ナチュラルワイン好きは燗酒好き?親和性を試したい東京都内のおすすめ3店
「ワインのような日本酒」と耳にしたら、どんなお酒を思い浮かべるだろうか。ワイングラスに注がれるフルーティーな冷酒? 本当に正解はそれだけなのか?もし、あなたがワイン好きならば、試してみるべきは燗酒の方かもしれません。
余計な香りがなく、 おいしすぎないのがいい『おーどぶるハウス』【町屋】
1973年に父親が開いた洋風の酒場で、篠原立樹(たつき)さんは20歳の頃から働き始めた。オランダやニューヨークのホテルでサービスの仕事をしていた父親が、ハードリカーとハイカラな料理を提供するラフな店だった。
立樹さんは、専門学校でフランス料理を学び、フランス現地の星付きレストランの門戸を叩いた経験も持つ。「王道のフレンチに進みたい気持ちと、家業で働く現実との間に葛藤がありました」と、当時を振り返る。
ワインの扱いはほぼなかった店で、ナチュラルワインを提供し始めたのは20年前から。料理とともにワインを勉強しているうち、「ユニークな味!」と響いた生産者は、後に「自然派」「ビオ」などと呼ばれる、畑から手をかけて自然な造りを志す人ばかりだった。
一方、燗酒を扱いだしたのは約10年前。悪酔いの経験から日本酒が苦手だったが、お燗で飲んでみたらまるで違う印象を受けた。
「米の持つおだやかさややわらかさが素直に出ていて、しみじみおいしいなぁ~って感じましたね。次の日のお酒の残り方も、冷酒で飲んだときとはまるで違いました」
ナチュラルワインと燗酒。その共通点を篠原さんはこう見ている。
「余計な香りがないんです。いわゆる銘醸ワインだと、ブドウ品種の特性からくる青っぽい香りやバラ、ライチといった香りがします。ナチュラルワインはそれがおだやか。日本酒も、僕が扱っているのは完全発酵させているものが多く、繕った香りを感じないものが多い。だから、料理を邪魔することがないのです」
もう一つ。こんな特徴も挙げる。
「単体で飲んだときに“おいしすぎない”のがいい(笑)。地味だけど滋味深い。僕の料理も似ていて、もう少しつくり込める、という部分を残しています。でも、これらが掛け合わさると、すごくほっとした味になるんです」
ナチュラルワインは、敬愛する生産者や縁あるインポーターのものなどを。燗酒は、造り手の人柄にほれ込んだ島根県の「玉櫻」を中心とする。
振り返れば、こうしたつながりは、1本の木が広く深く根を張っていくように、立樹さんが広げてきたものであり、家業に入り20年以上をかけて少しずつ表現してきた“自分の色”でもある。
「カウンター越しにお客さまと会話ができる店なので、僕自身が燗酒にはまったように、飲まず嫌いの方を引き込むのが仕事です。料理にワインと燗酒の2種類のお酒を合わせてみてください。俄然(がぜん)、おいしさも世界観も広がります!」
『おーどぶるハウス』店舗詳細
おーどぶるハウス
住所:東京都荒川区町屋3-10-11/営業時間:17:30~21:30LO/定休日:火(臨休あり)/アクセス:地下鉄千代田線町屋駅から徒歩7分
同じベクトルだから行き来できる『ワインと燗酒 Ombra』【 亀戸 】
店主の安西康晴さんのお酒にまつわる職遍歴は幅広い。バーテンダーに始まり、イタリア料理店で調理師免許とともにソムリエ資格を取得。その後に入社したホテルでは上位資格のシニアソムリエを取ってワインのサービスに努めた。この頃に出合ったのが“日本の燃えるインポーター”こと「ヴィナイオータ」が輸入したワインだった。
「ヴィナイオータ」は、「ワインは、人」を信条に、イタリアをはじめとするナチュラルワインの造り手を、独自の審美眼で発掘して日本に紹介してきたインポーター。茨城県つくば市に拠点を構え、酒販店、目利きした調味料や輸入食品などの物販、食堂も運営している。
ナチュラルワインに目覚めてしまった安西さんは、同社の直営レストランへ転職を決意する。
「当時、多様なワインのなかに、日本酒は名杜氏・石川達也さんが造っていた『竹鶴』だけ取り扱いがありました。その頃、スタッフ間では勉強として頻繁に燗酒会を開いていたんです。初めて『竹鶴』の燗酒を飲んで『うまっ!』と衝撃を受けました。上質な生ハムやイタリアの総菜、各人が持ち寄ったいろんな日本酒などを合わせた経験が、今につながっています」
レストランは道路拡張に伴い閉店。安西さんは独立を決意する。“ナチュラルワインと燗酒”というテーマに迷いはなかった。
