大原美術館館長 三浦篤さんへインタビュー ~ 自ら企画した特別展。背景にある思いや、研究者としての探求心とは
倉敷美観地区内にある大原美術館では、2024年9月23日(月・振休)まで特別展が開催されています。
タイトルは、特別展「異文化は共鳴するのか?大原コレクションでひらく近代への扉」。
企画(キュレーション)したのは、2023年7月に大原美術館の館長に就任した三浦篤(みうら あつし)さんです。
常設展と比べると、かなり大幅に展示替えをおこなっている特別展。大原美術館や大原コレクションの新たな魅力を引き出した背景には、三浦さんの館長としての思いや、研究者としての探求心が詰まっていました。
会期が中盤になったころ、三浦館長へインタビューを実施。特別展開催の経緯や、今回の特別展展示方法の具体的な工夫などを聞きました。
大原美術館とは
大原美術館は、日本で最初の西洋美術中心の私立美術館として、1930年に設立されました。
本館、分館(休館中)、工芸・東洋館に分かれており、収蔵点数は約3000件。
エル・グレコ《受胎告知》、クロード・モネ《睡蓮》などの西洋美術作品ほか、日本の近現代作品や民藝運動にたずさわった作家の作品まで、幅広いコレクションがあります。
歴史ある大原美術館ですが、2024年4月より財団名を公益財団法人大原芸術財団(以下、「大原芸術財団」と記載)に変更しました。大原美術館だけでなく、倉敷考古館も運営する財団として新たなスタートを切っています。
同時に新設されたのが、大原芸術研究所です。「芸術」をテーマにさまざまな分野の研究者が集まり、交流し、挑戦し創造する場として活動していくことが発表されています。
大原美術館の新たな歴史の始まりを記念して開催されているのが、特別展「異文化は共鳴するのか?大原コレクションでひらく近代への扉」です。
「異文化は共鳴するのか?大原コレクションでひらく近代への扉」とは
特別展「異文化は共鳴するのか?大原コレクションでひらく近代への扉」(以下、「特別展」と記載)は、大原美術館の豊かな歴史とコレクションを活用し、近代美術と大原美術館の魅力を新たな角度で楽しめる展覧会です。
常設展と大きく違うのは、コレクションのなかでも中核といえる近代美術に注目し、特別展のテーマに合わせて4つの章に分け、展示していることです。
・第1章:児島虎次郎、文化の越境者
・第2章:西洋と日本-西洋美術と日本近代美術の交差
・第3章:東西の交流-『白樺』、「民藝」を中心に
・第4章:近代と現代の共鳴
文化交流の拠点に沿った展示、作品と資料を並べた展示など、常設展とは異なる構成で作品を展示しています。
となり合う作品や、同じ章の作品、また全体を通して、作品を比較しながら鑑賞できるのが特徴です。
なじみのある作品が、いつもとは違う場所に展示していることも。
何度も大原美術館に行ったことがある人でも、新たな視点で楽しめる展覧会です。
キュレーションを務めた館長の三浦さんを中心に、学芸員の研究成果も特別展に組みこまれていると言います。
館長の三浦さんに、特別展開催への思いや展示方法の具体的な工夫などをインタビューしました。
三浦館長インタビュー ~素晴らしい作品があることで、別の見せかたに挑戦できた
──特別展開催に至った経緯を教えてください。
三浦(敬称略)──
大原美術館の館長に就任してから、「これだけ素晴らしい作品があるならば、別の見せかたも可能なのではないか」と思うようになったことが、一番のきっかけでした。
館長に就任する前も、大原美術館には個人的に何度も来ました。日本最初の西洋美術館として伝統と歴史があり、個々の作品が本当に素晴らしいと思っていたのです。
常設展だけで十分満足できる展示ではありましたが、館長就任後、館長として大原美術館のコレクションを見たときに「展示方法を変えたらどうなるのだろう」と考えるようになりました。
特別展をおこなうのは簡単ではないとは思いましたが、館長就任1年目だからこそ、新しい何かをやるチャンスでもあると思ったのです。
また大原美術館が、大原芸術財団のひとつの組織としてスタートを切ることも相まって、何らかの形で新しくなったことをお見せできるタイミングなのではと思いました。
私自身の思いと、私の立場や組織編成の変化などタイミングが重なり、特別展を開催することにしました。
──特別展は、「異文化は共鳴するのか?」というタイトルをもとに、さまざまな方法で作品を比較しながら鑑賞できるのが特徴ですよね。なぜ、比較しながら鑑賞できる展覧会をつくったのですか。
三浦──
大原美術館には良い西洋美術のコレクションがありますが、日本近代美術や現代美術なども良い所蔵品をたくさん持っています。
今までは、西洋画は西洋画、日本画は日本画と分けて展示していました。しかし、それらを横に並べて比較したら面白そうだと以前から思っていたため、形にしました。
実はこの展示方法は、すぐに思いついたんです。1日もかからなかったと思います。なぜなら、西洋美術と日本近代美術はもともと密接に関係があるからです。
たとえば、日本は油絵の伝統がない国でした。日本の油絵は洋画を真似して生まれていて、のちに登場したのが日本近代洋画です。
