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「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲の陰に隠れた〝望郷演歌〟の名曲 千 昌夫「夕焼け雲」

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「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲の陰に隠れた〝望郷演歌〟の名曲 千 昌夫「夕焼け雲」

 正直、千昌夫の曲に興味を示したことがなかった。「星影のワルツ」が大ヒットしたときも、「北国の春」が話題になったときも、僕の心がくすぐられることがなかった。だが、ある日カラオケで、先輩の編集者が歌った曲を聴いて、「いい歌ですね、誰の曲ですか」と心にとまった歌があった。千昌夫の「夕焼け雲」だと教えてもらい、僕が千昌夫の曲に耳を傾けることなんてないだろうと思い込んでいたので、自分自身にいささか驚いた。この10年以内のことである。千昌夫の曲の味わいがわかる年齢になったということだろうか、いや、「星影のワルツ」や「北国の春」には、いまだにそれほど興味をもって注目したことはない。

 
 千昌夫は1965年に作曲家の遠藤実に入門し、同年9月5日に「君が好き」で、ミノルフォンレコードからレコードデビューした。現・徳間ジャパンコミュニケーションズであるミノルフォンレコードは65年に作曲家の遠藤実らが立ち上げた会社で、遠藤実(えんどう みのる)の名前からとった名称であった。千昌夫は立ち上げ時からの専属歌手で、現在も席を置く。
 66年3月24日に3枚目のシングルとしてリリースした「星影のワルツ」(作詞:白鳥園枝、作・編曲:遠藤実)に火がつきはじめたのは67年の秋頃からで、全国の有線放送でのリクエスト数が増えはじめたのだ。レコードリリースから一年半が経っていた。68年4月29日付でオリコン・シングルチャート8位にランキングされ、初のトップ10入りとなった。6月3日付で1位を獲得し、7月8日付でザ・テンプターズの「エメラルドの伝説」に首位をあけわたすが、8月19日付で1位に返り咲き、10月7日付まで24週間トップ10にランクインし、累計売上は250万枚を数える。台湾、香港、シンガポール、マレーシアなどでも愛唱されている。リリースから2年9か月後の68年大晦日、NHK紅白歌合戦に初出場となった。同年の初出場組には、森進一、美川憲一、鶴岡雅義と東京ロマンチカ、黒沢明とロス・プリモス、小川知子、中村晃子、ピンキーとキラーズと昭和の名曲を歌った歌手の名が並ぶ。

 
 その後、「君がすべてさ」「わが町は緑なりき」などのヒットで紅白歌合戦にも4年連続出場していたが、その後はヒット曲にも恵まれず紅白歌合戦にも落選した。しかし、77年、千昌夫に再び歌手としての大きな出合いがめぐってきた。
 77年4月5日に23枚目のシングルとしてリリースした「北国の春」(作詞:いではく、作曲:遠藤実、編曲:京建輔)である。オリコン100位以内初登場から通算92週目でミリオンセラーを達成する。79年2月5日付と4月2日付でオリコン・シングルチャート最高位の6位まで売上が伸び、累計売上は「星影のワルツ」を上回る300万枚と言われている。そして77年の紅白歌合戦に6年ぶりに返り咲いた。
 岩手県出身という東北人特有の粘り強さ、辛抱強さというのか、千昌夫は同曲を歌い続け大きな結果をもたらしたのだ。77年度オリコン年間シングルチャート139位だったのが78年度は55位、79年度は5位と超ロングヒットとなった。78年、79年と3年連続で紅白歌合戦で同曲を歌唱し、白組司会者の山川静夫アナウンサーが「3年連続同じ曲!」と紹介していたことを思い出す。3年連続で同一曲が歌われるのは「北国の春」が初めてだった。
 この曲をテレビで披露するときは、よれよれのレインコートに古びた中折れ帽、丸縁の眼鏡、ゴム長靴に首に手ぬぐいを巻いた姿で使い込んだトランクをさげて歌っている。このスタイルが親近感を呼び、ミリオンヒットにつながった要因の一つとも言われる。中国やタイでも歌われ、テレサ・テンもカバーしており、テレサが歌う楽曲の人気投票で、カバー曲にもかかわらずだんとつ1位にもなっている。通算16回紅白歌合戦に出場した中で、千昌夫は「北国の春」を6回も歌っている。

 今回紹介する「夕焼け雲」は、「星影のワルツ」と「北国の春」という大ヒット曲にはさまれた感じで、76年3月20日にリリースされた。「北国の春」と同じく、故郷へのつきない思いを歌った曲である。作詞は横井弘、作曲は一代のぼる、編曲は馬場良が手がけている。横井は三橋美智也の「哀愁列車」、春日八郎の「山の吊橋」、ザ・ピーナッツの「心の窓にともし灯を」、仲宗根美樹の「川は流れる」、倍賞千恵子の「下町の太陽」などの作詞家として知られる。望郷の念を詠った詩や、市井の人々のささやかな生活や哀切を詠み込んだ作品に本領を発揮する作詞家と言えるかもしれない。一代のぼるの作曲では水前寺清子の「おしてもだめならひいてみな」や、松村和子の「帰ってこいよ」など、演歌の中でもリズムのある曲が親しまれている。
「夕焼け雲」も、いわゆる〝望郷演歌〟と呼ばれるジャンルに属すだろう。身を立てるまでは帰らないと誓ってあとにした故郷への思いを抱きながらも、なかなか帰ることができない心情を詠った横井の詩と、一代による演歌ながら重くならない、ある種メリハリの効いた親しみやすいメロディがうまく組み合わさった曲だと思う。同じ望郷演歌の「北国の春」に興味を示さなかった僕が、「夕焼け雲」に耳を傾けた要因はそこにあるような気がする。さらに、僕にとっては初めて知る名前だったが、編曲の馬場良の功績も大きいと思う。トランペトのソロ、ギターとマンドリンの爪弾きに和笛が入るイントロから、故郷風景を思い浮かばせる哀愁をそそるアレンジが、千昌夫に少々鼻にかかった声で歌い上げさせたのではないだろうか。
 「夕焼け雲」に続いてリリースされた「流れ雲」も、横井&一代コンビによるもので、編曲は京建輔だが、スケールを感じさせる「夕焼け雲」の流れを踏んだ曲で、山本薩夫監督、平幹二朗、浅丘ルリ子、大竹しのぶらの共演による映画『天保水滸伝 大原幽学』の主題歌としてスクリーンに流れた。この曲も好きだ。ちなみに「夕焼け雲」は83年の紅白歌合戦で歌唱された。リリースから7年目の紅白歌合戦での歌唱だった。

 
 本年10月6日に放送された沖縄での「NHKのど自慢」のゲストは千昌夫と木村カエラという異色の組み合わせだった。カエラは自身のインスタグラムに、そのときのエピソードを千昌夫との2ショット写真とともに投稿している。
 カエラは、「NHKのど自慢」初ゲストを体験し、そのことを千に伝えたところ「僕は100回くらい出ているかも」と笑いながら話していたという。カエラは「千さんとご一緒できて、とても嬉しかった」と綴っている。木村カエラファンからも大きな反響が集まったようだ。
 千昌夫と言えばやはり「星影のワルツ」であり「北国の春」だと思うが、テレビの歌謡番組でも「夕焼け雲」をはじめその他の曲を歌う機会を千昌夫に与えてもらいたいものだ。

文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫 

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