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1本60円⁉ 焼き鳥を突然に、無性に食べたくなったら高田馬場『鳥やす本店』へ駆け込め!

さんたつ

味論画像1

焼き鳥は突然に、無性に食べたくなる食べ物だ。とはいえ、焼き鳥は「じゃあ、今夜はおうちで焼き鳥ね」などと、焼き肉みたいにはいかない。スーパーで売っているものをレンジで温めて食べることもできるのだが、ここでいう突然に、無性に食べたくなる焼き鳥は、それでは満足できない。

鳥やす本店

焼き鳥で飲みたくなったら目指す店

炭と煙と炎、そして芳ばしい香りを放つ焼き場。

カンカンに熾(おこ)した炭でじっくりと焼き、秘伝のタレ壺にジャブジャブと潜らせて角皿へ順番に寝かしつける。あっという間に積まれた焼き鳥を、マスターが「おまちどおさま」と、目の前に差し出してくれる。その香りに辛抱たまらず、串に食らいつく。これこそが、求めている「突然に、無性に食べたくなる焼き鳥」だ。

重要なのが、決して高価であってはいけない。割と近い昔、焼き鳥なんていう庶民の食べもんは、どこでも1本80円くらいだったはずだ。ただ最近の焼き鳥って、ちょっとお高いのもあるでしょう? それじゃあ財布の中身ばかり気にして、あまり楽しめないのだ。

種類が豊富なのも焼き鳥の魅力。

レバ、ハツ、カワ、ササミ……間にピーマンや肉巻きなんかもいい。そんでもって、瓶ビールから日本酒に切り替えてシッポリと飲む。あとは会計時に、「あんなに食べて、この安さ……?」──なんと、すばらしいことだろうか。

ダントツの安さ、そして旨い。久しぶりにそんな焼き鳥で飲みたくなった。目指すは学生の街・高田馬場である。

『鳥やす本店』のレトロな外観。

さかえ通り商店街の奥にたたずむ、高田馬場を代表する酒場のひとつで、支店があるほどの人気店だ。何を隠そう、突然に、無性に今夜はここで焼き鳥をむさぼり食おうというのだ。

赤い提灯たちが“焼き鳥気分”を加速させる。

暖簾(のれん)前にかかる赤提灯、武骨なモルタルの外壁がいい。フレッシュさにあふれる大学生の街に、煤けた昭和カルチャーとのコントラストが独特な風情を醸し出している。それに混じって、さっそく焼き鳥を焼く香りが漂ってきて、鼻孔をザワつかせる。バーベキューの炭の香りもいいが、タレの甘みが混じった炭の香りもいい。早く、中へ入ろう。

「ガタガタガタ……」

古い木製の引き戸が、耳に心地よい。

「いらっしゃいませー」

ザ・昭和の大衆酒場な内観。

民芸風の広い店内には、壁に達筆メニュー札が張りめぐらされ、天井も柱もいい塩梅に燻(いぶ)されている。焼き鳥を焼く煙をほのかに感じ、まるで高級なお香のように芳ばしい。

店内どこを見ても、皆おいしそうに焼き鳥をほおばっている。

私の“同士”がたくさんいるようで、大変にぎわっている。店の中央に酒席を陣取り、まずは瓶ビールで、今日という焼き鳥の日に乾杯しよう。

名物お通しの大根おろし(ウズラ入り)。

お通しは、大根おろしにウズラの卵を落としたもの。この何てことない一品が、ちょうどいい箸休めにもなるのだ。

さぁて、喉も潤ったことだし、まずはメニューから焼き鳥を拝見しよう。どれどれ……。

焼き鳥が1本60円~という令和時代の奇跡

焼き鳥は驚愕の1本60円~。

なぬっ!? もつが1本60円……安──っ!!

