SIerで「脱・何でも屋」が進む。スペシャリストのポストが爆増中?【IT菩薩モロー】
スペシャリストとして働きたいエンジニアにとって、事業会社は魅力的な選択肢の一つだろう。
「SIerのキャリアパスは、マネジメント職一択」
「給料は安定しているが、スペシャリストとして成長できる環境ではない」
そう考えている技術志向のエンジニアは、決して少なくないはずだ。だが今、こうした固定概念に待ったをかける人物がいる。転職のプロフェッショナルとして数々のエンジニアのキャリアを支援してきた、転職エージェントの毛呂 淳一朗さんだ。
なぜ今、SIerでスペシャリストのポストが急増しているのだろうか。SIerの見極めポイントやビジネスモデルの将来性と合わせて、毛呂さんに聞いた。
株式会社キッカケクリエイション
取締役 副社長
毛呂 淳一朗さん(@it_bosatsu_moro)
慶應義塾大学法学部法律学科出身。2012年に人材ベンチャーに入社し、新卒採用領域の営業・人事を経験後、タイ・香港にて海外事業の立ち上げを担当。その後、ベトナムでの人材エージェントの創業を経験し、帰国後、都内のIT企業にてエンジニアの採用担当として勤務。現在はITエンジニア向けキャリア支援サービス「キッカケエージェント」の事業責任者を担当。またYouTube『IT菩薩モローチャンネル』にて、エンジニアのキャリア・転職に特化した情報発信で話題を呼んでいる
目次
大手コンサルへの「不満」が、SIerを変えつつある事業会社への「過度な信仰」は、かえってミスマッチにAI時代だからこそ「SI不要論」に疑問を持つべき?
大手コンサルへの「不満」が、SIerを変えつつある
ーー今、SIerで描けるキャリアパスが多様化しているとのことですが、具体的にはどのような選択肢が広がっているのでしょうか?
前提として、多くのエンジニアの間では「SIer=手を動かさず、マネジメント・管理に特化したキャリアパスになる」といった固定概念があると思います。
それは確かに的を射ていて、これまでSIerにおいて「アーキテクト」や「テックリード」といったスペシャリストのポストは非常に門戸が狭いものでした。ポジションはあるけど実際になれる人はごく僅かで、新卒採用向けのアピール材料のような、少し“お飾り”に近い側面があったことは否めません。
ただ近年のSIerでは、いくつかの要因からスペシャリストのポジションが急増してきており、年収800〜1000万円クラスの好待遇で「手を動かし続ける」キャリアが実現できるようになってきています。
ーー具体的に、どのような要因が?
まず一つ目が「顧客ニーズの多様化」です。お客様、つまりユーザー企業のやりたいことが、以前に増して非常に複雑になっているんです。
例えば、かつては「金融システムの開発といえばウォーターフォール」と画一的でしたが、今は全く違います。
同じ金融業界でも、勘定系のようなコアシステムは従来通り、ウォーターフォールで開発することが多いと思います。一方、決済系のサービスは「Go」や「Kotlin」といったモダンな技術を使いつつ、アジャイルで開発を進めたいといった要望が増えている状況です。
そうなると当然SIer側も、画一的な開発体制では対応できなくなってきます。結果として、多様な技術や開発手法に精通した専門家、つまりスペシャリストの存在がプロジェクトの成否を分ける上で不可欠になっているのです。
ーー顧客の変化が、スペシャリストの価値を高めていると。
加えて、「業界内の競争激化」も大きく影響しています。これは、BIG4をはじめとする大手コンサルファームに対する“不満”が大きく影響しています。
大手コンサルは壮大な事業計画のような絵を描くのは得意ですが、それを技術的に形にするSIのフェーズでは、必ずしも高いスキルを発揮できるとは限りません。実際、「高いお金を払って頼んだが、技術力は期待したほどではなかった」という声をよく耳にします。
そこにビジネスチャンスを見出した技術力の高い、一部のコンサルティングファームおよびSIerが「うちは単に企画やプロジェクトマネジメントだけでなく、システム企画や技術選定から要件定義~設計~開発まで、もっと高い技術力でやり切りますよ」と、既存の巨大プレイヤーたちが必ずしも得意ではない領域で競争を仕掛けているんです。
もはや「SIer」と一括りに捉える時代は終わりました。かつてのように「どのSIerに行っても同じようなキャリア」と判断してしまうことは、現状にそぐわなくなりつつあります。
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事業会社への「過度な信仰」は、かえってミスマッチに
ーー実際に今、スペシャリスト志向のエンジニアがSIerへ転職するケースは増えているのでしょうか?
