「最近のクマは、鈴やラジオの音では逃げない?」よくある疑問30個に回答!秋田県から学ぶ、全国に通じる大切なこと【前編】
最近のクマは、鈴やラジオの音では逃げない?
クマに会ったら、荷物を置いて逃げればいい?
そんなウワサを聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
よくある疑問一つひとつについて、丁寧に回答しているWEBページがあります。
書いたのは、秋田県の職員です。
答えている質問の数は、30個にのぼります。ツキノワグマ・ヒグマの生息する全国各地にとって、参考になる内容です。書き手には、北海道でヒグマの研究をしていた経験もあります。
なぜこのQ&Aを書いたのか。話を聞くと、全国に通じる大切なことが見えてきました。
連載「クマさん、ここまでよ」
この記事の内容
・クマは鈴やラジオの音では逃げない?
・Q&Aのきっかけは、全国からの激しい批判
・専門知識がなくてもわかりやすい
・クマは人を二分する…だからこそ
・秋田県が示す、クマ対策への本気度
クマは鈴やラジオの音では逃げない?
「クマについてよくあるご意見・ご質問」は、秋田県のホームページから見ることができます。
人身事故や農作物被害を防ぐための方法や、クマの生態にまつわる疑問まで解説しています。
「秋田県のクマ生息数」などもありますが、生態についてなど、ほとんどの解説はツキノワグマにもヒグマにも共通です。
たとえば、「最近のクマは鈴やラジオの音では逃げないと聞きましたが」という質問には、以下のように回答しています。
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人の生活圏周辺に定着しているクマは、車の往来や人の活動を見慣れており、車や人から特に危害を加えられないことを学習しています。したがって、車や人と一定の距離が保たれていてクマが安全だと判断している場合は、人に気づいていてもクマが逃げないことがあります。
このようなクマの多くは、逃げないだけで、積極的に近づいてくることはありませんが、人と鉢合わせをすれば攻撃してくることが予想されます。バッタリ遭遇を避けるために鈴やラジオの音を活用してください。
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その上で、「ただし、現在入山が禁止されている地域では、鈴やラジオの音に積極的に接近してくるクマが確認されています。入山禁止地域には絶対に立ち入らないでください」と、最新の出没情報を紹介しているページに案内しています。
「クマに会ったら荷物を置いて逃げれば良いと聞いていますが」という質問に対しては、以下の回答です。
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絶対に荷物を置いて逃げないでください。
荷物の中にあるお弁当やお菓子などをクマが食べた場合、そのクマは「人を脅かせば食べ物が手に入る」という学習をします。本来であればクマは人を避けて行動しますが、このような学習をしたクマは、人から再び食べ物を得るため、積極的に人に接近するようになります。
人の荷物を狙ううちに行動がエスカレートしていき、人身事故に発展する危険性があります。クマには絶対に食べ物を与えないでください。
人と食べ物を結び付けて学習させないよう、山などに食品ゴミを捨ててこないことも重要です。
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どちらも事故を防ぐための基本的な知恵ですが、誤解して覚えてしまっていると、命とりになります。
Q&Aのきっかけは、全国からの激しい批判
中心になってQ&Aを執筆したのは、秋田県職員の近藤麻実さんです。
近藤さんは、秋田県として初めての「野生動物の専門知識を持つ職員」として、2020年4月に採用されました。
2020年7月に秋田県自然保護課内に開設された「ツキノワグマ被害対策支援センター」で、ツキノワグマをはじめ、サルやイノシシなど、野生動物全般の対策にチームで向き合っています。
「正しく知って、正しい知識に基づいてきちんと対策すれば、無駄な衝突をせず暮らしていけると思う。ひとり一人に、正しい知識を身に着けてほしい」。そんな思いで、このQ&Aを書いたと言います。
もうひとつ、市町村の職員への思いも背景にありました。
2023年10月、秋田県内の店舗の作業小屋に、クマ3頭が入りました。親子のクマだったこともあり、捕獲されると秋田県と市町村には全国からの激しい批判が届きました。
北海道でもたびたび、クマが駆除されたとき、自治体やハンターに批判の電話が殺到しています。業務にも支障が出るほどの量になることもあり、課題となっています。
近藤さんは、市町村の職員が何回も同じ説明をしなくてはいけないことを気がかりに思っていました。
自治体の職員は通常、数年ごとに異動があり、まったく野生動物の知識がない人が担当になることも多くありますが、さまざまな角度からの問いかけに一つひとつ確実に回答しなくてはいけない状況は、精神的な負担も大きいと考えたといいます。
