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ツアーで一番稼いだアーティストは誰?音楽産業はレコードビジネスからライブビジネスへ

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2022年11月20日 エルトン・ジョン最終公演日(ドジャー・スタジアム)

連載【教養としてのポップミュージック】vol.10 / ツアーで一番稼いだアーティストは誰?音楽産業はレコードビジネスからライブビジネスへ

21世紀に入ってから明らかに低下した音楽コンテンツの入手コスト


かれこれ半世紀も音楽ファンをやっていると、数多くの音楽市場の変化を目の当たりにする訳だが、直接的に最も影響を受けたのは音楽にかかるコストの変化だ。音楽にかかるコストというのは、例えばCDや配信音源等の音楽コンテンツを入手する時、あるいはライブを観に行く時に払うお金のことである。

音楽コンテンツの入手コストは、20世紀中はほぼ横ばいだったが、21世紀に入ってから明らかに低下した。僕が本格的に音楽を聴き始めた1970年代の終わり頃、日本盤のLPレコードの値段は大体2,500円だった。1982年にソニーとフィリップスがCDを商品化すると、当初は3,500円で売り出されたが、いつの間にか3,200円前後に落ち着いた。その後しばらくは、大きな価格変動はなかったように記憶している。

状況が一変したのは、2001年にアップルがiTunesを発表してからだ。これによって音楽をダウンロードする時代が到来したが、変化はそれに止まらなかった。2008年にSpotify、2015年にApple Musicが誕生するとストリーミングで聴くスタイルが主流になっていき、それに伴ってコンテンツの入手コストはどんどん下がっていった。一般論的に言ってもデジタルコンテンツの低価格化は不可逆的な変化であり、究極的には無料(タダ)に向かっていく運命なのだろう。

ライブのチケット代、潮目が変わったのはザ・ローリング・ストーンズの初来日公演


一方、音楽コンテンツの低価格化と逆の変化を見せたのが、ライブのチケット代である。1980年代、たとえビッグネームであっても、ライブのチケット代はせいぜいアルバム1~2枚分だった。当時はおそらく、多くのアーティストがあくまでニューアルバムの販売促進のためにツアーに出る、つまりライブ単体で儲けようという考え方ではなかったのだ。また、1989年の消費税導入まではチケット代が5,000円を超えると入場税が1割かかる仕組みだったことも関係しているだろう。

潮目が変わったのは、1990年2月のザ・ローリング・ストーンズの初来日公演である。この時、僕は生まれて初めて1回のライブに1万円を支払ったのだが、これを境にチケット代の相場が確実に上がった。それはあたかも、1985年にプロゴルファーの中嶋常幸の年間獲得賞金額が日本人で初めて1億円を突破した時や、プロ野球選手の落合博満が1986年オフの契約更改交渉で史上初の1億円プレーヤーになった時と同じような、“1つの壁が崩れた” 瞬間であった。

その後、海外大物アーティストを中心にチケット代はどんどん高騰することになる。本人の体調不良により中止となったものの、2014年5月に約半年振りに来日したポール・マッカートニーの日本武道館での追加公演アリーナ席は、遂に10万円の大台に乗った。

チケット代の高騰は日本だけの話ではなく世界的な現象なのだが、その裏には様々な要因が考えられる。そもそもアーティスト側からすれば、コンテンツで儲けられないならライブで稼ぐしかないが、資材費・輸送費・人件費の上昇や会場不足によってライブを開催するためのコストは確実に膨らんでいる。その一方で、売り手が需要変動に対応して価格を変動させる “ダイナミック・プライシング” の仕組みも浸透しつつある。“チケット代を上げざるを得ない状況” と “チケット代を上げ得る構造” が相まった結果、チケット代が高騰しているのだろう。

ところで、皆さんは史上最も高額で取引されたチケットが、いつ、誰のライブのものかご存知だろうか? 答えは、2007年12月10日にロンドンのO2アリーナで行われたレッド・ツェッペリンの再結成公演だ。なんでもチャリティー・オークションで、ペアチケットが83,000ポンド(当時の為替レートで約1,880万円)という驚愕の値段で落札されたらしい。ギネスにも認定されているこのチケットは、ライブをVIPゾーンで観覧できて、リハーサルも観れて、公演後のパーティにも参加できたと言うのだが、それにしても… 。

誰がどのツアーでどれだけ稼いだか


さて、ここまでの話でアーティストの収益源がコンテンツからライブに移った経緯をご理解いただけたと思うので、ここからは “誰がどのツアーでどれだけ稼いだか” をライブ映像と共に紹介していきたい。米国の音楽誌『ビルボード』は2023年10月13日付の記事で “歴代ツアー興行収入TOP10” を発表しているが、トップはエルトン・ジョンの『フェアウェル・イエロー・ブリック・ロード・ツアー』であった。