従来、スペシャリスト志向のエンジニアの多くは、SIerではなく事業会社への転職を目指すのが王道でした。ですが近年、事業会社ではなくあえてSIerを選ぶ方も増えてきています。
私が最近ご支援した、とあるSIer在籍の35歳・C#エンジニアの方がまさにその好例です。
その方は開発経験10年強、テックリードやスクラムマスターのご経験もお持ちで技術力に秀でており「管理職ではなく、技術を極めたい」「特にゼロ⇒イチの立ち上げフェーズで技術をリードするのが好き」という明確な志向を持っていました。
ーー普通に考えれば、次は事業会社が有力候補になりそうですね。
ええ、彼も当初は事業会社を熱心に検討していました。ただ、実際に複数の選考を受ける中で、「目の前のプロダクト改善が中心になりがちで、ゼロから技術的に作り上げるフェーズに関われる機会は意外と少ない」と感じたそうです。
最終的に彼が選んだのは、誰もが知る大手SIerのポジション。そこでは、エンドユーザーと直接向き合う大規模プロジェクトの初期段階から入り込み、技術選定やアーキテクチャの策定なども含めた技術的な意思決定を担うポジションが用意されていました。
事業会社で求められるスピード感や変化の激しさ、あとはその事業会社が直面している組織やプロダクトのフェーズに、全てのエンジニアがフィットするわけではありません。
もっと堅実に、大規模でミッションクリティカルな社会インフラのようなシステムに、腰を据えて向き合いたいタイプの技術者もいますよね。後はスキル・経験が豊富だったとしても、やりたいことが決まっていないエンジニアは少なくありません。彼もその一人だったんです。
そうしたタイプのエンジニアにとっては、無理に事業会社でスペシャリストの道を歩むよりも、SIerでキャリアを進めていく方がマッチしていると言えます。
ーーその方が転職されたような、スペシャリストを正当に評価してくれるSIerには、何か共通する特徴がありますか?
「私たちは何屋なのか」という専門性、つまり企業の“武器”が明確なことです。
例えば、1億円~数億円以上の規模が大きいシステム、特に金融系のような高度な業務知識が求められる非機能要件が複雑かつ難しいシステム、後は高トラフィックの環境が求められるシステム開発などに10年以上取り組んできた企業。
またクラウドネイティブなシステムのゼロからの立ち上げ、大規模なシステム移行、安定運用などに強みがある企業であれば、業態はSIerだったとしても、技術的な知見を深めながらスペシャリストとしてのスキルを活かしやすいでしょう。
これまでのSIerの多くは「多様な業界に対応できること」を強みに打ち出すパターンが一般的でした。ただ今後は「どのような技術的な強みを持って、どのような業界・お客様へ、どのような価値を提供しているのか」というストーリーが明確なSIerを見極めると良いです。
かつてのような「何でも屋」ではなく、自分たちの戦う領域を定めている企業は信頼できますね。
ーー商流だけでなく、その会社の「稼ぎ方」や「哲学」そのものを見る必要があるのですね。
前提として、商流の浅い案件に携わる方が、エンジニアとして市場価値の高い経験を積みやすい事実はあるものの、今の時代においては「元請けか二次請けか」という古い物差しを捨てることが重要です。今や「元請けより二次請けの方が年収が高い」といった逆転現象も普通に起きています。
例えば元請けSIerではあるものの年収レンジがそれほど高くない企業と比較した場合、NECソリューションイノベータのような高い技術力を持ち、企業としての経営基盤がしっかりしている二次請けSIerの方が高い報酬を提示するケースは珍しくなくなってきています。
もちろんグループ企業としての経営基盤の安定感も少なからず影響していますが、本質的には「どの領域で、どれだけ単価の高い、付加価値の高い仕事をやっているか」に尽きます。商流の浅さや社格だけでは企業の本当の価値は見えないこともあり、企業選びがますます難しい時代になってきていると言えます。
ーー企業のラベルに惑わされてはいけないですね。
その通りです。「SIerと言いつつどうせ客先常駐だろう」「マネジメントの仕事しかできない」と見向きもせず、SIerへの転職を選択肢から外してしまうのは、非常にもったいないです。
それにSIer側も、そのような固定概念を持たれていることを十分承知しており、自社の魅力が伝わりにくい現実をよく理解しています。そのため、SIerの中には求人を広く公開せず、信頼できる転職エージェントのみに重要なポジションの採用を託している企業も少なくありません。
近年は企業から直接スカウトが届く「ダイレクトリクルーティング」も一般的になっていますが、そうした受け身の姿勢だけではこうした情報にはなかなか辿り着けません。
理想の転職を実現するには、「見つけてもらう」だけでなく、「自分で探しに行く」ことも欠かせないのです。
AI時代だからこそ「SI不要論」に疑問を持つべき?
