その色は、祈りか、抗議か ― 「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」(レポート)
数万年にわたり独自の文化と世界観を育んできた、オーストラリアの先住民族・アボリジナル。土地への敬意と精神性は、現代アートにも息づいており、国際的にも高い注目を集めています。
アーティゾン美術館で開催される「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」は、アボリジナルの出自をもつ複数の女性アーティストに焦点を当てた、日本初の展覧会です。石橋財団のコレクションを含む7名と1組の作家による作品が紹介されています。
アーティゾン美術館「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」会場入口
ノンギルンガ・マラウィリ(1938年頃–2023年)は、アーネムランド地方に伝わる「バーク・ペインティング」の革新者として注目されました。
伝統的な技法や図像に加え、印刷用インクなど新たな素材を取り入れ、独自の構成と色使いで表現を展開。伝統と現代が調和する作品は、静かながらも強いエネルギーで鑑賞者に訴えかけます。
ノンギルンガ・マラウィリ(Nonggirrnga Marawili 1938頃-2023)の作品 © the artist ℅ Buku-Larrŋgay Mulka Centre
ジュディ・ワトソン(1959年生まれ)は、1997年にヴェネチア・ビエンナーレでオーストラリア館代表を務めた現代美術家です。
アーカイブ資料や植民地時代の文書に基づくリサーチから、社会に刻まれた「見えない傷跡」をすくい上げ、詩的かつ造形的に表現しています。個人的な記憶と歴史的な出来事を重ねるその作品は、静かに、けれど確かな訴求力をもって鑑賞者に問いを投げかけます。
ジュディ・ワトソン(Judy Watson 1959-)の作品 © Judy Watson
ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ(Tjanpi Desert Weavers)は、西砂漠と中央砂漠地域の女性たちによるアーティスト・コレクティヴで、草を編んで立体作品を制作します。伝統技術と現代的モチーフを融合させた表現が特徴です。
映像作品では、地域の日常やユーモアを交えたストーリーも発信。共同体としての制作行為そのものが、文化の継承と自己表現の両立であり、コレクティヴのあり方自体がアートの核になっています。
ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ(Tjanpi Desert Weavers)の作品 © Tjanpi Desert Weavers, NPY Women’s Council
エミリー・カーマ・イングワリィ(1910年頃–1996年)は、アボリジナル・アートを象徴する存在として知られています。
80歳近くで絵画を始めてからわずか8年間で3,000点以上を制作し、自然や宇宙、土地の神話「ドリーミング」を即興的な線と色彩で表現しました。抽象絵画としての美しさと、文化的な深みが交差する独自のスタイルを確立しています。
展示風景より
南オーストラリア出身のイワニ・スケース(1973年生まれ)は、吹きガラスを用いた表現で知られるアーティストです。祖先が経験した核実験や鉱山開発による大地の損傷といった歴史的な苦難を、繊細で脆いガラスに託して表現しています。
作品からは、怒りや痛みとともに、静かな祈りのような感情も伝わってきます。ミニマルな造形のなかに、深く刻まれた記憶が見え隠れします。
イワニ・スケース(Yhonnie Scarce 1973-)の作品 © Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY
ジュリー・ゴフ(1965年生まれ)は、母方にアボリジニの祖先をもちながら、大人になるまでそのルーツを知らずに育ちました。作家としての活動は、自身のアイデンティティと歴史の探求から始まっています。
タスマニアのアボリジナルの視点から、植民地時代の記憶と向き合い、リサーチをもとにした映像やインスタレーションを制作。椅子や石炭などの素材を使い、語られなかった声を空間に丁寧に浮かび上がらせています。
ジュリー・ゴフ(Julie Gough 1965-)の作品 © Julie Gough
マリィ・クラーク(1961年生まれ)は1980年代にジュエリー制作からキャリアを始め、メルボルンを拠点に活動してきました。植民地化の過程で失われた先住民の儀礼や文化を現代に再生する取り組みを続けています。
レンチキュラー・プリントやホログラム、映像など多様なメディアを用いた作品は、個人の記憶と文化の継承を結びつけ、「見ること」の意味を問いかけています。
マリィ・クラーク(Maree Clarke 1961-)の作品 © Maree Clarke
カイアディルト族出身のマーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ(1924年頃–2015年)は、80歳を過ぎてから絵を描き始め、亡くなるまでに約2,000点もの作品を生み出しました。
出身地であるバンタ島の海や土地、そして個人の記憶をテーマに、自由で鮮やかな色彩とダイナミックな構図で描いた抽象画は、国内外で高く評価されています。年齢や背景にとらわれず、みずみずしい創造力があふれています。
展示風景より
作品に向き合ううちに浮かび上がってくるのは、土地、記憶、家族、そして語り継がれるべき歴史の存在です。過去の喪失を引き受けながらも、未来へとつながる意思に満ちた作品の数々をお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年6月23日 ]