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アメリカで続くエンジニア受難。税制がもたらす影響と“AI以降”のエンジニア像を考える【西田宗千佳】

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アメリカで続くエンジニア受難。税制がもたらす影響と“AI以降”のエンジニア像を考える【西田宗千佳】

アメリカで、ソフトウエア・エンジニアの雇用縮小やレイオフが続いている。

「AIによる代替」がその要因として語られることも多いが、アメリカから聞こえてくるようになったのは「税制の影響」という要素だ。

現在何が起きているのか? 少し冷静に分析してみたい。

【著者プロフィール】 ITジャーナリスト 西田 宗千佳さん(@mnishi41)

1971年福井県生まれ。パソコン・デジタルAV・家電・ネットワークといったテクノロジー分野を専門とするフリージャーナリスト。国内外の主要メディアへの寄稿に加え、書籍執筆やテレビ番組の監修なども行う。著書に『ポケモンGOは終わらない』(朝日新聞出版)、『ソニー復興の劇薬』(KADOKAWA)、『ネットフリックスの時代』(講談社現代新書)など多数。最新刊は『スマホはどこへ向かうのか? 41の視点で読み解くスマホの現在と未来』(講談社)

ソフトウエアエンジニアの求人が「70%減少」


テック業界に吹く冷たい風

アメリカにおけるテクロノジー業界のレイオフ状況はどうなっているのか? この種の情報をまとめている米Crunchbase社の「Tech Layoffs Tracker」によれば、2022年以降の3年間で37万9000人以上がレイオフされ、今年も5月までに5万7000人以上が職を失った、とされている。

アメリカでは直近3年の間に、テック企業のレイオフが続く

Tech Layoffs Trackerがとる集計はあくまでテクノロジー業界全体を対象としたものであり、ソフトウェアエンジニアに限ったものではない。とはいえ、より気になるデータもある。

アメリカの労働力に関する調査を専門とするRevelio Labsの調べによれば、2023年第1四半期から2025年第1四半期にかけて、アメリカでのソフトウェア開発者の求人件数は70%以上減少したという。これは、ホワイトカラー職全体の求人件数の減少率(35.8%)と比較して、2倍以上の急激な落ち込みとなる。

こうしたことから、「ソフトウェアエンジニア受難の時代が来るのでは」という観測は根強い。単に雇用が少なくなるだけでなく、企業が新卒・キャリア初期のエンジニア採用を手控え、キャリア形成が難しくなるのでは……という話が出てきている。
背景にあるのは、ソフトウエア開発におけるAI活用の拡大だ。

すでにマイクロソフトやGoogleは、今年春の段階で、社内で使用するソフトウエアの30%近くを生成AIで開発していると明かしている。「Cursor」や「Windsurf」といったAI連携を軸としたコードエディタが注目され、GitHubもAIエージェントである「GitHub Copilot Agent」による開発効率化を進めている。

「Claude Code」の優秀さが大きな話題になっているし、Googleも「Google CLI」を発表した。アップルも、同社の開発環境である「Xcode 26」にChatGPTを連携し、AIによるコーディング支援を可能とした。

ソフトウエアを全て人間が書くのではなく、AIに命令を与えて書かせる流れになるなら、「ソフトウエアエンジニアのニーズは減るのではないか」と考えてしまうのも、無理はない。

エンジニア雇用を冷やす“もうひとつの理由”


税制改正「セクション174」の重み

しかし、雇用縮小の理由をAIだけに求めるのは早計だ。

そもそも、アメリカにおけるレイオフはAI導入が本格化する前、コロナ禍終了後の2021年頃から始まっている。トレンドを先回りして雇用状況が動いている可能性はあるが、それにしても性急で動きが大きすぎる。

「実際にはこういうことではないか」と言われているのが、アメリカにおける税制の影響だ。

アメリカでは2017年12月、「減税・雇用法(Tax Cuts and Jobs Act、通称TCJA)」と呼ばれる減税法が導入されている。第一次トランプ政権の時代だ。2018年より順次施行されている。

この中には「セクション174」と呼ばれる項目がある。これが問題だ。

従来はソフトウエア開発費用を、即時で費用計上するか、サービス開始から3年、もしくは完成から5年で償却するかの選択肢があった。だが2021年以降、TCJAは開発費を“資産”として扱い、数年かけて償却することを義務付けた。

即時控除が不可能になったことで、企業の課税所得は大幅に膨らみ、キャッシュフローが圧迫される結果になった。報道によれば、セクション174の影響により、マイクロソフトは2023年に48億ドル、Netflixは、3億6800万ドルもの税負担が追加された、と報告している。

