山本直樹、仙川での40年。唯一無二の漫画家が見てきた街の移り変わり
早稲田大学を卒業した1983年に仙川に移り住み、現在は三鷹市在住の山本直樹。散歩はあまりしないという彼に、行きつけの『TINY CAFE(タイニー カフェ)』で話を伺った。
山本直樹
1960年2月1日、北海道松前郡福島町生まれ。
1984年に森山塔名義でデビュー、同年山本直樹名義でも執筆開始。代表作は『はっぱ64』『BLUE』『ありがとう』『レッド』他多数。幾度もの有害コミック指定を受けつつ、文化庁メディア芸術祭での受賞歴を持つ唯一無二の漫画家。
早稲田大学時代の紆余曲折
—— 大学入学で上京されて、最初は新井薬師前にお住まいになったとか。
山本 どれだけ僕が散歩しないかというと、9カ月間住んでいたのに哲学堂公園に一度も行っていないという。
—— それなのに、今日は散歩コースまで作っていただいてありがとうございました。
山本 国分寺崖線は好きなんですよね。仙川に引っ越した理由も、京王線に乗っていたらいつのまにか電車が地下に潜っている、段差になっているというとこに惹(ひ)かれて。
—— 大学周辺で行ってらっしゃったお店はありますか。
山本 居酒屋の「呑兵衛」かな。高田馬場に東京ヴォードヴィルショーの事務所があって、柴田理恵さんとかも飲んでたらしいです。
—— 『レッド』では連合赤軍を描かれていましたが、当時の早稲田は?
山本 僕が入ったころは全く。タテカンとかは並んでましたけど。
—— ご自身は?
山本 ノンポリです。モダンジャズ研究会に入ってました。
—— ライブはどちらで。
山本 リサイタルを年に1回。九段会館の横の千代田区公会堂かな。
—— 割と大きいホールですよね?
山本 そうですね、1年の時の司会はブレイクしたてのタモリさんでした。10年先輩なんです。60周年のリサイタルをやった時もタモリさん出ました。重鎮です。
—— 新井薬師前のあと、福生の米軍ハウスに住まれたとか。
山本 知り合いの女性が出る入れ替わりで。当時ハウスは借りにくくなってて、誰かの後釜という感じでしか借りられなかったんです。
—— お1人で住まれたんですか?
山本 高校の同級生と3人だったり4人だったり、12畳のリビングに6畳の部屋が3つと結構広いんです。リビングで宴会やって、修学旅行みたいに布団敷いて寝て。それで家賃4万8000円。当時でも安かったけど、それを滞納してました。お酒飲みすぎたり、漫画買いすぎたり、本買いすぎたりで。
—— 外で飲むことは?
山本 あまり飲んでなくて、友だちが住んでた下北沢で飲むようになりました。その時に飲んでた『ZAJI』は今でも行ってます。
—— 福生のあとは西武柳沢に。夜逃げなさったとか。
山本 お金の問題で。夜逃げというか昼逃げ? 向かいのおばさんと近所づきあいしてて、事情を知ってたから「夜逃げしちゃいなよ」って。
—— すごい提案です。大学の後半に劇画村塾に通われてたそうですね。
山本 大学4、5年の頃かな。漫画は描こうと思っていたけど、にっちもさっちもいかないから、学校行ったほうがいいかな〜って。高橋留美子さんも行ってた学校です。
結婚、週刊連載……多忙を極める日々
—— 仙川に移られたのが……。
山本 1983年に緑ケ丘に越してきました。道路向こうは三鷹市みたいなところで。
—— 崖線が気に入られてということでしたが、ご縁はあったのですか?
山本 仙川という駅名の認識もなかったくらいです。縁もゆかりもないけど、なんとなくいいなあって。
—— その頃の街の様子は覚えていらっしゃいますか。
山本 駅を出ると小さいロータリーがあって、深大寺そばの立ち食いそばとアートコーヒーと、和菓子屋さんかなんかが並んでいる以外は思い出せない。それくらい何もなくて。
—— 飲み屋とかも?
山本 いや〜、飲み屋に行くほどお金持ってなかったから。
—— バイトはされていなかった?
山本 バイトは時々してましたけど、漫画を描く暇がなくなっちゃうから控えてました。
—— 1985年にご結婚を。
山本 そうですね。その時はドタバタだったから、緑ケ丘でそのまま1年間くらい風呂なしアパートです。
—— お風呂は銭湯ですか?
山本 銭湯ですね。1980年代でもそんな生活ないですよ。次の年にそこそこお金も入ってきて。『スピリッツ』や『スコラ』の連載が同時に始まって地獄のように忙しくなったので、三鷹の北野に家を借りました。
—— 相当お忙しかったんですね。
山本 原稿遅いから編集さんがスナックで待ってくれてて、そこに届けてそのまま飲むこともありました。駅の北側に八百屋さんがあって、今の『麺処かずや』あたりかな。八百屋さんが閉まっても通路だけ開けてあって、そこを通るとスナックみたいなのが何軒かあったんですよ。今はガールズバーになってます。
—— その他には?
