浮世を愛した風俗画家、英一蝶の過去最大規模の回顧展が開催
2024年9月18日(水)から11月10日(日)まで、、六本木の「サントリー美術館」で、「没後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す―」が開催されている。美術ファン以外にはあまり知られていない、江戸を中心に活躍した絵師である英一蝶(はなぶさ・いっちょう、1652~1724年)の過去最大規模の回顧展となる。
スナップショットのような生き生きとした風俗画
17世紀末から18世紀にかけて活躍した一蝶は、当初、狩野安信(かのう・やすのぶ、1614〜1685年)の下で狩野派のアカデミックな教育を受ける。その後、「浮世絵の祖」と称される菱川師宣(ひしかわ・もろのぶ、1618〜1694年)らの影響を受け、柔軟性としゃれっ気が混じり合ったユーモラスな独自の風俗画を生み出した。
狩野派の高い画力のもと、ユーモアにあふれるアレンジ力と人々の豊かな表情や動作までもを写した生き生きとした新しい風俗画は、日常のスナップショットのようだ。作品は広く愛され、英派と呼ばれる一派の形成につながった。
人気に拍車をかけたドラマチックな生涯
また、波乱に満ちた生涯もその人気に拍車をかけた。1698年、40代で不動の人気を得ていた一蝶は、身分ある人物に遊女を身請けさせたという理由などで、伊豆諸島の三宅島へ流罪になるという経歴を持つ。
島流しは原則無期であるが、1709年の将軍代替わりによる恩赦を受け、58歳で江戸へ戻る。12年に及ぶ島生活でも数々の傑作を生み出し、この時代の作品は特に高く評価されている。
章立ては緩やかな時系列で構成される。「第1章 多賀朝湖時代」では、多賀朝湖(たが・ちょうこ)と名乗っていた頃の、狩野派に基盤を持ちながら風俗画家として能力を開花させた時期を取り扱う。
『雑画帖』は、36図全てが一蝶展に出品されるのは今回が初。技法も主題もバラエティーに富んでおり、一蝶の技術と教養の深さが感じられる。緻密に描かれた人物や動物の表情、影などまで、一つ一つじっくりと観察してみてほしい。
最も評価が高い流罪時代の作品
続く「第2章 島一蝶時代」では、一蝶が12年過ごした三宅島での作品に焦点を当てる。この時代の作品は最も評価が高く、一蝶は島一蝶(しま・いっちょう)と呼ばれている。
人たらしでも有名な一蝶の人望は、罪人らしくなく、近隣の島からも注文を受けるほどであった。三宅島の南に位置する御蔵島に所在する作品『神馬図額』は、今回初めて島外から出たもの。島民のために制作したものは穏やかな神仏画など、信仰関連の作品が大半を占めている。
一方で、弟子を通して江戸からも注文を受けており、華やかさを特徴とした作品を残している。今はもう見ることのできない江戸の情景が非常に丁寧に描かれていて興味深い。
作品に見て取れる等しく注ぐ温かい視線
江戸に再帰後、いよいよ画名を英一蝶と改める。「第3章 英一蝶時代」では、島から戻り、この名で活躍した作品が並ぶ。
風俗画の中でも、都市や農村部の「雨宿り」が重要なテーマとなっている一蝶作品。さまざまな身分が混じり合い、一つ屋根の下で雨宿りをする様子には、全てに対して等しく温かい視線を注ぐ一蝶の人間性がよく表れている。
子どもや動物に向ける視線は特に温かく、安らぎが感じられる。犬が人の横に寄り添っていたり、人がいる街中にシカが登場したりする。
また、一蝶作品は海外にも多く所蔵されている。今回、「メトロポリタン美術館」が所蔵している作品から3点が里帰りしているが、本章で展示しているのが『舞楽図・唐獅子図屛風のうち唐獅子図』。唐獅子の不敵な表情からも、一蝶らしいユーモアにあふれるアレンジ力が伺える。
圧倒される初出品の仏画
最後に、初出品となる仏画『釈迦十六善神図』にも注目してほしい。
その迫力と絵画技術の高さに圧倒される作品で、衣服や背景の一点一点の模様まで何時間でも観察したくなるだろう。ここでも、仏画のテーマを独自に捻った作品があり、一蝶らしさが感じられる。
「この世は滑稽、だから美しい」というキャッチコピーの本展。一つ一つの一蝶の作品からは、浮世への温かいまなざしと、島流しになってもなお才能を開花させた一蝶自身の生命力と人生への深い愛情が伝わってくるだろう。