その他にすなぎもが70円、正肉が80円という目を疑う破格の値段が並んでいる。煤けた昭和カルチャーどころか、ここだけ本当に昭和なのかもしれない。「端から端まで全部!」という勢いで、目に付いたものを片っ端から注文する。そして、最初にいただくのは……

手羽先の入った煮込み。

すぐに焼き鳥といきたいところが、慌てなさんな。これから大量に食べる焼き鳥に、胃がびっくりしないよう準備運動をしよう。ビジュアルの良さも然(さ)ることながら、具が手羽先と根野菜のみというのに、料理人のセンスを感じる。

骨離れのいい手羽先は非常に柔らかい。

手羽先は口に入れて、ズルリと引き戻すだけで骨から肉が抜ける柔らかさ。あっさりとした鳥のスープに肉がよくなじんでおいしい。こっくりとした食べ味の根野菜も然り、一般的な酒場の煮込みとは違うが、これ目当てにここへ来る客がいても不思議ではない。

「お待たせしましたー」

そこへやってきたのが、今夜の主役たちだ。

モワッ

ワハッ、

ウッヒョ──ッ!!

焼きたての湯気の中から、ついにお目当ての焼き鳥が登場。左の皿は、もつ、正肉、ささみ、右の皿は……ええい、どれがどれかなんて説明はいったん置いておこう。今はただ、この絶景に酔いしれるのみよ。

はさみ90円。

はさみ(ネギマ)から、お手並み拝見。ネギマは肉とネギを同時に食べるのが正しい。大ぶりの肉はぎゅっ、ぎゅっと弾力が小気味よく、ねっとりとした甘いネギが効いている。それをまとめ上げるタレがまた、芳醇フルボディで間違いない仕上がり。

わさび正肉120円。

わざび正肉も、いい仕事している。正肉にワサビをかなりタップリ塗られているが……絶対に辛くないか? という不安は大ハズレ。ピリッとしたかと思えば、瞬時にして濃厚タレと絡み合い、それがとにかく旨い。控えめに見える刻み海苔だって、正肉、ワザビを絶妙に引き立てている助演賞ものだ。

日本酒、いっちゃいますか?

相方をビールから日本酒に替えよう。ウキウキしながらラインアップを見てみると……ムムッ! 我が故郷・秋田の酒があるではないか。

秋田の地酒「まんさくの花」で合わせる。

ツイー……と口に含んでみると、「アラ?……日本酒特有のクセがない?」どこに行ったのかと舌で探索してみるが、ジンワリと芳醇な米の風味が心地よすぎて探索を断念することに。

ほんのり色が付いた「まんさくの花」。

ぜひとも、日本酒が苦手な方にも試してもらいたい。クイクイいけちゃう。だいぶ飲みやすい酒だから、味の濃い焼き物が食べたくなる……そう、ありますよ。まだまだ焼き鳥たちが。

まだまだ終わらない焼き鳥たち。

続く砂ぎもは、コリコリと歯ごたえを楽しめる安定のおいしさ、ピーマンの肉巻きは中にチーズを仕込ませているタイプで、濃厚な豚肉との味わいが箸休めにもちょうどいい。焼き鳥屋のピーマンが好き過ぎて、ピーマン肉巻きを頼んでいるのに、さらにピーマン単品まで頼んでいるという。端っこの焦げ目が、苦香ばしくてたまらないのだ。

突然に、無性に食べたくなる焼き鳥。スーパーで買ってきたものも悪くはないが、やはり焼き鳥はできたてに限る。何本でもイケてしまう不思議……四十代になってから、しばらく量が食べられなかったが、ここにきて焼き鳥のポテンシャルを改めて見せつけられた。

1本数十円、店の名前が「鳥」が「やすい」とはよくいったもの。そして、掛け値なしに「旨い」まで付いてくる。焼き鳥とは、こういう庶民のものでなくてはいけません。

よっしゃ、もう一丁いくか! と、満腹中枢の壊れた、40代の勢いは止まらない。再びメニューを開き、品定めしていると……

なんと、蛙(かえる)だって……? グランドメニューに堂々と載っているということは、あえてこの珍味を求めに来る客がいるに違いない……よし、追加で蛙の足5本いってみようか!

……と、蛙が大の苦手な私は、こればかりは突然に、無性にということにはならないのである。

鳥やす本店
住所:東京都新宿区高田馬場3-5-7/営業時間:17:00~23:30/アクセス:JR・私鉄・地下鉄高田馬場駅から徒歩3分

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

味論
ノンフィクション酒場ライター
1979年東京都生まれ、秋田県育ち。酒場紹介サイト「酒場ナビ」主催。「さんたつ公式サポーター」を経て2023年より執筆中。趣味は全国のレトロ建築めぐり。

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