特に、まだ利益が出ていないスタートアップにとっては、研究開発費の10%しか控除できない、言い換えれば、90%が損金算入できない“重税”となる。

こうした税負担の急増と同時に、そもそも多くの企業、とりわけビッグテックはコロナ禍で多くのエンジニアを雇用していた。流石に多すぎた、ということで調整局面が来ていたのだが、それと同時にセクション174の影響が出たので雇用状況が悪化した……という流れになる。だとすれば、この問題が直接的に日本企業に影響するわけではない。

セクション174に伴う課題はアメリカ国内で問題視されており、問題解決に向けた動きもあった。

今年5月には、TCJAの修正を目指す「One, Big, Beautiful, Bill Act」が米下院で可決された。これは「研究開発費用の5年償却(国内)・15年償却(国外)」というルールを一時的に停止し、以前の即時損金算入方式に戻すもの。まさにセクション174への“狙い撃ち修正”と言える。

現在上院にて審議中であり、その後大統領の署名を経て成立・施行される。下院での議決自体僅差のものであったので今後の動きがどうなるかは予断を許さないが、「課題として共有されている」ことは間違いない。

AIの時代に求められる「エンジニアの本質的な力」

「なるほど、税制の問題か」と腑に落ちるかもしれない。だが筆者は、そう簡単に結論を出すべきではないと考える。

確かに、多くのレイオフは税制の問題だろう。雇用縮小もそこに紐づく可能性は高い。だが、全ての原因をセクション174に帰結させるには、証拠もロジックも足りない。

むしろ現在は、AIの急速な進化との兼ね合いで、ソフトウエアエンジニアの仕事や役割自体が再定義されつつあるという、特より複合的な現象が起きているのではないか……とも考えられるのだ。

単純にコードを書く人員を確保するだけなら、AIの台頭によって必要な人数は確実に減っていく。結果として、スキル習得が途上である若手や未経験のエンジニアが厳しい状況に置かれる可能性は否定できない。

筆者はエンジニアではないし、コードを書いた経験は少ない。ただ、それでもAIと協働することで、Webサイトやアプリケーションの構築は可能になった。これは大変な変化であり、エンジニアを雇うニーズとぶつかるものであるのは間違いないだろう。だとすれば、日本も対岸の火事と考えるべきではない。

だが、AIとのコラボレーションでコードが生成されるからといって、「技術が不要」になるわけでは決してない。

どのようなWebアプリが必要なのか、という「目的となる仕様の把握」が必須だし、セキュリティーをどう担保するのか、UXをどう向上させるのか、アプリケーションが動作するためにどんな環境が必要か、ということも頭に入れておく必要がある。ローカルアプリ開発であれば、こうした要件設計の重要性はさらに高まる。

テスト段階では「どこが悪いのか」「どう修正すべきか」を確認しながら原因を調査する必要もある。企業で定められた品質管理プロセスがあるなら、それに則って開発されているかを確認することも必須だ。さらに、同僚のエンジニアの作業とどう関係してくるのか、というすり合わせも開発現場では常に発生している。

要するに、ソフトウエア開発とは、単にコードを書くのではない。そのコードがなんのために必要で、どのような条件で動き、将来的なメンテナンスのためにどういう形であるべきか。だからこそ、開発者たちはミーティングをするのだし、無数のドキュメントを残す。

コードを書く能力とは、そうしたプロセスを含めたノウハウの塊だ、と筆者は理解している。

AIはその一部を補完してくれるが、プロセス全体をこなしてはくれない。たとえ開発効率が上がっていくとしても、根底で必要とされるスキルがあることに変わりはないわけだ。

そう考えれば、これから起きるのは「AIによってエンジニアが不要になる未来」ではなく、むしろ「ソフトウエアを作るために必要な、本質的スキルを持つ人材の重要性が増していく未来」ではないか。

さらに言えば、AIで開発効率が上がってソフトウェアの数が増えるならば、それらの品質を管理し、保守運用する人材のニーズもまた、高まるはずだ。

ここもまた、AIが助けてくれる部分が大いにあるだろう。だが、“最後のひと押し”は結局、エンジニアの知見と判断力が必要になる。

こうした現状から導き出される結論はひとつ。とりわけ経験の浅いエンジニアこそ、「開発とは何か」という本質を深く理解しておく必要がある、ということだ。

過去のコードやサンプルをコピペして動くものにする「作業」ならAIの方がはるかに優秀だし、ひたすら決まったテストを回すのも、AIは抜群の効率で助けてくれる。

だが、人間の仕事はその先にある。仕様の設計、チームとの連携、品質の担保は依然として人間しかできないし、「優れた開発者」とはまさにそうした領域で力を発揮する存在だ。

AIがどの程度求められるかは、企業・現場によって異なる。しかし、一つ確かなのは、「AIに適切な指示を与えながら、高品質なソフトウエアを作れる人材」は、どの現場でも重宝され、生き残れるのではないだろうか。

文・西田 宗千佳

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