山本 仙川に仕事場があった頃は、中畑清がやってる定食屋で食べたり、「キッチン中村」っていう2021年頃に閉まった洋食屋に行ったり。「家族庵」っていうそば屋にもよく行ったんですが、今日通ったら和食屋になってました。
—— なくなったお店が多いんですね。
山本 おにぎり屋の『てしま』は残ってる。昔は米屋さんで、横のスペースでおにぎりも売ってたんです。お弁当とかもおいしかった。
—— 今度行ってみます。
山本 昔は久住(昌之)さんと月1くらいで飲んでましたけど。『きくや』っていう焼き鳥屋さんや『こしじ』というイワシ料理屋さんで。
仙川でついにできた、カルチャー臭漂う行きつけ
—— 『TINY CAFE』(以下タイニー)に来るようになったきっかけは?
山本 2014年頃に、吉祥寺の『闇太郎』で飲んでたら、(『TINY CAFE』店長の)池田君にナンパされました。来てみたらすごく居心地が良くて。
—— タイニーではどういう飲み方をされるんですか?
山本 普通にだらだらと。どこか都内に出かけて、まっすぐ帰るのがかったるいから、ここに寄って夜中まで飲む感じです。大体カウンターでいつもいる人とグダグダしゃべって、ビール飲んだりハイボール飲んだり日本酒飲んだり、バラバラ。
—— おつまみとかは。
山本 食べてくることが多いんですが、おなか減ってればカレーとか。大体なんでもおいしいです。
—— (『散歩の達人』2024年4月号での)特集は芦花公園から調布まで入るんですけど、他の駅はあまり行かないですか。
山本 うちからバスの便はすごくいいんですけど、割と通り過ぎるばかりですね。テニス仲間が千歳烏山でクラフトビールと料理の店をやってたんですけど、2023年に閉めちゃったんで、もう行かなくなりました。バス停から駅までちょっと遠いんだよな〜。
—— テニスやられるんですね。
山本 38歳から始めてます。漫画家でテニスやってる鈴木みそ君とかとり・みきさんに誘われて。週1くらいでやってたのが、今は週4、5とかになってしまった。
—— 2021年の「JAZZ ARTせんがわ」で、山本さんたちのライブペインティングを拝見しました。
山本 3人でやったときね。大友良英さんがギター弾いて、僕ら3人が即興でペインティング。プロデューサーの坂本さんからライブペインティングやりませんかと言われて。絵描いたことないんだけど……出たい! って。池田君も絵描くよね〜って。もう1人多摩美の学生だったナナちゃんと3人で。誰が演奏するのかな〜って思ったら、大友さん⁉ って。
—— 面白かったです。他のお2人が山本さんに遠慮してるようにも。
山本 いやいや、ナナちゃんが一番好き勝手やってたな〜。あの人。俺描いたとこどんどん消してくからね。
—— 池田さんに少し聞いたのですが、昔、仙川にライブハウスが……。
山本 そう「ゴスペル」っていうのがあって。僕は1回しか行ってないですけど、2〜3年続いたのかな?
——どのような音楽を。
山本 アヴァンギャルド系。巻上(公一)さんとかフリージャズが多い感じです。最初知らなくて、仕事場から歩いて帰るときにギターかついでいる三上寛さんとすれ違って。なんで仙川に三上寛がって。「ゴスペル」に行く途中だったんじゃないかな。
僕が見た1回も、三上さんと灰野敬二、吉沢元治のトリオで、ものすごい轟音のライブで。ハコも結構広かった。ウェイティングバーみたいなのがあって、上下ツーフロアだったような。オオバコだった。そういう音楽ばっかりやってるから。
—— それはいつ頃ですか。
山本 1990〜92年くらいかな。三上さんのトリオがCD出したくらい。
—— 巻上さんたちが「JAZZ ARTせんがわ」を始めたのが2008年なので……。
山本 「ゴスペル」とつながりがあるのかないのかは分かんないけど、巻上さんは仙川でそういうつてがあったのかな? 僕は3回目か4回目くらいから行くようになって。バスで行けるフェスだし。2024年も正月やってたんですよね。今度は多分11月に。フリージャズのお祭りだからか、住民はあまり食いついてない感じなんですけど、僕は食いついてます。タイニーに来る人くらいしか食いついてない感じがします。
—— ジャンルが難しいんですかね。11月は出演されないんですか?
山本 出ません。
—— それは残念です。
山本 私は出ませんが、「JAZZ ARTせんがわ」来てください。珍しい即興のフェスですから。もちろんタイニーも。こういうところが仙川には他に全然ないので。
『TINY CAFE』
1999年の開店で、店長の池田敏彦さんは3代目。写真の砂肝とレバーのオイル煮500円やドライいちじくクリームチーズサンド550円などのつまみの他、チキンカレー750円など食事も充実。ライブも時折開催され、山本さんが出演することも。ハートランド650円。
TINY CAFE(タイニー カフェ)
住所:東京都調布市若葉町1-42-2/営業時間:16:00~24:00/定休日:水/アクセス:京王電鉄京王線仙川駅から徒歩6分
取材・構成=久保拓英(『散歩の達人』編集長) 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2024年4月号より