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季語「針供養」の名句【NHK俳句】

NHK出版デジタルマガジン

季語「針供養」の名句【NHK俳句】

NHKテキスト「NHK俳句」より「針供養」にまつわる名句を紹介

2023年度『NHK俳句』では、山田佳乃(やまだ・よしの)さんを講師に迎えて、「俳句とエコロジー」をテーマに一年間さまざまな名句を紹介してきました。二月号の兼題は、一年間使った針を供養する「針供養(はりくよう)」です。

道具を供養する ~俳句のエコロジー

 二月八日は一日針を休め、一年間使って折れたり古くなった針を供養する日です。古針を持って淡嶋(あわしま)神社に出向き、裁縫の上達を祈りつつ神前に用意された豆腐や蒟蒻(こんにゃく)に刺して供養します。
 
 淡嶋神社は和歌山県加太(かだ)の淡嶋神社が起源とされ、婦人を守護すると言われることから、淡嶋堂は全国各地に広がりました。東京では浅草寺(せんそうじ)境内にある淡島堂が有名です。

 同様の行事が、十二月八日に行われる地域もあります。両方行う地もありますが、多くは十二月か二月のどちらか一回行われます。東京は二月、京都は十二月に行われるようです。神前の豆腐や蒟蒻に針を刺すのは、一年中堅いものを縫い続けてきた針を今日は柔らかなものに挿して休めましょうという意味があるのです。
 
 道具を丁寧に使い、その道具を供養して祀(まつ)るというのは日本らしい風習でしょう。
 
 以前は服を縫ったり、衣類などの穴や破れを繕(つくろ)って大切に使うことが当たり前に行われていました。
 
 近年では針や糸を使うことが少なくなったので以前ほどの賑(にぎ)わいはありませんけれども、今でも洋裁学校や和裁、洋服などにかかわる人たちが、次々と訪れて大きな豆腐や蒟蒻に色とりどりの待ち針や綺麗な糸のついた針が刺されていきます。
 
 関東や関西、各地で若干時期が異なるため実景を詠むと少し季節感がずれてしまう感覚があるかもしれませんが、あまり難しく考えずに出会った針供養の景を詠んでみたらよいのではないかと思います。
 
 その土地らしい風景、神社や訪れる人たちの様子をしっかりと見て、ものを大切に思う心を描くことができたらよいと思います。

鳩千羽千の影曳く針供養

鍵和田秞子(かぎわだゆうこ)

 鳩が沢山いる寺の淡嶋堂の景。針供養の行われる境内が静かな賑わいを見せる中、一斉に鳩が飛び立ったのです。羽搏(はばた)くと一羽一羽は翼の影を持ち大地に影が渦巻いていたのでしょう。

 針供養の情景と沢山の鳩の羽搏きや翼の影が眼前に見えてくるようなリアリティのある句です。

天井に日の斑ゆらめく針供養 

桂 信子(かつらのぶこ)

 天井に日の斑がゆらめいているというと、そばに池があるのでしょうか。水面の反射が天井に映り込んで揺れているのです。針供養のある淡嶋神社の境内の様子がイメージされます。とりどりの針の反射と水面の反射が見えてくるようなよい日和(ひより)の針供養の情景です。

供養針にも夕影といへるもの 

深見けん二(ふかみけんじ)

 蒟蒻などに刺された針に夕日が差し込んでいるのです。それほど太さはない針ですが、よくみるとそれぞれに幽(かす)かな影が伸びているのです。「夕影といへるもの」という措辞(そじ)で、その分かりにくいながらも存在する儚(はかな)い影が見えてきます。供養された針それぞれにある物語まで感じられるような句となっています。

針といふ光ひしめき針供養

行方克巳(なめかたかつみ)

 犇(ひし)めくように次々に刺されていく供養の針。それが日にきらきらと輝いているのです。そこに見えているのは針ではなく光の筋の集合体のようなもので、いつも見ている針と少し違う様子が感じ取れます。

ぬきんでて畳針なり祀らるる

山﨑冨美子(やまさきふみこ)

 華奢(きゃしゃ)な絹針から木綿針、待ち針、ミシン針などいろいろな針が祀られるなか、ぬきんでて太く長い針が祀られていることがあります。それは畳針で、これほど大きいのかと思うほどの存在感があります。普段目にすることのない畳針に作者は驚いたのでしょう。そんな驚きが一句になりました。針は色々なものに使われているので針供養の場に行くとめったに出会わない針が祀られています。

母の世の錆こぼしつつ針納

伊藤伊那男(いとういなお)

 御母堂様の残された針を納めに行かれたのでしょうか。使わない間に針山で錆ついていたのです。
 
 大切に使われた針だったのかもしれませんし、裁縫のお好きな方だったのかもしれません。随分時が流れてしまったという感慨も感じられるような一句です。

古妻や針の供養の子沢山 

飯田蛇笏(いいだだこつ)

 昔、子沢山の時代、上の子の服を繕っては下の子に着せていた時代です。何度も何度もお下がりを着せてその度に手を入れて長く大切に着られるように空いた時間に針仕事をしていたのです。そんな針を供養するときに歳月を共にした妻への感謝が込み上げてきたのでしょう。

 深い情感の感じられる句です。

糸しべののこれる針を供養かな  

芝 不器男(しばふきお)

 針山に刺す針に目印のように短い糸をつけるのですが、その糸のついた針を供養に持ってきたのです。糸しべの「しべ」は「稭」で「わらしべ」、糸屑(いとくず)といったところでしょう。とりどりの糸しべが集まって華やかな針供養の景です。

針供養椿の花に刺してやり 

井上弘美(いのうえひろみ)

 針供養の豆腐などとともに椿の花も添えられていたのでしょうか。その椿の花に針を納めたのです。そんな作者の雅な様子が印象的です。椿の花の色彩と待ち針や糸の色が見えてくるような美しい句です。
 
 行事を詠むことは難しいですが、針供養は比較的近所で行われていることも多いので淡嶋社の様子や、神主さんや雅楽、訪れる方の様子や雰囲気など少し足を運んでみると句材を豊富に拾うことができます。

選者の一句

針供養五色の幣を奉る  

佳乃

講師 山田佳乃(やまだ・よしの)

大阪府生まれ。「円虹(えんこう)」主宰・「ホトトギス」同人。稲畑汀子(いなはたていこ) ・廣太郎(こうたろう)・山田弘子(やまだひろこ)に師事。第21回日本伝統俳句協会賞。句集に『春の虹』『波音』『残像』(第4回加藤郁乎(かとういくや) 記念賞)、著書に『京極杞陽(きょうごくきよう)の百句』。日本伝統俳句協会常務理事、日本文藝家協会会員。

◆『NHK俳句』2024年2月号より「俳句とエコロジー」
◆写真 ©Shutterstock(テキストへの掲載はありません)

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