宝塚退団から1年、星風まどかが初主演作に挑む心境を語る~ミュージカル『マリー・キュリー』インタビュー
Fact(歴史的事実)とFiction(虚構)を織り交ぜて描いたファクション・ミュージカル『マリー・キュリー』が、2025年秋に東京・大阪で再演される。
本作は2018年に韓国で誕生し、2021年には韓国ミュージカルアワードで大賞をはじめとする数々の賞を受賞。日本では2023年に鈴木裕美の演出、愛希れいか主演で初演され、開幕するやいなや口コミが一気に広がり多くの人々から称賛の声があがった。2025年公演の演出は引き続き鈴木が、主演のマリー・キュリー役は昆夏美と星風まどかがWキャストで務める。
2024年5月に宝塚歌劇団を退団し、その後も『ニュージーズ』『ラブ・ネバー・ダイ』『1789 -バスティーユの恋人たち-』と人気ミュージカルへの出演が続く星風に、初主演に向けての意気込みを聞いた。
とにかく「濃かった!」退団後の1年
ーー宝塚退団からちょうど1年が経ちましたが、どんな日々でしたか?
濃かったです! 宝塚時代もすごく濃厚な日々でしたが、それと並ぶくらいに濃い1年でした。ありがたいことに、卒業してから大きな舞台に出演させていただいたり、舞台以外のお仕事に触れる機会もあったり、新しい世界を見させていただきました。宝塚時代は同じカンパニーの方と繰り返し作品を作っていくのが当たり前でしたが、今は毎回初めましての方と作品を作るので、その感覚が新鮮なんです。緊張が続く日々でもありますが、自分の引き出しが増えたようにも感じていてありがたい環境だなと思います。
私は娘役だったので、男役の方と違って退団後も性別としては変わりません。だから環境が変わるだけだと思っていたのですが、意外とそうでもなくて。どうやら長年の癖が染み付いてしまっているようで、相手役の方に無意識に寄り添い過ぎちゃうみたいなんです。指摘されないと気付けないので、完全に無意識なんですよね。例えば最近出演していた『1789 -バスティーユの恋人たち-』のオランプも、宝塚時代に演じていたら全然違う感じだったんだろうなと思います。宝塚では男役さんに寄り添う娘役でしたが、今はひとりの役者として相手と対峙できるよう、責任を持って板の上に立つ強さが必要なのだと感じています。そういったことを1年かけて学んできました。
ーー退団後4作目となるミュージカル『マリー・キュリー』では主演を務められます。出演が決まったときのお気持ちを聞かせてください。
『マリー・キュリー』は日本初演が大好評だったと聞いていましたし、宝塚時代からお世話になっていた愛希れいかさんが演じていらっしゃったお役でもあります。主演を務めるのも初めてなので、正直いろんな面でプレッシャーを感じました。けれど今は大きな挑戦だと前向きに捉え、この作品を経て成長していきたいと思っています。
ーー先日、星風さんが出演されていた『1789 -バスティーユの恋人たち-』を愛希れいかさんが観劇されていましたが、その際に本作の出演について何か話しましたか?
やはりマリー・キュリーは大変な役だと。だからこそ「何かあったらいつでも連絡してね」とおっしゃってくださいました。むしろそれを伝えるために観に来てくださったのかなと思ってしまうくらい、愛を感じたんです。宝塚時代から偉大な上級生でしたし、今もミュージカル界を牽引されている俳優のおひとりでもあるので、そんな方から優しいお言葉をいただけて幸せ者だなあって。同時に、そう言っていただいたからには心して丁寧に務めたいと改めて思いました。
芝居に必要なものは「お互いの信頼」
ーー本作で演出を務める鈴木裕美さんとはもう会いましたか?
はい、とてもパワー溢れる方だなあという印象を受けました。お話しているだけで、心がすごく動かされるんです。鈴木(裕美)さんとお仕事をご一緒した経験がある葛山(信吾)さんと松下(優也)さんからお話をうかがったところ、そのパワーは演劇・作品・役者への愛故のものなのだろうなと感じました。これから厳しくご指導いただくと思いますが、役を通して自分がどう変わっていくのかが楽しみです。
ーーマリー役Wキャストの昆夏美さんの印象を教えてください。
昆(夏美)さんがもうひとりのマリーだと聞いたときは「え、私が隣に並んで大丈夫?」と思ってしまうくらい驚きました。在団中は外部の舞台を観る機会はあまりなかったのですが、それでも有名なミュージカル俳優さんとしてもちろん存じていましたし、YouTubeなどを通して昆さんのパフォーマンスは拝見していました。ミュージカル界を引っ張っていらっしゃる方なので、そんな方とWキャストを務めることに少し不安も感じていて……。でもお会いしたら、すごく温かくて優しくて! 私が気負っていたものを全て取っ払ってくださるような、穏やかさがある方でした。役者としても人としても、このご縁に感謝だなと思います。切磋琢磨しながら役を突き詰める過程をご一緒できることが、今はただただ楽しみです。昆さんからたくさん吸収して持ち帰るぞ! という目標があるので、その想いもより強くなりました。
ーー今日の取材会では、他の共演者の方々にもお会いできたようですね。みなさん初対面でしたか?
ビジュアル撮影のときに初めてお会いした方と、今日の取材会が初めましての方がいました。初めましての方と作品を作っていくのは、やはり簡単なことではないと思います。お互いに信頼して、身を委ねて、芝居のキャッチボールをしていきたいんです。芝居は自分の心を使ってするものですし、役者同士が信頼できていないと嘘になってしまうと思うので。でもみなさんとても魅力的な方ばかりだったので、既に信頼の第一ステップはクリアしているような感覚があります(笑)。あとは素直に向き合ってお芝居をしていくだけですね。
「マリーの人間らしさにフォーカスを当てたい」
ーー日本初演の映像をご覧になったそうですが、マリーの生き方に共感するところはありましたか?
