小芝風花×津田健次郎が『ロード・オブ・ザ・リング』に〈生命〉を吹き込んだ!『ローハンの戦い』見どころ解説
『攻殻S.A.C.』の神山健治×『ロード・オブ・ザ・リング』
ピーター・ジャクソン監督が手掛けた『ロード・オブ・ザ・リング』(以下、LOTR)シリーズと言えばファンタジー映画の金字塔だ。最終章(『王の帰還』)の日本公開(2004年)から20年の時を経た今、その世界は拡大を続け、前日譚『ホビットの冒険』も実写シリーズ化。関連ゲームも数々登場し、〈中つ国〉の物語群はすっかり一大ジャンルとして定着した感がある。
そんな中、初期3部作に直接つながるシリーズ最新作『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』が12月27日(金)より公開される。日本のスタッフによるアニメーション作品で、監督は『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズ(2002年~)や『東のエデン』(2009年~)などで知られる神山健治氏だ。
本作は全世界ヒットの『ロード・オブ・ザ・リング』最新作とあって公開規模も大きく、全米で3,500スクリーン、全世界では30,000スクリーンを超える拡大公開。この規模は日本のスタジオ制作の長編アニメーションとしては史上初である。
『LotR』を知らずとも心を揺さぶられる壮絶な人間ドラマ
物語は映画1作目から200年前のエピソードで、原作小説「指輪物語 追補編」に登場する、ファン人気も高いローハンの伝説の王、ヘルム王の逸話を元にしている。映画第2作『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』(2002年)で決戦の土地として語り継がれていたヘルム峡谷、その伝承と歴史が描かれる。
偉大な王ヘルムに護られ、騎士の国ローハンの人々は平和に暮らしていた。だが、突然の攻撃を受け、美しい国が崩壊していく……。
王国滅亡の危機に立ち向かう、ヘルム王の娘である若き王女へラ。最大の敵となるのは、かつてヘラと共に育ち、彼女に想いを寄せていた幼馴染のウルフだった。
大鷲が空を舞い、ムーマクは暴走、オークが現れ、金色の指輪を集める“何者”かが暗躍し、白のサルマンが登場……。果たしてヘラは、誇り高き騎士の国と民の未来を救えるのか――!?
『ローハンの戦い』は、王国を救うために戦う王女の壮大な物語だ。主人公の王女ヘラは戦士として軽んじられているが、そんな状況に翻弄される一人の女性から、やがて自由を勝ち取り民を救うために身を投じる勇敢なリーダーへと成長していく。周囲の評価に振りまわれず、自身の心を解き放とうと奮闘するヘラの姿は共感必至だ。
ときには危険な生物にも勇敢に立ち向かうヘラは王女としてだけでなく、争いを終わらせるために必要な、人間としての強さも持つ女性である。一方、父フレカの死への復讐を誓うウルフはローハンの地だけでなく、深い関係であったヘラや、彼女が大切にするすべての人をも破壊しようと執念を燃やす。その心中には複雑な感情が渦巻いていて、強く葛藤しながらも自らの使命を果たさんとする、非常に人間味あふれる悪役として描かれている。
そんなウルフとヘラは、血筋によって生じた混乱と流血の争いに巻き込まれていく。運命に引き裂かれた二人の悲劇的なドラマには感情が揺さぶられ、避けられない因縁の戦いに心が昂ぶる。
「LOTR」を語る上で欠かせない騎士の国<ローハン>の重要性とは?
映画『LOTR』シリーズにおいても、バルログやオークに追われ、仲間との関係性にひびが入ったりと困難が続き我慢の展開が多かったシリーズ1作目に対し、砦に籠もるもそこから攻め返し反撃の狼煙をあげる2作目『二つの塔』は、3作目『王の帰還』(2003年)につながっていく、後半の戦いへの転機となる物語だった。
そんな『二つの塔』の舞台となったローハンは作中でも印象の深い土地だ。この土地に語り継がれている物語が、今回の『ローハンの戦い』のストーリーのメインになっている。
大迫力の騎馬戦闘シーン、実写版以上に活躍する“巨大生物”たち
大規模戦闘を描くことが多かった『LOTR』3部作に比べ、本作では1対1の決闘など個人視点の戦闘も描かれているだけでなく、騎馬国家ローハンの武将たちによる、騎馬2,000頭の大スペクタクルな戦闘シーンも見所だ。
そして“ムーマク”など、中つ国の巨大生物たちも実写映画版以上に大活躍。ヘラたち人間からの視点がより増えているので、今まで俯瞰で見ていた生物も迫力が増している。とくに遠景ではなく実際にヘラを踏み潰そうと間近に迫り、まさに触れられるほどの近距離で描かれる巨大生物同士の戦いは大迫力の一言だ。
人間からの視点という点では、人間同士のバトルシーンもより迫力を増している。真っ先に挙げられるのは、剛力で知られるヘルム王が自ら敵に相対するシーンだろう。素手で単独、多数の軍勢をなぎ倒し蹴散らしていく。王の拳の威力で相手が半回転しながら倒れ伏す、そんなアニメならではのシーンも、伝説となる王の武勇を示すのにピッタリである。