そう考えると、日本近代美術は西洋美術の影響を全面的に受けているといえます。別の作品ですが、無関係ではないのです。
ただ、西洋美術と日本近代美術では、視点・感性・素材の扱いかた・主題の選び方などがすべて違います。つまり、海外の作家が描く作品とは別物になりました。いわば、「日本人が描く西洋絵画」になったのです。
西洋画と日本画を比較することで、相互の特徴がより浮かび出るだろうなと感じていたため、常設展ではない展覧会の開催に興味を持ちはじめました。
また私は研究者として、比較に基づく美術史の研究をしていたことがあります。「比較する」展示法は、私としては自然な発想でした。
「今までは頭のなかで並べて比較していたけど、実際に展示室に並べたらどう見えるんだろう?」と思い、スタートしたのです。
一つひとつの絵がパワフルになった印象
──具体的には、特別展はどのようにつくり上げたのでしょう。
三浦──
西洋美術と日本近代美術の比較はすぐに思いついたので、第2章「西洋と日本-西洋美術と日本近代美術の交差」から構成していきました。
第2章は8つのテーマを設けて、比較しながら鑑賞できるようにしています。
テーマの具体的な内容は学芸員と相談し、候補をいくつか出したうえで大原コレクションで一番面白く見せられるテーマだと思う8つに決めていきました。
・他文化
・裸体
・労働
・古典
・宗教・信仰
・光
・マチエール
・表面性
──第2章のなかで、とくに思い入れがある展示を教えてください。
三浦──
どれも印象的ですが、とくに5つ目のテーマ「宗教・信仰」はやってみたかった展示でした。
17世紀初頭のスペインで描かれたエル・グレコ作《受胎告知》を、日本近代洋画の宗教性を帯びた作品と並べたときにどう見えるのか、興味があったのです。
他のテーマについては「だいたいこう見えるだろうな」と予想がついたのですが、「宗教・信仰」だけは実際に展示室に並べてみないとわかりませんでした。
なぜなら、8つのテーマのうち「宗教・信仰」だけ、作品一つひとつの描かれた時代が異なるからです。
描かれた場所が違うだけでなく、時代も違う。地理的・文化的と二つの異なる要素があります。展示室に並べたときに、もしかしたらすごく違和感があるのではないか。失敗するかもしれないとすら思っていました。
一番チャレンジングな展示だったので、思い入れはあります。
──実際に、《受胎告知》と日本近代洋画の宗教性を帯びた作品と並べたとき、どのように感じましたか。
三浦──
いやぁ、非常に面白かったですね。いろいろな比較ができるので、考えさせられました。
日本近代において、キリスト教という異文化が入ってきたとき、画家たちがどう捉えて描いたのかが三者三様だなと思いました。
結果的にはこの展示も興味深く仕上がったと思います。
──こうして、さまざまなテーマで比較できる展覧会は全国的に珍しいのでしょうか。
三浦──
珍しいと思いますね。
何より、これだけの数の名画を比較対象にして、展示できる美術館はなかなかありません。そもそも良質なコレクションを多く持っていることが、あらためて大原美術館の素晴らしさだなと感じています。
──私自身、特別展を鑑賞した際に大原コレクションそれぞれの印象の強さを感じました。作品はそのままで、展示方法を変えただけなのに面白いな、と。
三浦──
絵がパワフルになったような印象がありますよね。
もちろん、もともと良い作品ではあるのですが、今までとは違った角度から魅力を発揮していて力強さがあるというか。並べ方でここまで印象が変わるのか、というのを私自身も感じました。
とくに、アリスティド・マイヨール作の《イル=ド=フランスのトルソ》には驚きました。
常設展の際は部屋の片隅に置いてあったのですが、特別展では展示室の中央に置いてみたのです。
中央に1体置いてみると、すごく光って見えたんですよ。不思議なことに。
並べかた、置きかた、見かたで全然違って見えるのだなと思い印象に残っています。ぜひ見てみてください。
大原美術館にしかできない、よくばりな内容に
──第1章の児島虎次郎の展示も印象的でした。
三浦──
常設展では、児島の作品は第3章がある展示室にありましたからね。入口すぐの展示室に作品があるだけでも、インパクトがあると思います。
第1章として児島を展示しようと思ったのは、児島をコスモポリタンとして捉えてみようと考えたからです。
コスモポリタンとは、国際社会空間を国家、民族、言語、宗教などを超えた一つの共同体と捉え、その構成員であるすべての個人は平等であるとする政治思想を信仰する人。
ヨーロッパに行き、中国にも行き、エジプトにも降り立っている。20世紀前半の画家で、あれだけ世界の文明を見ていて、自分のアトリエに作品を多く集められた人はほとんどいません。
それに、現地でさまざまな人と交流し、風景を見て、持ち帰ったものを自分の世界にすべて取り入れ、作品のなかで共鳴させている。作品そのものにいろいろな文明があるから、児島の作品だけでも比較対象になりえるんだということを、お客様にお見せしたかったのです。
「世界を渡り歩いた、児島虎次郎」。児島をこう捉えることで、特別展の導入としての役割も担ってもらっています。
