように進んでいくのでしょうか。
鈴木先生:体重を増加させて合併症を予防する「身体の治療」と、過度の完璧主義や苦手な対人関係を改善する「心理面の治療」の両面が必要です。
脳が飢餓状態ではこだわりがさらに強くなって心理的治療の障害になるので、まず身体状況のリスクを評価し、栄養改善を優先させながら、「支持的精神療法」と呼ばれる対応をしていきます。
ここでは成長曲線などの客観的なデータを使って、現状の深刻さを具体的に伝えることで、「身体がちゃんと育っていないよ」「この状態ではしたいことができないよ」と治療の動機づけをおこないます。また、子ども自身に「食べると体があたたかい」と気づかせ、良い行動を促していくのです。
精神面では、治療の経過でその子どもの抱えるストレスや課題を聞き取り、解決方法を習得させていきます。子どもは、家族の影響を受けやすいので、家族の不安も解消しながら、家族が一番の理解者で応援者になるように支援します。
このほか治療法には、以下のようなものもあります。
●認知行動療法
「自分は太っている」「食べたらすぐ太る」「自分はやせていなければ価値がない」「食べたら動かなければならない」など体型や体重のコントロールに対する思い込みを修正していく心理療法です。偏った認知を整えることで、行動を変え、病気の改善を目指します。
●家族療法(FBT)
保護者が専門家の支援を受けて、治療チームのメンバーとなり、食事と運動の管理を通じて体重増加をめざす自宅での治療法で、入院医療費が高額な欧米で発展しました。本人が食事を強く拒否することも多く、保護者が6ヵ月から1年ほど根気よく支え続けなければなりません。治療のために、仕事を休まなければならない場合もあります。
●行動制限療法
入院治療で行われる方法で、最初はあらゆる行動が制限されます。そうすることで、自分の体や心の声を聴く練習になります。食事量の増加に伴って、それらの行動制限が解除されていきます。
〈参考文献〉
中里道子.摂食障害の基礎と臨床 摂食障害の精神療法
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https://smapg20110918.up.seesaa.net/image/article2028729.pdf
認知行動療法と家族療法は、臨床心理士などの専門家が必要なため、対応できる病院はまだ限られているのが現状です。
いずれにしても、神経性やせ症の治療には多大な時間や労力がかかっています。
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では、もし子どもが「やせたい」と言い出したとき、親はどう声をかけるべきでしょうか。
次回は、神経性やせ症から子どもを守るために親ができること、そして回復に必要なかかわり方についてくわしく解説してもらいます。
取材・文/牧野未衣菜
おすすめの本はこちら
鈴木眞理先生の監修『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』(講談社)。思春期に多い拒食症や過食症について、原因から治療、家族や学校の対応までをイラストとともにやさしく解説。摂食障害が「心の問題が食に現れた病気」であることを軸に、本人の心理や回復のプロセス、家族ができる関わり方を丁寧に紹介しています。「もしかして……」と感じたとき、周囲の理解と支援の第一歩となる一冊です。
『摂食障害がわかる本 思春期の拒食症、過食症に向き合う』(監修:鈴木眞理/講談社)
●鈴木眞理(すずき まり)PROFILE
内科医・医学博士。長崎大学卒業後、元・跡見学園女子大学心理学部臨床心理学科特任教授。政策研究大学院大学名誉教授。現在、一般社団法人日本摂食障害協会理事長。