ところが、その直後の12月12日、今度はギネスワールドレコーズが、テイラー・スウィフトの『エラス・ツアー』の興行収入がエルトン・ジョンの記録を塗り替えたと発表した。まだツアーの途中であるにもかかわらず、である。このようにチケット代が上がり続けている状況では、ツアーの興行収入記録は今後も更新され続けるのだろう。取りあえず今回は、歴代ツアー興行収入上位で、かつ公式YouTubeチャンネルでライブ動画が公開されているツアーを選んでみたので、是非ご覧いただきたい。

【第5位】 コールドプレイ 『ア・ヘッド・フル・オブ・ドリームズ』ツアー
アルバム総セールスが1億枚を超える、21世紀を代表するバンドの一つ。2016年にスタートしたこのツアーで彼らは5.24億ドルを稼ぎ出したが、現在進行中の『ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ・ワールドツアー』で自己最高記録をあっさり更新した。

動画は2017年11月に行われたサンパウロ公演の映像である。この「美しき生命」(Viva La Vida)は2008年リリースの4枚目のアルバム『美しき生命』(Viva La Vida Or Death And All His Friends)からのセカンドシングルで、アップルの iPod+iTunes CMソングに起用されたこともあって世界的に大ヒットした。

【第4位】 ザ・ローリング・ストーンズ 『ア・ビガー・バン・ツアー』
このツアーは2005年8月から約2年に渡って行われ、5.58億ドルを稼いだ。動画は2006年2月に行われたコパカバーナ・ビーチでのライブ映像で、何と150万人の観客が集まったと言われている。ちなみに、ザ・ローリング・ストーンズは、先の “歴代ツアー興行収入TOP10” に2つのツアーを送り込んだ唯一のアーティストである。

「ブラウン・シュガー」は、彼ら自身が1970年に設立したローリング・ストーンズ・レコードの第1弾アルバム『スティッキー・フィンガーズ』からの先行シングル。このアルバムは、ジャケットのアートワークをアンディ・ウォーホルが手掛けたことでも知られるが、皆さんも、股間がクローズアップされた男性のジーンズに本物のジッパーが取り付けられていたのを見た記憶があるだろう。

【第3位】 ガンズ・アンド・ローゼズ 『ノット・イン・ディス・ライフタイム』ツアー
このツアーでアクセル・ローズ(Vo)、スラッシュ(G)、ダフ・マッケイガン(B)の3人が1993年以来初めて集結した。2016年から3年以上かけて全158公演が開催され、5.84億ドルを稼いだ。以前、アクセルが “オリジナル・ラインナップでの再結成はありえるのか?” と訊かれ、“今生ではありえない(Not in this lifetime.)” と答えたエピソードが、本ツアーの名前の由来である。

動画は2019年10月のソルトレイクシティでのライブ映像で、「イッツ・ソー・イージー」は1987年に発表されたデビューアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』に収録。英国では先行シングルとして「ミスター・ブラウンストーン」と両A面でリリースされた。

【第2位】 U2 『U2 360° ツアー』
ステージ総重量390トン、トラック180台分の容量で、設営に4日間、装置を全て搬入するだけで2日間を要するという巨大なセットでも話題になったこのツアー。2009年から11年にかけて行われ、7.36億ドルを稼ぎ出した。その名の通りステージからの視野は360度、観客席のどこから見ても遮るものはなかった。

動画は2009年10月にYouTubeでも生中継されたカリフォルニアのローズ・ボールでのライブ映像。この「約束の地」(Where The Streets Have No Name)は、1988年のグラミー賞で最優秀アルバム(Album Of The Year)を獲得し、U2史上最大売上を誇るアルバム『ヨシュア・トゥリー』から第3弾シングルとしてリリースされた。

【第1位】エルトン・ジョン 『フェアウェル・イエロー・ブリック・ロード・ツアー』
2018年、ツアーからの引退を表明して始まったこのツアーは、途中、新型コロナウイルスのパンデミック等による延期を経て、2023年に幕を閉じた。5年間で全330公演が行なわれ、約600万人を動員、当時史上最高の9.39億ドルを稼いだ。

動画は2022年11月にロサンゼルスのドジャー・スタジアムで行われ、Disney+でも生配信されたライブ映像。これがエルトン・ジョンにとって北米最後の公演となった。本ツアー名の元となった「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は1973年にリリースされた曲で、その翌月に発売された同名アルバムの表題曲である。

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