ーー現在は生成AIの進化も後押しとなり、「システム内製化」の動きも見られています。SIerというビジネスモデルの将来性を、どう見ていますか?
今はまさにSIerの「過渡期」だと捉えています。旧来のウォーターフォールのプロジェクトで管理だけを行うようなビジネスモデルでは、必要とされなくなり、かなり厳しくなるでしょう。
とはいえ、SIerの需要が簡単になくなることはないと考えています。プロジェクトを推進できるPMやエンジニアといったIT人材を、自社内で抱えられている企業はまだそう多くはありません。
それこそ、文化シヤッターと日本IBMの裁判がその象徴的な事例です。大手SIerの支援があっても失敗するほど困難な大規模プロジェクトを、ユーザー企業が単独で遂行するのは簡単なことではないと思います。
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ーー確かに数億円規模のプロジェクトは、経験豊富なSIerがいるからこそ実現できる側面もありそうです。
そうですね。それに企業が内製化しようにも、昨今の人材不足で優秀なエンジニアの採用は非常に困難であると言わざるを得ません。業界を代表するような大手企業でも、勢いのあるSaaS企業やメガベンチャーと競って優秀な人材を獲得するのは至難の業です。
ですから、多くの企業は「現実策としてSIerに協力を仰ぎながら、時間をかけてエンジニアの採用も進める」というハイブリッド戦略を取らざるを得ない。
この構造的な課題がある限り、SIerの需要、特に大規模・高難易度案件における価値は揺るぎにくいでしょう。
ーーとはいえ大手コンサルファームを中心に人員整理のニュースも耳にします。SIer業界でも今後似たような話が出てくる気もするのですが。
難しいところですが、現状多くの日系SIerは慢性的な人手不足です。外資系コンサルで聞かれるような大規模な人員削減の話は、SIer業界ではまだ考えにくいのではないでしょうか。
そもそも両者の状況は、背景が全く異なります。
外資系コンサル、特にアクセンチュアのような企業で人員整理が起きる背景には、数年前の「超大量採用」があります。当時は事業拡大のため、IT未経験の方も含め、本国のダイバーシティ方針などを理由に「自分たちが本当に欲しい人材か分からないまま、多様性の観点で採用せざるを得なかった」という側面があったと分析しています。現在の動きはその「行き過ぎた採用」の反動という側面が強いのです。
一方で多くの日系SIerには、そこまで極端な積極採用を行った歴史がありません。「スキルやカルチャーが明らかにフィットしない人材」がコンサルファームほど多くはないため、同様の大規模な人員削減にはつながりにくいと言えるでしょう。
ーーSIerでキャリアを描いていく選択肢は、まだ比較的リスクが少ないと?
いえ、もちろんリスクはあります。ただし、そのリスクは業界全体というより、「個人のスタンス」に起因します。
具体的には、35歳以上で変化を嫌う人材です。「金融以外の仕事は絶対にやりたくない」「新しい技術や開発手法についてまったく興味・関心がない」など、過去の経験に固執して新しい技術や業界を学ぼうとしない方は、かつての富士通などを見てもわかる通り、企業の変革期に厳しい立場に置かれる可能性があります。
富士通、早期希望退職を募集 費用200億円計上も人数は非公表https://www.asahi.com/articles/ASSB03DZPSB0ULFA02PM.html
だからこそエンジニアが将来のキャリアパスについて考えるにあたって、SIerという環境に「自身が向いているかどうか」を考えることが重要になるわけです。
これまでSIerの将来性や魅力についてお話してきましたが、SIerで働くことに向かない可能性があるのは、お客様と直接対話することや設計書などのドキュメンテーションが苦手な方です。
SIerでは基本的なビジネススキルも強く求められるため、「コミュニケーションは不得手だが、技術力は誰にも負けない」という“尖った”タイプの方は、Webサービス企業の方が活躍しやすい傾向があることは確かです。
繰り返しになりますが、大切なのはSIerをキャリアの選択肢から盲目的に排除しないことです。100人のエンジニアがいれば100通りのキャリアパスがあってよい時代なので、ご自身のタイプや志向をしっかり見極めた上、今後のキャリアパスをじっくり選んで欲しいですね。
写真提供/キッカケクリエイション 取材・文/今中康達(編集部)