──一方、常設展で児島の作品を展示している部屋は、特別展では「第3章:東西の交流―『白樺』、『民藝』を中心に」がテーマとなっています。民藝(みんげい)運動ゆかりの作家たちの工芸品などが展示されているのですよね。
三浦──
工芸品は絵画とはジャンルが違うので、重要だとは認識しつつも研究対象には必ずしもなっていなかったと思います。
ただ、柳宗悦(やなぎ むねよし)が民藝運動を起こし、それを大原がサポートするという関係があるため、大原美術館とのつながりは大きいはずです。
また柳は、作品をつくるうえで西洋や東洋と日本を融合していった人でもあります。タイプは違うものの、ある意味では児島と同じく東西文明をつないだ人とも捉えられます。
第3章では、大原美術館と民藝とのつながりを感じていただきつつ、第1章の児島も思い返してもらえたらうれしいです。
──テーマのなかでの比較はもちろん、特別展全体を通して作品を比較するのも面白そうですね。
三浦──
特別展全体がひびき合うように構成しています。
各章の作品を少し頭に入れつつほかの章も鑑賞していただくと、より面白いと思いますよ。
それに今回の特別展では、「大原美術館全体を凝縮する」という目的もありました。
戦後の美術からコンテンポラリーアートまでが楽しめる、大原美術館にしかできないよくばりな内容になっています。
異文化が共鳴するかは、実際に見て感じてみて
──常設展ではあまり見られなかった、作品ごとの解説があるのは、美術鑑賞初心者にとってはうれしいなと思いました。
三浦──
解説についても、学芸員のみなさんががんばってくれました。
「この絵は何が描いてあるのか」「何の意味があるのか」など、詳しく知りたいかたもいると思い、とくに第1章は解説をていねいにしています。
ただ、解説があるからと言ってすべて読む必要はありませんからね。
必要なかたは、読んでいただけたらいいのかなと思います。
──特別展が始まって3か月経ちましたが、どのような反響がありましたか?
三浦──
見てくださったかたからは「面白かった」という声をいただいています。
とくに常設展を見たことがあるかたから、反響をいただくことが多いです。
あとは私の知り合いの研究者が大変感激してくださり、メールまでいただいたのはうれしかったですね。
会期の最後まで、もっと多くのかたに見ていただけるようにがんばりたいと思います。
──あらためて、「異文化は共鳴するのか?」というテーマに込めた思いを教えてください。
三浦──
異文化が共鳴するのは、そう簡単ではないと思います。
異なる文化なので、葛藤や反発が起きる場合がある。共鳴するかもしれないけど、そうでないこともあるかもしれない。
今回の特別展を見ていても、ズレやきしみを感じるかたがいるかもしれません。なので最終的には、「異文化は共鳴するのか“?”」と疑問形のタイトルになりました。
作品の見かたは自由であって、正解はありません。
共鳴するかどうかは、見に来てくださるかたに確認してほしいです。
今後は展覧会・研究ともに他館と連携を
──読者のみなさんへ、伝えたいことはありますか。
三浦──
まずは「ぜひ見に来てください」。この一言に尽きますね。
非常に見ごたえがあると感じていただけると思いますし、考えさせられることもあると思います。
また章ごとにテーマを設けてはいますが、かなり自由に見ていただける展覧会にしました。
美術作品のバックグラウンドに詳しいかたでも、そうでないかたでも、誰が見てもそれなりのインパクトを受けながら、楽しく見られる特別展です。
ひとつの展覧会として満足いただけると思うので、まずは大原美術館の入口に足をふみ入れてみてください。
──最後に、今後の展望を教えてください。
三浦──
特別展が終わったら、常設展に戻そうと思っています。
ただ、特別展以前とはまた違う常設展にしたいんです。大きく変えるわけではありませんが、細かく変化をつけて展示していこうと思っています。
そして、ある時期が来たらまた違う企画展をやってみたいです。
今考えているのは、1点でも2点でもいいので他館から作品を借用して、大原コレクションと混ぜながら展覧会を構成すること。作品の借用はほとんどやったことがなかったので、ぜひ挑戦したいと思っています。
また大原芸術研究所としてのスタートも切りましたから、他館と連携した研究もおこなってみたいですね。
私が館長に就任してから「発信と交流」という言葉を繰り返しています。展覧会開催の面でも、研究の面でも、「発信と交流」に力を入れて活動していきたいと思います。
おわりに
筆者が特別展を鑑賞したとき、常設展との展示の違いがとても大きく、驚いたことを覚えています。
また、一つひとつの作品の印象が強くなった感覚があり、展示替えをする面白さを感じました。大原美術館の長い歴史において、ここまで大きく展示替えをしたのは初めてに近いとのこと。
大原美術館に足を運んだことがあるからこそ、楽しめる特別展だと思います。
初めて大原美術館に行く人は、コレクションの数や質の高さを新鮮な視点で楽しめるはずです。
新たな角度から魅力を放つ大原美術館へ、ぜひ訪れてみてください。