「オルガンavecテアトル」出演のウエンツ瑛士が語る――響き合うオルガンと演技が織り成す、心に残る物語
冒険とロマンで世代を超えて人々を魅了してきた19世紀の作家、ジュール・ヴェルヌ。その名を聞けば、『八十日間世界一周』や『海底二万里』といった作品がすぐに思い浮かぶ人も多いだろう。だが、彼の名作群の陰に、これまであまり知られてこなかった一編の物語がある。そんな隠れた作品が、音楽と演劇の力を借りて新たに甦ろうとしている。作品の名は『レのシャープ君とミのフラットさん』。本作は、同ホールが手掛ける《オルガンavecシリーズ》のvol.3「オルガンavecテアトル」として上演される
主演を務めるのは、タレントや歌手、俳優として多彩な活躍を見せるウエンツ瑛士。国内外で高い評価を得るオルガニスト中田恵子の音楽と、演出家 田丸一宏の手腕が加わり、ヴェルヌの物語に新たな光を当てる。折しも公演日の2月8日はヴェルヌの誕生日であり、奇しくも誕生日と彼の没後120周年とが重なった、まことに記念すべき公演となる。
教会のオルガンをめぐる不思議な出来事を描いたこの物語では、歌声でつながる少年少女たちが、謎めいた人物との出会いを通じて試練に立ち向かい、それぞれの未来へと歩み出す。過去の記憶と大人になった視点が交錯するその展開は、観客に新たな感動を呼び起こすだろう。主演のウエンツ瑛士に、この特別な舞台への思いを語ってもらった。
■ヴェルヌの隠れた物語に息吹を
――ウエンツさんは、最近、クラシック音楽の舞台にも積極的に取り組まれていますね。今回のお話を受けたときの気持ちを教えていただけますか?
最近はクラシック音楽の公演に参加する機会が本当に多くて、とても嬉しく思っています。これまでも子ども向けのクラシックコンサートで、歌のお兄さんのような役割を担ったり、朗読に挑戦したりと、さまざまな形で関わらせていただきました。また、音楽と物語が交わる中で、僕自身の演技がメインとなる公演もありました。
今回のお話をいただいたときも、「音楽と物語がどのように調和するのか」という点にすごく興味を持ちました。この分野は難しさもありますが、その分、やりがいも感じています。毎回、新しい役割を与えていただけるので、自分がどのように貢献できるのかを考えることが、とても刺激的ですね。
――ヴェルヌの作品に触れた経験はあったのでしょうか?
実は今回が初めてなんです。でも、この物語に触れる機会をいただいて、とても新鮮な気持ちで取り組めると感じています。
――今回の物語にはどのような印象を持たれましたか?
今回の公演では、原作のストーリーがアレンジされると伺っています。そのアレンジがどのように新しい形を生むのか、とてもワクワクしています。楽器について言えば、オルガンとの共演は初めてなので、また違ったチャレンジになりそうです。
――オルガンという楽器に対して、どのような印象をお持ちですか?
イギリスに住んでいたとき、教会でオルガンの音をよく耳にしました。向こうでは、オルガンが生活の中に溶け込んでいて、特別な存在というより、日常の一部として自然に感じられるものでした。ただ、今回のようにホールでパフォーマンスの一部として耳にすると、また新たな発見がありそうです。 そうした意味でも、とても楽しみですね。
――今回、オルガンは舞台の一部としても重要な役割を果たすと伺いました。それも見どころのひとつですね。
オルガンが音だけでなく視覚的にも重要な存在であるという点が、今回の公演の特徴です。オルガンの音が演技やセリフと調和し、新たな感動を生み出すことができれば、とても印象的なものになると思います。
■イギリスで培った、観客の心を動かす演技
――ウエンツさんはこれまで数多くのミュージカルに出演されています。セリフと音楽が絡むシーンでは、どのようにアプローチをされているのでしょうか?
僕にとって大事なのは、キャラクターが「なぜここで歌うのか」という必然性を見つけることです。 ミュージカルでは通常、1ヶ月以上の稽古期間があります。その時間を使ってキャラクターの心情や動機を丁寧に掘り下げていくことで、歌が自然に生まれる瞬間を見つける。それがシーンを成立させるカギだと思っています。
――その「歌が自然に生まれる瞬間」について、もう少し具体的に教えていただけますか。
たとえば、気持ちが高まったときに無意識に鼻歌を口ずさむような感覚や、朝風呂でリラックスしているときにふと歌い出す瞬間。そして、感情が極限に達したときに音が自然に鳴り始めるような状況も、歌が生まれるきっかけとして大事だと思います。酔っ払ったときに気づかないうちに鼻歌を歌ってしまうことも、その一例です。
――稽古では、そうした感覚をどのように深めていくのでしょうか?
