『カイジ』作者の福本伸行、漫画の世界を圧倒的に楽しめる『大カイジ展』で作家生活を回顧「俺の世界を俺が一番楽しめる」
「嬉々として土下座している人たちが不思議」と笑顔で語るのは、週刊ヤングマガジンにて『カイジ』シリーズを連載中の福本伸行だ。同作は多額の借金を抱えた主人公・伊藤開司(カイジ)が生死を賭けてギャンブルに挑む漫画。極限の心理戦や、悪魔的に病みつきになる世界観が魅力の『カイジ』シリーズを数々の展示で振り返る『逆境回顧録 大カイジ展』が、5月11日(日)まで大阪南港ATCギャラリーにて開催されている。会場には「電流鉄骨渡り」や帝愛裏カジノのパチンコ一発台「沼」などが再現展示され、まるで作中のキャラクターになったような写真が撮れるフォトスポットをいくつも用意。さらに初公開を含む原画を間近で観ることができ、福本も「カイジの世界を全身で楽しめる」と太鼓判を押す。ではその原画はどのように出来上がったのか。福本が当時を回顧するっ………!
ーー1996年に『賭博黙示録カイジ』の連載をスタートされてから約30年が経ちます。展示されている原画はやはりすごく迫力がありますが、改めてご覧になって「こんなシーンはあったかな?」と思われることはありますか。
確かにね。『カイジ』だけでなくて、『アカギ ~闇に降り立った天才~』(1992‐2018年に連載した麻雀漫画、竹書房)とかを読んでると、もう忘れてるんですよ。「これどうすんだろ、えー! そうするんだアカギ!」みたいなことが起こる。例えば鷲巣編。命がけのギャンブルでアカギは北があればロンで上がれるけれど、鷲巣が落とした北を見逃すシーンがあるんです。アカギがそんなことするはずがないから、そこで俺は「何をするんだ!」とか「嘘だろ!」とか驚いちゃって。俺がおもしろいと思ったものが俺の漫画になってるわけじゃない。だから忘れて読んだらめちゃくちゃおもしろい。俺の世界を俺が一番楽しめるだろうと思います。
ーーそんなこともあるんですね。『カイジ』はギャンブルをしたことがなくても理解できるくらい簡単なオリジナルゲームでありながら、複雑な思考の読み合いに惹きつけられます。ネーム(≒絵コンテ)を考えるのに相当な時間がかかるのかと思いきや、早い方だと伺いました。
ギャンブル漫画というのは、ものすごくネームが早くなるんですよ。なぜならば「こういう形で勝ちますよ」という結末が決まっていて、そこから逆算していくから。仮に海を泳いで先の島まで行くとすると、ブイで休みながら進めばいい。でもギャンブルだから、泳いでいる間に思い違いだったり仕掛けだったりを用意しておいて、最後の決定的におもしろいオチまで進んでいく、みたいな設計図がちゃんとできてるからネームが作りやすいです。だから『最強伝説 黒沢』(2003‐2006年に連載、小学館)とか、今連載している『二階堂地獄ゴルフ』(2023年‐、講談社)とかの方がある意味難しいんです。
ーー意外でした。今回の『逆境回顧録 大カイジ展』では、入場時にチンチロリンをして、出た目によっては作中に出てくる通貨「ペリカ」をゲットできたり、特典付き入場券にサイコロとどんぶりが付いてきたりします。チンチロは「キンキンに冷えてやがるっ……!」でおなじみの地下労働施設で行われていましたが、4、5、6だけできたサイコロでイカサマするハンチョウたちとのバトルは手に汗を握りました。
チンチロはサイコロ自体に細工がされていたら普通の賽では勝てないでしょ。四五六(シゴロ)やゾロ目という役があり、4~6だけが目として出てきても一応嘘じゃないんですよ。サイコロを3つ振るから、特にあんな暗いところじゃいっぺんには真上の3面しか見えないし。重なってる他の面じゃなくて、真上の目にしか興味がないところもおもしろいなと思って。
ーーイカサマもありながら運も関係するという点では、『賭博堕天録カイジ ワン・ポーカー編』のワン・ポーカーもそうです。
本当のポーカーって難しいんですよ。なのでルールを変えて……あれ何枚出して引くんだっけ。
ーー1枚ずつですね。
そっかそっか。くらいな感じ(笑)。あれは『和也編』を描いてる最中に、大体3週間~1か月くらいで設計自体は終えていて。24回戦だったけど、最初に出すカードの順番を全部決めていたんです。ルールは手札を通常の5枚から2枚にして、それがアップかダウンかはお互いにわかった状態で、そのうちの1枚を選ぶというものに変えて。アップ2枚だったらアップしか出さないけど、1枚ずつの場合はどっちを出したのかわからない、その中で賭けていくわけじゃないですか。そこが絶妙でおもしろいよね。改めて読んでもおもしろい。
ーー最初から決まっていただなんて! ゲームの内容や心理戦もおもしろいですが、私はカイジがクズだけどヒーローに見えてくる、少年漫画的なところが好きです。
少年誌の成長物語的なところもありますよね。少年みたいな成長の仕方じゃないけど、傷つきながら成長していきますから。ハンチョウだったり、一条だったり、利根川だったり、敵が強くてキャラクターとして立っていれば立っているほどおもしろい。そういう意味で言うと、カイジがやっつけるキャラクターが出てくる話とも言えるかもしれないですね。
ーーということは、敵を作る方が難しいのでしょうか?