共感を超えて、かっこいいなあとリスペクトですね。全てが上手くいくかっこよさではなくて、いろいろな困難や壁をちゃんと傷つきながら力ずくで乗り越えるマリーの姿に心打たれました。だからこそ、女性としてかっこいいなとリスペクトできるのだと思います。今までも強い女性を演じることは多かったのですが、本来の私は彼女たちと真逆でお豆腐メンタルなんです(笑)。思っていることを行動に移せなかったり、あと一歩が踏み出せなかったり……。マリーは、そんな私のような人の背中を押してくれる強い女性だと思います。
ーー今の時点では、どのように役作りをしていきたいと思っていますか?
まずは、マリーの人間らしさにフォーカスを当てていきたいと考えています。彼女の科学者としての冷静な面だけではなく、家族・友人への愛や、困難を乗り越えていく人間らしい部分に心惹かれたので。マリーの人間らしさをテーマに、感情を歌に乗せて表現していきたいです。
ーー本作は歴史的事実と虚構を織り交ぜた“ファクション・ミュージカル”と銘打たれていますが、マリー・キュリーのような実在の人物の役作りにはどんな準備をされますか?
マリーのような実在の人物は台本に加えていろいろな資料があるので、それらを勉強のために取り入れるつもりです。本でも映画でも写真でも、なるべくイメージが湧くように知識を入れておくんです。いざ稽古が始まったときに「あのときのあれが使えるかも」と思うことがきっとあるので、そのときのために情報を自分の中に備蓄しておく感じですね。マリーに関しては伝記を購入しているので、これから読もうと思っています。ただ、演出の鈴木さんからは何度も口酸っぱく「この作品は史実そのままではないからね」と言われているので、そこは見極めたいと思います。いろいろな情報を入れつつも、最終的には台本に忠実にやっていきたいです。
1年前と変わったこと、変わらないこと
ーー最初にこの1年は「濃かった」とおっしゃっていましたが、1年前を振り返ってみて変わったことはありますか?
稽古や本番後に、秒で帰るようになりました(笑)。宝塚時代はなぜかわからないけれど帰りが遅かったんです。もしかしたら、今は仕事の感覚が強くなっているからかもしれません。宝塚は15歳で出会った人たちとずっと切磋琢磨しながら過ごしていて、仕事仲間でもあり家族のような関係性だったんです。今はひとりの役者として現場へ行くので、よりお仕事感が出てきて、オン・オフを切り替えられるようになってきたのかも。終演後もすごい早さで「お疲れ様でした!」とニコニコ元気に帰る人になりました(笑)。最近は健康管理のために自炊もするようになったんです。今まで目を向けられていなかったことに向き合えて、少し余裕がでてきている感じがします。
ーーちなみに自炊ではどんなものを作るんですか?
私、カレーなら365日いけちゃうくらいカレーが好きなんです! いろんな種類のカレーを作っていて、いわゆる普通のおうちカレーから、ホテル風のビーフカレー、バターチキンカレー、タイカレーも。カレーは一度作ったら次の日まで保つのがいいですよね。野菜もたくさん食べられますし、ご飯だけ炊けばすぐに食べられるのも便利で気に入っています。小中学生の頃は、母がご飯を作るのを待っていられなくて、手伝って一緒に料理をしていたくらい食べることが好きだったんです(笑)。
ーー逆に1年前と変わらないことはありますか?
オフの過ごし方は変わりませんね。昔から星を見ることが好きなんです。夜風を浴びながら星空を眺める時間だけは、どんなに疲れていても元気になれるんです。なので、忙しくても時間を作って夜にお散歩しています。
ーーさすが“星風”さん! でも夜道は気を付けてくださいね。
わあ、本当ですね! 別にそれを意識してつけた名前ではないのですが(笑)。夜の散歩は親からもよく心配されるので、ジャージを着てキャップを被って、気を付けて歩きます!
ーーお仕事の面で変わらないなと思うことはありますか?
お仕事に関しては、今までと環境が大きく変わるだろうなと思っていたんです。外部のカンパニーは女性だけの世界ではないですし、オーディションを勝ち抜いてチャンスを掴み取ったプロがたくさん集まっているところ。だから最初は不安もあったのですが、いざ飛び込んでみたら「いい作品を作りたい」という気持ちはどんな環境でも変わらないことに気付いたんです。『ニュージーズ』で初めて外部の舞台に出演したときにそう感じました。すごく嬉しくて安心しましたし、より演劇が好きになりました。
イープラス貸切公演では「オンとオフのギャップを楽しんで」
ーー11月1日(土)夜はイープラスの貸切公演でアフタートークも予定されています。イープラス会員のみなさまに向けてメッセージをいただけますか?
アフタートークはイープラス貸切公演の特権ですよね。私自身も、俳優さんが舞台を終えた直後に役の扮装のまま素の会話をしている姿を見るのがとても好きなんです。出る側になると緊張しちゃうのですが、お話しするのは楽しいですね。みなさまにもぜひ、オンとオフのギャップを楽しんでいただけたらいいなと思います。
ーー最後に、改めて『マリー・キュリー』出演に向けての意気込みをお願いします。
マリーは今まで演じてきた役とは毛色が全然違うと感じています。タイトルロールの主演ということも含めて大きな挑戦ですが、挑戦できることに感謝して前向きに臨みたいです。作品を終えたときに成長した姿をお客様に感じていただけたら、こんなに幸せなことはありません。そのためにも丁寧に、真摯に、今までと変わらずに務めたいと思います。
取材・文 = 松村 蘭(らんねえ) 撮影=中田智章