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第15回『東宝映画スタア☆パレード』江利チエミ&小泉 博 漫画そのもののサザエさん女優と二枚目マスオさん俳優

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第15回『東宝映画スタア☆パレード』江利チエミ&小泉 博 漫画そのもののサザエさん女優と二枚目マスオさん俳優

今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。

 東宝映画の〝三人娘〟と言えば、美空ひばり、江利チエミ&雪村いづみの三人娘か、中尾ミエ、伊東ゆかり&園まりの「スパーク3人娘」のどちらかになるだろう。団令子、中島そのみ&重山規子は「お姐ちゃんトリオ」、森昌子、桜田淳子&山口百恵は「花の中三トリオ」と呼ばれ、厳密には三人娘ではないが、この系譜に連なる人気女優トリオとなる(※1)。

 
 1955年公開の〝元祖〟三人娘による『ジャンケン娘』は、まだ珍しかったカラー=総天然色作品にして、三人の個性や魅力がたっぷり詰まった音楽映画。翌56年の『ロマンス娘』(同じく杉江敏男監督)のあとに公開されたのが、江利チエミが主人公を演じる『サザエさん』(56)だった。

 
 磯野サザエは、『初恋チャッチャ娘』や『チエミの婦人靴(ハイヒール)』などで、コメディエンヌとしての立ち位置を確立していた江利が満を持して取り組んだ役柄であり、お人好しであわてん坊、そして底抜けに明るいというキャラは江利にピッタリ。今も人気アニメとして綿々と続くサザエさんを実写・舞台で演じた女優は数多いが(※2)、最も漫画のイメージに近かったのがチエミで、実際そのキャリアを通じてのはまり役となる。
 

 高峰秀子も『佐々木小次郎』(50~51)出演時、松竹(監督は中村登)からサザエさん役のオファーを受けたが、スケジュールの都合だかギャラの問題だかで実現しなかったと聞く。もし高峰が演じていたら、どんなサザエが生まれたのか、見てみたかったと思うのは筆者だけではあるまい。

 映画では、サザエの父をP.C.L.時代から活躍する藤原釜足、母(※3)を公私共に江利と関係深かった清川虹子が演じ、マスオさんには東宝の美男スタア・小泉博が配された。松島トモ子のワカメも適役だったが、マスオは小泉ではあまりに二枚目過ぎで、テレビ版の川崎敬三のほうがお似合いだったかもしれない。清川はテレビ、舞台を通じてフネ役を務め、波平を演じた森川信(テレビ&舞台)と佐山俊二(舞台)と共に江利を支えた。

▲明るく元気なサザエさんは、小泉博のマスオさんあってのもの イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉

 1956年から61年にかけて十作もつくられた『サザエさん』シリーズ。誠に不思議なことだが、磯野家は成城や世田谷の桜丘に設定された。サザエが買い物をするシーンや美容院などから出てくる場面は、おおむね成城の商店街や住宅街にて撮影されている(※4)。

▲シリーズ第2作『続サザエさん』(「東宝」57年4月号)と、最終作『福の神サザエさん一家』(「東宝映画」61年3月号)寺島映画資料文庫提供

 父母共に芸能畑で仕事をした経験を持ち、進駐軍のクラブ回りからそのキャリアをスタートさせた江利チエミ。本名は久保智恵美というが、その芸名は「エリー」なる愛称からつけられたもの。江利も美空ひばり同様、戦後の興行の世界から生まれた天才少女歌手だったのだ(※5)。
「黄金の50年代」と称された折からのジャズブームに乗り、江利もひばりに続いてレコードデビュー。デビュー曲の「テネシーワルツ」(52年/B面は「カモナマイハウス」)はもちろん、『サザエさん』シリーズ全作で歌われた「ビビディ・ボビディ・ブー」(2枚目のシングル「ツゥー・ヤング」のB面)も、すべてクラブ回りのうちに身につけた楽曲である(※6)。

▲「ビビディ・ボビディ・ブー」SP盤レーベル (キングレコード) 鈴木啓之氏提供

『恐怖の空中殺人』(56)なる東映映画で共演した高倉健と結婚するも、70年の自宅火災後に離婚。さらに家族による金銭トラブルもあり、江利は私生活で苦労を重ねる。
 そして、仕事でも低迷する彼女が活路を見出そうとしたのは、なんと舞台版『サザエさん』。磯野サザエは江利にとって、当たり役を超えた大切な役柄になっていたのだろう。

 マスオさんを同じく十作続けて演じた小泉博は、慶應義塾大学卒で元NHKのアナウンサーというエリート育ち(※7)。藤本真澄の推しで第三期東宝ニューフェイスに合格、のっけから石坂洋次郎ものの『青春会議』(52)で青春スターとして売り出された有望株だった。