難しいというより楽しいかな。目がつり上がっていて悪魔みたいな人相をしている悪役もいいけど、例えば、ハンチョウは一見ニコニコしているけど頭を下げて謝りながら企んでいるふてぶてしい悪さを持っているとか、悪いと言っても色んな悪さがある。一条はカイジの中では悪人だけど、二枚目のいいやつで、こういうプライドの高さをもっているんだとか。
ーー遠藤もカイジ目線だといい人か悪い人か、状況によって変わりますね。
でも遠藤自身のキャラクターは変わらないでしょ。遠藤のいい部分が出る時もあるけど、悪い部分も出る時もあって。でもそれは(本人の中で)矛盾していない。
ーー本当に魅力的なキャラクターです。カイジは命を賭けて前に進んでいきますが、先生は何かに悩んだ時に、挑戦したりある判断に賭けたりする時の基準はありますか?
『アカギ』が終わって『カイジ』だけになった時、竹書房でまた連載を依頼されていて。27歳のアカギの話みたいに続きを描けば本は売れるんですけど、1回綺麗に終わらせる漫画もあった方が良いよねと思っていて。逆に女の子を主人公にしたことがなかったので、『闇麻のマミヤ』(2019‐2023年)という物語に挑戦してみようと。自分が描きたい、おもしろいと思っていることにチャレンジしないで死ぬのはもったいない。
ーー刺激になります。
『二階堂地獄ゴルフ』も話を思いついて、『カイジ』を休ませていただくことになるけれど、チャレンジしないで死ぬのが一番もったいない気がして。まだ『カイジ』は描かなきゃいけないけれど、描き終わってからだと大分時間が経ってしまうじゃない。新連載を起こすのは本当に大変なんですよ。連載を続けることに比べれば、初期の頃は5倍、10倍くらい色んなことをいっぺんに考えなきゃいけないわけですね。でも今まだ誰もこのアイディアでやっていないんだから、もうやるしかないんですよ。それで連載してみてわかったけど、『二階堂』は面倒くさい。
ーー(一同笑)
やる前からなんとなくわかってたんだけど、ゴルフを説明するのは意外と難しい。みんなどうやってプロになるかというのを基本知らないし、プロテストというのがあるらしいというのは知っていても一発勝負と思っている人もいる。だけど「そうじゃないんだよ~」ということも説明していかないと二階堂の人生が描けない。だから1巻は、二階堂の境遇や状況、プロ志向で生きている人たちはこう生きているという、その世界の説明なんですよ。
ーー漫画を読むまで、研修制度があることすら知りませんでした。
今はほとんどないんですよ。昔は研修生からプロが出ていたんだけど、今は大学生や高校生で上手い人がいくらでもいる。だから研修とかキャディーとかしてる場合じゃないのよ。その間に球を打てって話だから。ずっと研修していたにもかかわらず、27~28歳の子は20歳の子に勝てない。
ーーまさに二階堂ですね。そのアイディアを絶やさないための秘訣はありますか?
寝る時と起きた時に、自分自身に無理な質問をしてそれに答えるようにしていて、それが効いているんじゃないかと思ってるんですよね。そんなに長くなくてそのうち寝ちゃうんですけど、妄想で会話を繰り広げていくうちに自分がおもしろいことを言っていたりするんですよ。あとは単純にずっと話を考えていますよね。20歳からストーリーを考え続けているのは、大きいかもしれないですね。
ーーありがとうございます。最後にこの展覧会を楽しみにしているファンの皆様に、メッセージをお願いします。
会場に入った瞬間からカイジの世界が広がっています。僕の原画も飾られていたり、阿鼻叫喚の声が聞こえてきたり、「沼」や「電流鉄骨渡り」などが色々再現されていたり。東京会場の時には嬉々として「焼き土下座」を再現している人がいて、「多分この人は人生で初めて土下座したいんじゃないかな」と思いながら見ていました。不思議な感じだけど、カイジの世界を全身で楽しめるので、ぜひ体感しに来てください。
取材・文=川井美波(SPICE編集部) 撮影=河上良