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45歳で花王の部長職を捨て、倍率548倍の“民間校長”に。「自分は場違い」自信を失うばかりの会社員時代

スタジオパーソル

スタジオパーソルでは「はたらくを、もっと自分らしく。」をモットーに、さまざまなコンテンツをお届けしています。

花王の販売子会社で営業からキャリアをスタートし、本社でマーケティングやEC分野にも携わってきた生井秀一さん。現在は採用倍率約500倍を突破し、茨城県の公立中高一貫校で校長を務めています。

一見すると華やかな経歴ですが、その裏には、営業一筋から異動したマーケティング部で「確認します」としか言えず会議で発言できなかった日々や、花王を退職し校長への挑戦を決めたあと、不安で眠れない夜をすごした葛藤がありました。そんな生井さんが語る、“自分らしく未来を切り拓くはたらき方”のヒントとは。

「確認します」しか言えない日々。会社に行くのがつらい時期も

──現在(2025年7月)校長としてはたらいている生井さんですが、昔はどんな学生でしたか?

正直、勉強は嫌いでしたね。「なんのためにやるんだろう?」と疑問を抱きながら、あまり机に向かうこともない日々をすごしていました。その代わり遊ぶのは大好きで、いたずら好きな“悪ガキ”みたいな存在でしたね。

大学生になると就職活動をしなければなりませんが、当時は就職氷河期の真っ只中。地元・茨城に帰りたいと思っても公務員は大人気、地元企業も求人はほとんどなくて、内定がもらえませんでした。

そんなとき、高校野球部時代の先輩から「花王の販売子会社が水戸で採用をやるらしい」と聞き受けてみることに。ちょうど就職活動も終盤に差しかかっていた時期で応募者はぼく一人だけで、運良く採用していただきました。

──販売子会社では、どのようなスタイルで営業に取り組まれていたか教えてください。

ドラッグストアや小売店の店舗の営業担当だったのですが、ぼくが心がけていたのは「人の心に入り込む営業」でした。花王の商品をゴリゴリ売り込むというより、店のスタッフが困っていることを見つけて助ける。そこから信頼関係を築くことで、結果的に商品が売れる、というスタイルです。

営業先に向かうと品出しや作業を率先して手伝い、「何しに来たの?」と声をかけてもらうのを待つようにしました。そして、そのタイミングで「実はお願いがあるんです」と自然に商談へとつなげるんです。

こうした小さな積み重ねによって信頼関係が築けると、お店と本部の意向が食い違う場面でも間に入れるようになります。本部の意向だけを押し通すのではなく、営業先と本部双方の要望を調整し、納得できる「落としどころ」を探って橋渡しをすることで、さらに信頼を深めていきました。

結果的にあまり営業先に出向かなくても、電話1本で営業先の方がぼくの伝えたことに対応してくださるように。おかげで担当店舗の売上も上がり、営業職時代には2度も社長賞をいただきましたね。

──営業職としての功績もあり、35歳で本社マーケティング部へ出向されたそうですね。

はい。本部への出向は、自分から志願しました。子会社から本社への出向は35歳が上限でギリギリのタイミング。上司には「若い子に教えてもらう立場になるし、雑用を頼まれるだけで終わるかもしれないぞ」「このまま営業でキャリアを積むほうが良い」と止められました。でも、ぼくは本社でしっかりとマーケティングを学べば、その経験が必ず子会社に戻って営業をするときに活きると考えたんです。

実際に本社に出向してみると、そこには年下の精鋭たちがバリバリはたらいていました。営業一筋でやってきたぼくにとって場違いな世界でしたね。プライドも打ち砕かれ、毎日のようにある会議でも発言できない日々が続きました。何を聞かれても「確認します」としか答えられず、代理店の方からも「この人、なんなんだ」という視線を感じて、本当につらかったです。

出向期間はおよそ2年半。その間ずっと、手帳に「あと○日」とカウントダウンを書き込むほど苦しかったです。会社に行くのもつらい時期がありましたね。

──マーケティング部での逃げ出したくなるような苦境を、どうやって乗り越えたのですか?