稽古では、音楽を繰り返し聴きながら、自分の感情の中でその音が響き始める感覚を探ります。そして、それが自然と表に出てきたとき、観客にもきっと伝わるはずだと思うんです。もし観客とその感覚を共有できたら、それが一つの成功だと感じますね。
――観客と感覚を共有するというのは、まさに舞台ならではの醍醐味ですね。
そうですね。それが舞台の大きな楽しみのひとつです。音楽やセリフと向き合いながら、その感覚をさらに深めていけたらと思っています。
――今回の舞台でも、そうした感覚を追求されるのですね。
はい。音楽と演技の融合が鍵になる公演だと思っています。僕自身もオルガンの音を感じながらセリフを発するので、音楽がどんなふうに語りかけてくるのかを受け止めて、次の演技につなげていきたいですね。それがうまくいけば、音楽と物語がまるで対話をしているような、特別な舞台になると思います。チャレンジングですが、すごく楽しみにしています。
――イギリスでの経験も、今回の公演に活きてくると感じますか?
そうですね。イギリスでは、派手さはないけれど心に深く響くような表現に多く触れてきました。演出家や俳優たちがそうしたアプローチを大切にしていて、僕自身もそういう舞台に憧れる気持ちが強いです。改めて振り返ると、自分は昔からそういう表現が好きだったんだなと感じます。
――日本での舞台と比べて、違いを感じることはありますか?
日本でもそういうふうに演じたいという気持ちは常にあります。ただ、日本のミュージカルは公演期間が短いですし、プロモーションを含めて、どうしても派手さが求められることが多い印象があります。また、テレビでは瞬間的にわかりやすく伝えることが大事になる場面も多いですね。
でも、そういうわかりやすい表現だけでなく、じっくり時間をかけて観客の心に染み込むようなものを作りたい、という思いは昔からずっと持っていました。舞台や芝居のいいところは、時間をかけることで、終わったあとに観客の心に何かが残るというところだと思います。
僕がテレビと舞台の両方をやっているのも、どちらも経験することで自分の中でバランスが取れているからだと感じています。イギリスにいたときは特にそのことを強く実感しましたね。
――両方の経験が、ウエンツさんの俳優としての幅を広げているのですね。
自分にとって、どちらが本質的に向いているのかは分からないですが、じっくり物を作り上げる時間を持てるのは俳優としてとても贅沢なことですし、観客とその時間を共有できるのは本当にありがたいことだと思っています。
■音楽と演技が織りなす新たな対話
――今回の舞台はクラシック音楽やオルガンがテーマですが、どんな方にこの公演を楽しんでほしいと思っていますか?
クラシック音楽やオルガンに触れたことがない方にも、ぜひ楽しんでいただきたいと思っています。この公演を単に「物語を読んで、音楽を聴いて終わり」という個人的な体験で終わらせたくありません。観客と出演者の間で何か新しい対話が生まれるような場になればと思います。そういった場では、お互いに何かを柔軟に受け取り合いながら、一緒に新しいものを生み出すことができる。そんな体験を共有できたら、とても素敵だと思いますね。
――共演されるオルガニスト中田さんへの期待を教えてください。
中田さんは音楽を通じて対話をしてこられた方だと思うので、すごく安心しています。今回は僕自身がその場でどれだけ柔軟に反応し、表現できるかが問われると感じています。中田さんとのやり取りの中で何が生まれるのか、僕も期待していますし、それが観客の心にも届く舞台にできればと思っています。
――今回の舞台では、ウエンツさんは、作家として物語を語りながら、シャープくんも演じるそうですね。
そうなんです。僕が作家として物語を語りつつ、物語の中の登場人物にもなる場面があります。どこまで明確に役割を切り替えるのか、またお客様にどのように伝えるべきかは、考えどころですね。語り手としての視点と登場人物としての感情をどう両立させるかがポイントで、挑戦しがいがありますね。
――演出家には田丸さんを迎えられます。
演出を手掛けてくださるのは、本当にありがたいことです。この舞台は、音楽と物語、そして視覚的な演出が一体となる作品なので、田丸さんの手腕が非常に重要だと思っています。音楽の響きがどのように観客に届くのか、物語とのバランスをどう作り上げるのか、僕一人ではできない部分を田丸さんに導いていただけるのは心強いですね。
――最後に、この舞台を楽しみにしている読者の方に向けてメッセージをお願いします。
今の時代、何事もスピード感が求められる中で、この舞台では少しその流れから離れて、「この時間だけはどうですか?」と問いかけるような場を提供したいと思っています。一日の中で少しでも立ち止まる時間を作ることで、特別なひとときをお届けできたら嬉しいですね。オルガンの響きや物語、そして演技が一体となる舞台をお届けします。
物語を知らなくても大丈夫ですし、気軽に楽しみに来ていただければと思います。会場でお待ちしています!
取材・文=大野はな恵