『金の卵』(52/島崎雪子と共演)、『吹けよ春風』(53/岡田茉莉子と共演)、『花の中の娘たち』(53/杉葉子と共演)、『見事な娘』(56/司葉子と共演)などでの小泉は、どこからどう見ても二枚目で、都会的な爽やかさがいかにも東宝の俳優といった風情を醸している。
 マキノ雅弘監督『次郎長三国志』シリーズ(52〜54)の追分三五郎役にしても、「女に惚れられるのが自慢」なキャラを嫌みなく演じられたのは小泉だからこそ。そんなハンサムボーイが『サザエさん』の恋人(やがて夫となる)マスオさんを演じたのだから、当時の女性客はいったいどう思ったのだろうか。

▲『結婚案内』で共演した島崎雪子、杉葉子、岡田茉莉子と (「東宝爽秋號」52年9月) 寺島映画資料文庫提供

 小泉は東宝特撮作品にもよく登場した。熱心なファンなら『ゴジラの逆襲』(55)でゴジラを氷塊に閉じ込めた操縦士・月岡よりも、『モスラ』(61)の言語学者・中条や『モスラ対ゴジラ』(64)の三浦博士、あるいは『三大怪獣 地球最大の決戦』(同)の村井助教授といった、学者役のほうに思い入れがあるのではないか。小泉は、そうした知的な役柄に大きな説得力を持たせる役者でもあった。

 そんな小泉が珍しく「善人ではない役」を演じた作品が『結婚の夜』(59)と『サラリーマン権三と助十』(62)、そして怪奇映画『マタンゴ』(63)だった。

 筧正典監督による『結婚の夜』ほど、怖い映画はない。女癖が悪い(?)デパート店員の小泉が、一旦は手を付けた顧客(安西郷子)を捨て、良縁の女性(環三千世)と結婚。結果、長い黒髪を持つ安西に追い回されるというスリラー映画で、イーストウッドの『恐怖のメロディ』や『白い肌の異常な夜』ばりの恐ろしさ。「女はコワい」とつくづく思わされる映画である。

 青柳信雄監督『サラリーマン権三と助十』二部作でも小泉は、予想を裏切る悪役を演じている。役は、主人公の高島忠夫と藤木悠が働くタクシー会社の乗っ取りを謀る大株主。あの河津清三郎が善人役ということで、小悪党ぶりがかえって際立つのが面白い。

 恐怖映画『マタンゴ』には、そもそも善人は登場しない。人格者として知られ、性善説を唱える本多猪四郎監督にしては異例の作品と言える。
 ヨットで航海に出た男女七人が遭難。無人島に漂着するが、そこには毒キノコ=マタンゴしかなく、それぞれの人間性が露わになっていく本作で小泉は、ヨットの艇長・作田に扮した。
 常識的で人間味もある男に見えた作田だが、残った缶詰を奪い、一人ヨットで逃げ出してしまうのだから、これは相当な卑劣漢。最大限、小泉のイメージを崩さないようにとの配慮からか、悪辣な行動は直接的には描かれないものの、結局は自滅するという役柄=悪役である。
 本作のせいでキノコを食べられなくなったり、電気を消しては寝られなくなったりしたお子ちゃまはともかく、大人の観客なら小泉の〝チョイ悪〟ぶりに新鮮味を感じたに違いない。

 小泉自身が選ぶ代表作は、マスオさんを十作も演じた『サザエさん』と、凶悪事件に巻き込まれる〝無気力〟刑事役に挑んだ『三十六人の乗客』(57)だという。
 それでも、『結婚の夜』や『マタンゴ』など、ダークサイドに落ちる小泉に格別な魅力を感じたのは、決して筆者だけではないはずだ。

▲『三十六人の乗客』紹介グラビア(「東宝」57年5月号)寺島映画資料文庫提供

※1 スリー・ビューティーズ、スリーペット、スリー・チャッピーズを三人娘と呼ぶ人はいない。

※2 他にサザエを演じたのは、東屋トン子、榊原郁恵(榊は木に神)、星野知子、浅野温子、観月ありさ、藤原紀香など。

※3 映画で波平、フネと呼ばれることはない。これは当時の漫画でもまだ名前が付けられていなかったためで、一作目では「磯野松太郎」の表札が掲げられていた。

※4 成城の桜並木通りに家を構える青柳信雄監督。自作で成城ロケを頻発させるのは、成城への愛着、はたまた省力化の表れか。

※5 大映、新東宝、東宝、日活、東映、松竹の大手映画会社を股にかけ、それも主役級で活躍した歌手=女優はひばりとチエミくらいのもの。

※6 〝カバーの女王〟江利チエミの主演映画だけあって、歌唱シーンがふんだんに見られる『サザエさん』シリーズ。カラー化された三作目『サザエさんの青春』(57)では、黄金色に輝く成城のいちょう並木で『ビビディ・バビディ・ブー』が歌われる。

※7 70年から始めた「クイズグランプリ」の司会が板についてるのは、前歴を考えたら当たり前のこと。

高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。

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