自分の立ち位置を見つけると楽になりました。マーケティング経験は乏しくても、営業や販売戦略ならほかの人よりも詳しい。テレビ通販などの企画では自分の知見を発揮でき、次第に「販売のことなら生井に」と頼られるようになったんです。

それと「なんでも話せる人をつくる」ことも大切でした。ぼくの場合、ある一人の上司がいつも見守ってくれていて。先方からプレゼンを却下された翌日に、「昨日のプレゼン、却下されていたけど、ここは良かったぞ。改善してやり直せば、俺が通してやるから」と声をかけてくださったことがあったんです。そんな方がいるだけで心が楽になりましたし、「一生懸命やっていれば、必ず見てくれている人がいる」と思えて、なんとか苦しさも乗り切れましたね。

──生井さんが努力していたからこそ、上司も見守ってくださっていたのでしょうね。2年半の出向を終えたあとは、どんなお仕事をされていたのか教えてください。

自ら希望して子会社のEC部門に異動しました。当時はまだほとんど実績が出ていない部門でしたが「これから伸びる分野で挑戦してみたい」と自分の意思で異動を希望しました。

EC部門では、誰もが知る大手IT企業と花王の幹部の橋渡しをしたこともあります。当時、花王はまだECに積極的とはいえず、「石橋を叩いて渡る」文化が根強かったんです。そこで、スピード感あふれる大手IT企業の現場を実際に見て、「このままでは出遅れてしまう」という危機感を共有してもらうため、幹部の方に現場訪問をお願いしました。

もちろん、忙しい幹部や大手企業の担当者の予定を合わせるのは簡単ではありません。だからこそ、双方に「これは単なる現場見学ではなく、新たなビジネスチャンスにもつながります」と営業トークで後押しして、なんとか実現までこぎ着けました。

──ECの部署でも営業経験が活きたんですね。

そうですね。断られてもめげずに立ち向かう力や相手の懐に入る力は、営業職時代に培ったものです。マーケティング部に異動してからもやったことのない分野にも恐れず挑戦し、自ら道を切り拓いていく大切さを学びました。「あんなにつらい経験を乗り越えたのだから、もう大抵のことは大丈夫だ」とも思えるようになりましたね。

営業職時代の経験もマーケティング部での経験も、どちらもその後のキャリアにおいて大きな自信の源になっています。

採用倍率約500倍突破し校長就任。花王退職するも不安で眠れず

──その後、45歳で早稲田大学大学院に進学されたそうですが、なぜこのタイミングで入学されたのでしょうか?

「今こそ学び直さなければ」と強く思ったからです。EC部に配属されたあと部長に就任したのですが、管理職会議で自分とほかの部長との間に知識や視点の差を感じ、思い切って進学することにしました。

大学院では週3回、平日2日間の夜と土曜の日中に通学する生活で、体力的にもかなり大変でしたね。平日は会社を17時半に出てそのまま学校へ直行、土曜は朝から晩まで授業。眠気と疲れでフラフラになりながらも、必死に学び続けました。

──大学院でどのようなことを学んだのか教えてください。

経営戦略やファイナンス、人材マネジメントなど、経営に関わる分野を幅広く学びました。特に苦戦したのがファイナンスです。「東京ドームの現在価値を計算せよ」という課題が出たときは、本当にちんぷんかんぷんで(笑)。

一方、マーケティングは違いました。授業で扱う内容よりも自分のほうが現場経験から深く理解していることも多く、「ぼくの知識は社外でもちゃんと通用するんだ」と自信を持てるようになったんです。

当時はマーケティング部で成果を出せたという実感はありませんでしたが、必死の努力や、優秀な仲間たちのはたらきぶりを間近で見て学んできたことが確実に自分の力になっていたのでしょう。あの苦しかった日々が財産になっていると実感できました。

──現在(2025年7月)は会社を退職し、茨城県で民間の校長先生としてご活躍されています。校長になられた理由や着任当時の状況についてぜひお伺いしたいです。

2023年4月に茨城県立下妻第一高等学校・附属中学校に着任しました。1年目は副校長として現場を学び、現在は校長として生徒たちと向き合っています。校長への転身を決めたのは、「時間は有限だ」と実感したことがきっかけでした。

そのまま企業に残れば安定したキャリアは築けたと思いますが、50歳に近づくにつれて、「この限られた時間をこれからどう使うべきか」自問するようになったんです。花王はとても素晴らしい会社でしたが。それ以上に「社会のために今自分に何ができるか」を考えるようになって。

その過程で特に頭から離れなかったのが「教育」でした。というのも、花王のEC部門時代に多くの採用面接に携わった経験や、自身の子育てを通して感じていたのが「社会で本当に必要とされる力」と「日本の学校教育の現場」との間にあるギャップだったんです。

