日本新聞協会が怒っています。「生成AI」の サービスは「報道機関の努力へのタダ乗り」で 著作権侵害に当たると表明しました。
日進月歩で進化するAI(人工知能)。アラ還の私は「勘と経験と度胸」で困難を切り抜けてきただけに、仕事のさまざまな場面で顔を出すAIにもがく日々です。「発想を豊かに、使いこなす道具です」なんて背中を押されるたび、「道具じゃなくてAIが主役でしょ」と反論したくなります。そんな折、日本新聞協会がAIに激怒していると知りました。
新聞協会のホームページにその声明がありました。怒りの矛先は「検索連動型の生成AIサービス」。ヤフーやグーグルでなじみのネット検索と、自然な言葉で質問に答える生成AIを組み合わせた新技術です。このサービスが著作権侵害に該当する可能性が高いとしています。
理由は、報道各社の記事を無断で情報源として利用しているから。新聞協会はサービスを展開するグーグルやマイクロソフトを名指しし、「報道機関の努力へのタダ乗りが許容されるべきではない」と警告しました。過去の声明を踏まえると相当に怒っていると言えましょう。
著作権法が認める「軽微な利用」
「Yahoo!」や「Google」の検索サービスは、検索語に応じて情報のリストを提供するイメージ。リストの中からこれぞと思う情報をタップすれば、詳細が記された発信元のサイトに誘導されます。検索結果に記事の一部が表示されるケースがありますが、これまでの検索サービスは情報がどこにあるのかを示す「道案内」の役割であり、新聞協会は著作権法が規定する「軽微な利用」に相当する限定的、例外的な措置として表示が認められているとの見解です。
一方、生成AIのサービスに対し新聞協会は以下のように指摘しています。
「検索連動型の生成AIサービスは、利用者が求める情報をネット上から探し出し、それを転用・加工したコンテンツを提供することを主な機能としています。参照元の複数の記事の“本質的な特徴”を含んだ軽微な利用とは到底言えない長文の回答を生成、提供するケースが多数みられます。従来の検索の延長線上ではなく機能が全く異なる別のサービスだと考えます」
記事の「いいとこ取り」で回答文を作りだすことは許さないとの意思表示です。
ピザソースに接着剤?
この声明を報じた静岡新聞に面白い事例が紹介されていました。米グーグルの検索連動型AIに「チーズがピザにくっつかない」と入力したら、「ソースに接着剤を混ぜると粘着度が増す」と回答したそうです(原文は英語)。AIはネット検索で上位に表示される複数の記事を転用、加工するため、参照元の文脈を考慮せず、前提条件を省略することがあり“迷回答”が生じ得るそうです。
ピザを巡るジョークなら笑い飛ばしましょう。しかし、法や条例の解釈、医療や健康に関する情報、国の政策や選挙での主張などに関する偽誤情報や偏った解釈が生成されたらどうでしょう。世論を誘導し、社会の安定を揺るがす事態が懸念されます。
学校教育では情報を適切に解釈し、活用する能力(リテラシー)の育成が喫緊の課題です。わが国は国民が主権を有する民主主義国家であり、情報をうのみにせず主体的に価値を判断する力が国の行く末を左右するからです。AIは文明の利器ですが究極のもろ刃の剣なのです。
古くても新しい「新聞倫理綱領」
日本新聞協会は2000年6月に倫理綱領を改定し、「新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する」との見解を盛り込みました。新聞社は社説で主義主張を展開しますが、読者が多様な見解に接することができるよう、情報の広場あるいは結節点の役割を放棄することはありません。この考え方によれば、ネット上の記事の一部を加工して「情報」を発信する検索連動型生成AIサービスの危うさは際立っています。
「汗水たらして」や「靴底を減らしながら」はいまだ新聞記者の日常にピッタリです。問題の核心に迫る記事は現場取材を重ねてこそ。各社は記者を育成し、取材網を維持し、記事内容に誤りが無いかを組織的にチェックしています。記事は、報道機関が多大な労力、コストをかけて世に送り出す知的財産であり、無断利用されないよう著作権など法的権利を有しています。
一部記事を無料で公開していますが、そうした記事も閲覧数に応じた広告収入やサイト運営者からの収入などが生じ、新たな取材活動に活用されています。ただちに著作権を放棄しているわけではありません。
ネット上に「コタツ記事」が跋扈(ばっこ)しています。コタツ記事とは、現場取材をせずに各種サイトやSNS、テレビ番組などで知り得た情報をつぎはぎし、センセーショナルな見出しで閲覧を誘発するネット系の記事を指します。「こたつに入ったままでも書ける記事」に由来し、こうしたコンテンツが報道機関の記事と並んでサイトに表示される現実があります。
私は、生活生業や社会の諸課題に対して検索連動型生成AIがつくりだす評論や解説は究極のコタツ記事だと思っています。新聞倫理綱領なんて古臭いと感じるかもしれませんが、AI隆盛のいまだからこそ「正確・公正で責任ある言論」を守る決意を示した綱領の意義を肝に銘じたいと考えています。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。