「大事なのは、日本酒にしてもワインにしても、酵母がしっかり働いて糖を食い切らせた完全発酵のお酒であること。すると、共通して出汁のような味わいが感じられ、違和感なく燗酒とワインとスイッチングできるのです。副産物として生まれる酸は、お酒の味全体を支えると同時に、飲み応えのある厚みを生んでくれます」
スイッチング、そして料理との相性の肝となる酸。日本酒においてはパワフルな印象を与える味のものも多いが、それをおいしさに変えてしまう術すべこそ燗にある。
「高めの温度にスパッと上げて平盃で提供しています。酸が格段にやわらかくなり、旨味が増すのです。生ハムと合わせる際は、ワインももちろんおいしいけれど、燗酒は別格。口中で脂が溶けて肉の味わいが格段に豊かになります」
安西さんは、料理とお酒の食べ合わせに捉われすぎることなく「お酒も『食』の一つであり、答えはたくさんあっていい」と考える。
「味覚は人それぞれ。ワインも日本酒も、旨味すべてを瓶に込めたいという造り手の思いは一緒です」
『Ombra』の卓の上はシームレス。混在して増幅する楽しみに乾杯だ。
『ワインと燗酒 Ombra』店舗詳細
ワインと燗酒 Ombra(わいんとかんざけ オンブラ)
住所:東京都江東区亀戸3-59-19 フラット1ビル105/営業時間:17:00~24:00(土・日・祝は15:00~22:00)/定休日:水(臨時休あり)/アクセス:JR総武線・東武鉄道亀戸線亀戸駅から徒歩9分
大らかで自由、飲み手に余白を与える『大塚屋』【 武蔵関 】
“燗酒の聖地”の呼び声も高い、酒販店である。創業は1956年。2代目の横山哲也さん、京子さん夫妻は、冷酒人気が優勢だった2000年くらいから、自分たちが愛する燗酒に向く日本酒に力を入れるようになった。2012年頃からは「体が楽でおいしい」とナチュラルワインに開眼。専用のセラールームを構えるほどに大事に扱っている。
「今テーマ『ナチュラルワイン好きは燗酒好き?』にははっきり回答できませんが、逆は然(しか)り、と自信を持って言えますね」と京子さん。実際に、燗酒からワインへすんなり移行する客を数多く見てきた。
「燗酒好きは、熟成香、ネガティブな言葉で言うとひね香といった要素をお燗でプラスに変えられると知っています。ナチュラルワインのネガティブと言われる要素もすっと受け入れられるのだと思います」
2つのお酒の共通点を、京子さんは「微生物の働きを必要以上に制限していないこと」と考える。
「冷酒向きの日本酒は、造りたい酒質の答えが先にあり、行き届いた管理のもとで造ります。対して、燗向きの日本酒は、3年後、5年後に飲み頃を想定していて、答えがあるようで明確ではありません。大らかに見守っている印象です」
伝統的な造りを積極的に取り入れるところも共通している。ワインならブドウの皮についた酵母を生かしたり、アンフォラ(陶器の壺)で発酵させたり、無濾過(むろか)で仕上げたり。燗向きの日本酒なら昔ながらの酵母無添加の酒母造り、生酛や山廃仕込みといった天然の乳酸菌の力を用いる手法も多い。往々にしてできたては渋味や苦味、酸味があり飲みやすくはないが、酒質は丈夫で、数年寝かせるとまろやかになっていく。さらに、温めることで、日本酒に含まれるコハク酸の旨味が奥行きに変わり、料理との相乗効果も増すというわけだ。
「大らかで自由な味わいで、飲み手が関与できる余白が多いことも通じ合います。味の幅が広い分、合わせる料理を選びません。ナチュラルワインは総じてSO2(亜硫酸塩)の含まれる量が少なく、一般的なワインが苦手とする生魚と合わせても臭みが出にくい特徴も。アンフォラで醸したワインは、なぜか出汁に合う点も魅力です」
かくいう京子さん。「ヴィナイオータ」創業者の太田久人さんと石川達也さんの縁をつないだご本人だと、今回の取材で判明。二人の御大はお酒の向き合い方でも通じていた。
ナチュラルワイン好きは、燗酒好きか否か──たまゆらの癒やしを与える親和性があることだけは明白だ。
『大塚屋』店舗詳細
大塚屋(おおつかや)
住所:東京都練馬区関町北2-16-11/営業時間:10:00~19:00(日は11:00~19:00)/定休日:月/アクセス:西武鉄道新宿線武蔵関駅から徒歩3分
取材・文=沼 由美子 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2025年3月号より