そんなある日、校長の採用試験の募集をたまたま目にして、「これは!」と思ったものの、調べてみると茨城県の民間校長の合格倍率は例年500倍ほどで。ほかの学校では、国家公務員出身者などの経歴を持つ方が採用されていたので、「自分は受かるはずがない」と記念受験くらいに思っていました。

ところが、応募してみると1645人の中から内定をいただくことができたんです。「こんな奇跡はもう二度とない。これを逃したら一生後悔する」と、校長になる決意をしました。

──とはいえ、大手企業を退職し、まったくの未経験の環境に飛び込むことに不安はなかったのでしょうか。

それはもう、不安でいっぱいでしたよ。校長になることを考えては、不安で眠れませんでした。せっかくつかんだ部長職を捨てる覚悟は相当なものでしたし、上司に退職を報告してからも「本当にぼくに校長なんて務まるのか」と常に葛藤していましたね。

そうして迎えた2023年の4月1日。校長としての初出勤日には、人生をやり直すつもりで気合いを入れて臨みました。学生時代ぶりに目にした職員室に入るなり、緊張とはじめての環境への戸惑いでどうして良いのか分からず、ちょこんと椅子に座ったまま動けなくて。あのときのぼくは、まるで「借りてきた猫」のようだったと思います(笑)。

そこから最初の1年は副校長として、徹底的に学校や校長の動きを観察しました。思うことがあっても意見は心に留めて、「自分ならこうする」というメモをストックする日々でしたね。そして2年目、校長に就任したタイミングではじめてそれを実行に移しました。

なぜなら、歴代の校長や先生方が築いてきた文化をいきなり「壊す」のではなく、尊重し、全員で同じ方向に向かって少しずつ歩んでいくことが大切だと考えていたから。「現場の空気を壊さない」ことを大前提に、一人ひとりの先生と面談を重ね、信頼関係を築いていったんです。校長になって約1年半が経った現在は、ぼくの考えを理解し協力してくださる先生方も増え、校長としてようやくさまざまな挑戦ができるようになりました。

たとえば、楽天グループ株式会社や株式会社サイバーエージェントの本社見学、著名作家を招いての講演なども実施しました。さらにはSDGsや環境問題に力を入れている百貨店の方をお呼びして、古着や廃棄物を用いた衣装を使用した生徒主体のファッションショーを開催するなど、実社会とつながる取り組みを行っています。こうした現実社会の空気を肌で感じる機会を学校の中に持ち込むことで、生徒たちが「将来に必要な力」をより具体的にイメージできるようになってきたと感じていますね。

失敗するのは当たり前。何もしないことが最大の失敗

──校長として取り組みたいことに「アントレプレナーシップを持つ学生の育成」を掲げる生井さん。著書『13歳からのアントレプレナーシップ 10代のうちに身につけておきたい教養──AI時代の人生戦略』(かんき出版)も出版されましたが、生井さんにとって「アントレプレナーシップ」とはどのようなものですか?

「起業家精神」と訳されることが多いのですが、ぼくのアントプレナーシップの定義は「逆境に負けない力」です。社会に出れば、壁にぶつかることは誰しも避けられません。ですが、その壁に屈せず、やりきる力を持てるかどうかが大事になる。ぼくは、それを子どもたちや若い世代に伝えたいんです。

昔のように「言われたことを着実にこなす」だけでは、今の社会では通用しません。今は自主性や主体性を持ち、自ら情報を取りに行き、選び、決断できる力が求められる時代です。

だからこそ、学校の文化を尊重しつつも、もっと新しい視点を加えていきたいと考えています。挑戦しなければ未来は拓けません。ぼくは生徒たちに「失敗するのは当たり前」と伝えています。むしろ、何もしないことこそが今の時代における最大の失敗だ、と。挑戦して得られる経験や学びは、必ず自分の力になりますから。

──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?

ぼくには特別な才能があったわけではありませんし、キャリアだって順風満帆ではありませんでした。

「自分は場違いなんじゃないか」と感じてつらくなる瞬間や、大きな壁にぶつかることも何度もありましたが、いつだって逃げ出さずに困難を乗り越えてきたからこそ今があり、子どもたちにも多くの学びを伝えられています。

これからのキャリアに不安を感じている若い方には、「あの人にできたなら、ぼくにもできる」と思ってもらえたらうれしいです。何も行動を起こさなければ、状況は変わりません。恐れずに一歩ずつ踏み出し、努力を重ねてみてください。そうすれば、驚くべき未来が待っているはずですよ。

「スタジオパーソル」編集部/文:朝川真帆  編集:いしかわゆき、おのまり 写真:朝川真帆

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