民衆を見つめ続けた画家・北川民次の生誕130年を記念する展覧会が開催中
約15年間にわたりメキシコで画家・教育者として活躍した北川民次の生誕130年を記念する展覧会「北川民次展―メキシコから日本へ」が、2024年11月17日(日)まで「世田谷美術館」で開催されている。
北川の回顧展は、1996年の「愛知県美術館」での開催以来、28年ぶり。これまで開催されなかった背景には、長く続いたヨーロッパ中心主義の影響で、日本国内の画家が広く紹介される機会が限られていたことがある。しかし、今回の展覧会は、ヨーロッパ以外の美術にも関心が高まってきた時代の流れを反映し、これまで見過ごされてきた空白を埋める重要なものだ。
北川はメキシコでの壁画運動に強く影響を受け、生涯にわたりメッセージ性の強い作品を制作し続けた画家として知られている。本展では、より深くその背景を掘り下げながら、民衆に注がれた彼の温かいまなざしに焦点を当てている。アメリカからメキシコ、そして日本へと続く彼の人生を、一緒に旅するような感覚でその軌跡をたどれる。
1894年、静岡の製茶の家に生まれた北川は、20歳の時、新天地を求めて渡米する。その後27歳で、革命の熱気が冷めやらぬメキシコへ渡った。メキシコでは、先住民の集落を回りながら宗教画を売り歩く日々を過ごす。先住民と生活をともにした経験は、彼の作品に大きな影響を与え、その後の作風に色濃く反映される。
2頭のロバの優しい目元が印象的な作品『ロバ』(1928年)は、メキシコで北川が評価されるきっかけになった作品だ。庶民にとって家族同然の存在であったロバを愛情深く描いたこの作品は、現地の画家から「我々の視点で見ている」と高く評価された。
帰国後に制作された『赤津陶工の家』(1941年)は、疎開先であった妻の実家のある瀬戸で描かれた作品である。瀬戸の陶器生産に携わる人々の生活に深い共感を抱きながら、人々の姿を描いた。
さらに北川は絵本の制作にも携わり、未来を担う子どもたちに向けたメッセージを込めた。メキシコの民話を題材にした絵本や瀬戸の産業をテーマにした作品など、彼の絵本にも、常に民衆や人生に寄り添う視線が感じられる。
戦時中に絵本を制作することで、困難な時代の中でも希望をつなぎ、人間性を失わないよう努めていたのかもしれない。絵本制作を通じた教育の実戦は、北川にとって人間の精神を探究するための試みだったと言える。
会場には油彩約60点をはじめ、水彩・素描・版画など約50点の作品が並ぶ。さらに、1920〜30年代のメキシコにおける多様な芸術動向に関する資料や、当時交流のあった芸術家たちの作品も併せて展示される。
北川の軌跡を多角的に紹介するこの展覧会で、彼の芸術と人間への温かい眼差しを感じ取ってみては。