「踊る楽しさと幸せを忘れずに」バレリーナ 蛭川騰子が語る、マイ・バレエ・ヒストリー~国際バレエアカデミアバレエ団『くるみ割り人形』に主演
日本バレエ界のなかでも、演目の希少性や東アジアを中心とする国際交流などにおいて独自の存在感を発揮するのが、国際バレエアカデミアバレエ団(旧・東京小牧バレエ団)。20世紀の初頭、ディアギレフが率いたバレエ・リュスの作品を基にした独自のレパートリーを今に伝えるなど個性豊かだ。その中軸として活躍するのが蛭川騰子(ひるかわ・とうこ)。2017年に入団後、生き生きとした踊りを持ち味に、国内外でのバレエ団公演のほか外部にも活躍の場を広げている。2024年12月24日(火)と25日(水)なかのZERO大ホールにて開催される『くるみ割り人形』全幕に両日主演する蛭川に、これまでのバレエ人生や公演に向けての意気込みを聞いた。
■名匠・石井潤に学び、その後英仏に留学
――バレリーナになろうと思ったのは、いつですか?
7歳から習い始めましたが、バレリーナを目指し始めたのは高校生の頃です。バレエ衣裳のデザインをしたかったので服飾を学ぶことのできる高校に進みましたが、その先の進路を決める際、先生に「バレリーナを目指してもいいのではないか?」と言われました。それがきっかけです。
――高校時代から京都の石井アカデミー・ド・バレエで学びました。数々の創作バレエを遺し、新国立劇場のバレエマスターも務めた石井潤さん(2015年死去)と奥様の石井(三力谷)優子さんが主宰されていた時代ですね。教室の雰囲気はいかがでしたか?
よい雰囲気でした。潤先生の作品を踊り続けたいので大人になっても仕事をしながらバレエを続けている方もいました。潤先生は新作を最初に発表会で創ることも多かったです。大先輩でコンテンポラリーダンスでも有名な寺田みさこさんの踊りに間近で触れたことも財産です。
――イギリスのノーザン・バレエ・スクールに留学した経緯は?
ヨーロッパのバレエに憧れていました。イギリスの学校をいくつか受験し、ノーザン・バレエ・スクールに合格しました。ミュージカルなどにも強い学校で、歌やジャズダンス、タップダンス、コンテンポラリーダンスも学びました。バレエ以外のジャンルのダンスにも触れて楽しかったです。その後バレエのコースに進みました。
――フランスのグベ・ヨーロピアン・ダンスセンターに編入していますね?
フランスのバレエにも惹かれました。イギリスでは舞踊史や栄養学の授業がありましたが、フランスではずっとバレエとダンスのクラスを受けていました。南仏のエクス・アン・プロヴァンスで開かれた「Concours international de danse d'Aix-en-Provence」のクラシック シニア部門第2位を受賞できたのもありがたい経験でした。
――ヨーロッパに留学してよかったと思うことは?
舞台を観る機会が多かったです。劇場が近くて値段も手頃でした。美術館にもよく行きました。留学前、潤先生は「バレエの勉強はもちろん大事だけれど、美術や建築、街並みを見ておくといいよ。それが表現力や幅につながるから」とおっしゃいました。今も胸に残る言葉です。
■帰国後さらに研鑽を積み、国際バレエアカデミアへ
――その後、帰国し、東京のスターダンサーズ・バレエ団ジュニアカンパニーを経て、2017年4月、国際バレエアカデミアバレエ団(当時は東京小牧バレエ団)に入団。その経緯は?
海外のオーディションを受けましたが、疲労骨折をしてしまい、日本に帰りました。東京の事情に明るくなかったのですが、スターダンサーズ・バレエ団は優子先生が最初にいらしたバレエ団です。それにアメリカのバレエ、ジョージ・バランシンやジェローム・ロビンズの作品も好きなので、そうしたレパートリーを持つスターダンサーズ・バレエ団のジュニアカンパニーのオーディションを受けて入り、2年間お世話になりました。国際バレエアカデミアバレエ団に入団したいと考えたのは、レパートリーに自分が触れたことのないバレエ・リュス作品が多く、おもしろそうだと感じたからです。私は古典の全幕も好きですが、少しユニークな演目に興味があります。
――国際バレエアカデミアバレエ団入団から程なく2017年6月、モンゴル公演がありました。モンゴル国立オペラバレエ劇場において『ショピニアーナ』『火の鳥』を上演。『ショピニアーナ』(音楽:ショパン)ではソリスト役のプレリュードを務めました。大抜擢でしたね。
入団初日からリハーサルでしたが、当日に配役を伝えられびっくりしました。必死でしたね。振付がシンプルだからこそ難しかったという思い出があります。大きく動きを付けられるタイプの振りではないので、音を余らせないようにするのが難しかったです。
――その後『薔薇の精』少女、『ショピニアーナ』マズルカなどの主役それに多くのソリスト役を踊っています。特に印象に残る役柄は?
『薔薇の精』の少女です。私は性格がサバサバしているので少女っぽさを出すのに苦心しましたが、少女がまどろんでいる状態や目覚めた際の夢うつつの感じを出せたのではないかと思います。『火の鳥』のカスチェイの娘は大変でした。佐々保樹先生の版はステップが多くて難しいのですが、妖しい雰囲気や激しくも抑揚のきいたストラヴィンスキーの音楽も大好きです。
――国際バレエアカデミアに実際に入り、バレエ団の演目の特徴をどう考えますか?