また、オークなどで構成されるサウロンの軍勢と戦った『ロード・オブ・ザ・リング』や『ホビット』よりも過去の物語のため、人間族同士の戦争がしっかり描かれているのも特筆すべきだろう。戦争文化の違いも描写されており、盾と剣を用いる“西洋的”な剣術のヘラと、相手の攻撃を受け流すなど剣で攻防を兼ねるウルフの戦いをはじめ、今まで見たことのないアクションシーンが展開される。
実力派スタジオが集結!“手描き”アニメへのこだわり
2001年の映画『LOTR』では原作の挿し絵作家アラン・リーなどを招聘し、原作通りのイメージの再現に成功した。そして本作『ローハンの戦い』には、その映画版スタッフが協力。剣や甲冑、衣装に屋敷や城の造形などの設定が共通している。
もちろんJ・R・R・トールキン作品のアニメ化は今回が初めてではない。中つ国のアニメはジーン・ダイッチによる『The Hobbit』(1967年)や、『フリッツ・ザ・キャット』(1971年)などで知られるラルフ・バクシ監督の『指輪物語』(1978年)などがあった。なお、旧ソ連で制作され、こちらも未完に終わった『The Hobbit』(1991年)なるアニメも存在している。
しかし、それらでも満足のいくアニメ化は難しかったと言える。なぜか? それは大長編の原作であるため、語り終えることとトータルのクオリティコントロールがとても難しい、ということだろう。実際、バクシの『指輪物語』はクオリティは高かったものの、物語途中で力つきてしまった。世界中の読者それぞれの「指輪物語」へのイメージの違いも、その一因と思われる。
『ローハンの戦い』では、ピーター・ジャクソンが設立したWETAデジタルが全面協力し、実写映画で使用されたCGデータを神山監督らに提供。様々なディテールの積み重ねによって原作・実写との親和性をより強固なものにしている。しっかりと世界観を共有しているという点で、安心して物語に没入できるはず。
さらに、昨今はアニメーションにもCGが入っているのは当たり前だが、この作品はあえて手描きにこだわっている。SOLA ENTERTAINMENTの元に、MAPPAやProduction I.Gといった日本を代表するスタジオが集結。その描画力が、映画世界を見事にアニメにコンバートしてみせた。
槌手王ヘルムや王女ヘラなど人気キャラクターの魅力爆発
そして物語を構成するのはキャラクターだ。老いてなお勇猛果敢で、戦場では相手を素手でなぎ倒す槌手王ヘルム。このキャラは原作ファンにも人気が高く、アクションRPGゲーム「シャドー・オブ・ウォー」に登場するほど。そのヘルムの無双ぶりがアニメ化されただけで一見の価値はある。そしてなんといっても主人公、王女ヘラの活躍だろう。実はこのキャラクター、原作では名もない存在である。
本作のヘラは、優しさと激しさを持つ女性として描かれている。ローハンに伝わる「盾もつ乙女」の伝承と組み合わせ、「戦の世でも女性だからこそ活躍できる」という要素をうまく組み込んだ物語が展開。関連作における女性キャラの中で1、2を争う魅力を持つヘラは、もしかしたらこれからの中つ国の語られ方を方向づけるようなキャラクターになるかもしれない。
錚々たる名優たちが吹替を担当! 日本語版声優陣も超豪華
豪華な吹替陣についても触れなくてはいけないだろう。英語版では、言い伝えの語り部であるナレーターを『LOTR』のローハンの女戦士、エオウィン役のミランダ・オットーが担当。ヘルム王役は『刑事グラハム/凍りついた欲望』(1986年)で最初にレクター博士を演じた名優ブライアン・コックスが務め、王の威厳をこれでもかと見せつける。魔法使いサルマンの声は映画版同様に故クリストファー・リーが担当しているが、これは映画のアーカイブからリーの声をピックアップして使用したそうだ。日本語吹替版も、ヘルム王を市村正親、ヘラを小芝風花、ウルフを津田健次郎と豪華そのもので、ぜひ比較して観てみたい。
『ローハンの戦い』を見ていると、中つ国の物語をもっとアニメで描いて欲しいと思ってしまう。「追補編」や「シルマリルの物語」など、まだまだ語られるべき中つ国の物語はたくさんある。
神山監督がニュージーランドのWETAスタジオを訪問し、ホビット庄のセットを訪ね、ピーター・ジャクソン監督と交流したりしている映像を見ると、「もしかすると『指輪』や『ホビット』本体のアニメ化も決して不可能ではないのでは……?」とさえ思う。『LOTR』映画の新プロジェクトも動いているという話だが、アニメ版でもさらなる展開を熱望したいところである。
文:多田遠志
『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』は2024年12月27日(金)より全国公開