『シェヘラザード』もロシアのバージョンとは違い皆が踊りますし、『火の鳥』もオリジナル版です。団員の数は多くないですが、そのぶんチームワークが必要な振付・作品を上演しているのも気に入っています。振付に関しては、音楽と作品の情景に合わせて振りが創られていると感じます。『シェヘラザード』はとくにそうですね。前回踊ったアルメニアの女はロシアのバージョンには出てきませんが、音楽に合っているし出てきてもおかしくない物語性を感じます。
――日本バレエ協会の都民芸術フェスティバル参加公演『海賊』オダリスク、「令和5年度 全国合同バレエの夕べ」東京地区『ライモンダ』より(振付:岩田守弘)題名役、「令和5年度 Balletクレアシオン」『Ayre』(演出・振付:石井潤)など外部出演もあります。そこで得たものとは?
バレエ団とは環境も仲間も作品も違うので新鮮でした。岩田先生はロシア・バレエの腕の使い方、顔の付け方を根気強く教えてくださいました。潤先生は亡くなられましたが、以前にそのパートを踊ってこられた方に教わりました。潤先生の作品を久しぶりに踊りうれしかったのですが、振付はやはり難しく、身体に落とし込むまでに時間がかかりました。
■あの「熊」も登場する評判の『くるみ割り人形』で全幕初主演!
――今回上演される『くるみ割り人形』全幕は古典名作。モンゴル出身でアメリカのボストン・バレエで活躍したアルタンフヤグ・ドゥガラーがボストン版に基づいて演出・振付しています。2018年10月にバレエ団初演され、2023年1月の再演を経て今回で3回目。これまでにアラビア、花のワルツドゥミソリスト、雪などを踊っています。この『くるみ割り人形』の魅力とは?
『くるみ割り人形』自体長いバレエではないですが、この版は特に展開が早いので飽きがきません。原作がボストン版なのでアメリカらしくエンターテインメント性が高いです。雪と花のワルツを踊るダンサーの人数は10人ずつと少ないですが、その分フォーメーションの変わり方を早く変えることができます。観ていても、踊っていても楽しいですね。
そして、ファンタジーの感触があります。第1幕には子役も多く出てきて日常的ですが、そこから第2幕になるとガラっと世界が変わります。第1幕の客間に現れる熊は、その場面にしか出てこないのですが大人気です。着ぐるみを着て踊るダンサーは大変で、ステップも意外に難しいんですよ。「ボストン・バレエの『くるみ割り人形』といえばあの熊!」というくらいSNSで話題になりましたが、国際バレエアカデミアの熊にも頑張ってほしいです(笑)。
――この度は主役の金平糖です。第2幕で王子とともにグラン・パ・ド・ドゥを踊って少女クララを歓待します。そこに向けて心がけていることは?
最後の最後に登場するので、そこに向けてのモチベーションと身体のコンディションを整えるのが課題になりそうです。また、派手な踊りではなくアカデミックに踊らなければいけないので難しいですね。女王らしい威厳を出すのも難しいです。
■「踊ることの楽しさを大切にしたい」
――王子役・厚地康雄さん(元英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパル)とのリハーサルの印象はいかがですか?
厚地さんは、技術面だけでなく舞台上での立ち居振る舞い方とかも助けてくださいます。技術的に言えば、形とか体のラインを見せるとき「こちらをこうした方がきれいに見えるのではないか」と助言してくださる。お客様に対しての見え方を一緒に探してくださるので助かります。
――団長の森山直美さん、バレエマスターのビャンバ・バットボルドさん、バレエミストレスの金子綾さんは役作りをどのようにフォローしてくださいますか?
森山先生は足先や手先の見え方を細かく見ていただいています。バットボルド先生は技術面を指導してくださいます。綾先生は「花のワルツなら顎を上げてもよいが、金平糖ではそうではない。むしろ下げている」といったように威厳の出し方を教えてくださったりします。舞台経験値が違うので勉強になります。
――ドゥガラーさんが『くるみ割り人形』を演出・振付する場面を体験していますね。ドゥガラーさんの指導に接して感じることをお聞かせください。
アルタンさんは「もっと自分たちを楽しめ!」とおっしゃいます。私自身、技術面に気を取られて踊りを楽しめなくなっている状況を作り出してしまうこともありますが、お客様に楽しんでもらうためには、まずは自分が幸せだったり、自分が踊ることが楽しいと思えたりするようにならなければいけないと感じます。アルタンさんはそこにフォーカスされていると思います。
――本番に向けての意気込みをお願いします。
自分が踊りを楽しむこと。踊っていて幸せだなと思えること。その気持ちを忘れずにいたいです。あとは、周りの皆を引っ張っていける存在になりたい。チームワークを作っていきたいです。
――今後の目標や展望があれば教えてください。
私は自分が何者かになりたいという気持ちはあまりなくて、いただいた機会を必死にがんばってきて今があります。これからも目の前の課題に向き合っていけたらいいなと思います。
取材・文=高橋森彦 撮影=敷地沙織