そこで、「市町村職員の皆さんが説明に困らないといいなと思って、参考になるようなページを県で作りたいと思った」といいます。実際に市町村職員からは「活用したい」「まとめてもらって助かる」という声も届いているそうです。
クマQ&Aの特徴①専門知識がなくてもわかりやすい
専門知識のない職員も、住民もわかりやすいようにと、イラストや写真がふんだんに使われています。
足跡については、見比べるための犬の足跡も含めて、イラストと写真計6枚で解説。
クマのフンは、食べたものが目に見える形で出て来ることが特徴なので、食べもの別に写真5枚と、タヌキのフンの写真1枚で解説しています。手厚い…。
近藤さんは、「足跡の通報が相次ぐものの、別の動物の痕跡のこともある。クマかもと思うと恐怖を感じると思いますが、見分け方を知っていれば、無駄にドキドキしなくていいかなと思って載せました」と話します。
クマQ&Aの特徴②クマは人を二分する…だからこそ、いろいろな立場に向き合う
Q&Aからは、「いろいろな立場の人に配慮して書いた」ことが伝わってきます。
解説文は、データに基づいて具体的に書かれています。
近藤さんは、「気持ちでも想像でもなく、データを出して根拠があることをしっかり説明したいと思いました」と話します。
それは、「クマはすごく人を二分する」からだといいます。
クマの駆除に反対する人も、もっと駆除すべきという人もいて、ときには強い言葉がぶつかり合います。
近藤さんは、「分断をあおりたくない。いろいろな立場の人に理解してもらえるように、いろいろな意見を取り入れるように心がけた」といいます。
たとえば、「もっと駆除すべきではないですか」という意見には、「捕獲も重要な対策のひとつ」とした上で
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クマの出没はクマの数「だけ」ではコントロールできません。出没要因を除去しない限り、いくら捕獲をしてもクマの出没は続きます。
捕獲「だけ」に頼る対策では、限界があります。出没要因の除去(農地への電気柵の設置、誘引物となる廃棄作物や生ゴミの適正処理など)と捕獲、両輪で対策を進める必要があります。一人ひとりがクマを集落に寄せ付けない、通わせないよう、対策に努めましょう。
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と答えています。
「麻酔をかけて山奥に放せないのか」という意見には、
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クマを奥山に放獣しても元の捕獲場所(人の生活圏付近)へ回帰してしまう例が報告されていること、放獣先の地権者や周辺住民の理解を得ることが社会的に困難であること、現在本県の生息状況は安定していると考えられること等に鑑み、秋田県第二種特定鳥獣管理計画(第5次ツキノワグマ)計画期間中は放獣しないこととしています。今後、個体数のモニタリングを行う中で必要に応じ放獣の実施を検討していきます。
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と、根拠を示しながら、県としての考えを説明しています。
ハンターの立場に配慮した回答もありました。
「ハンターが金儲けのためにクマを大量に駆除しているのではないですか」という質問に対しては、
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いわゆる「駆除」は、被害防止などの然るべき理由を元に、有害鳥獣捕獲として捕獲許可手続きを経て、市町村が実施しています。ハンター個々人の判断や希望で利益を得るために捕獲しているのではありません。
地域のくらしを守るため必要な捕獲です。ハンターの方々に対し、いわれのない批判はお控えください。
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とはっきりと強調しています。
近藤さんは、「誤解がないように丁寧に説明しようと思うと長くなりますが、あまり長いと読む気がなくなってしまうと思って、わかりやすさとちゃんとした説明を両立することに難しさを感じながら書きました」と話していました。
秋田県が示す、クマ対策への本気度
自治体職員には異動がありますが、野生動物の対策には、長い年月をかけた調査や、地元の住民との信頼関係の構築、専門知識に基づく判断が必要です。
秋田県では、初の「野生動物の専門知識を持つ職員」として2020年に近藤さんを採用したことに始まり、「ツキノワグマ被害対策支援センター」を作ったことで、クマ対策への本気度を示してきました。
センターの職員は10人ほど、うち専門職は近藤さん1人の体制でしたが、秋田県は国内で6番目に広い面積を持ちます。よりきめ細かい対応のためには、徐々に人を増やしていく必要があります。
そこで2024年度には、一気に2人の専門職員を新たに採用しました。今回の取材にも同席してくれましたが、1人は、「大学でクマについて学ぶ中で、必要だと考えていた自治体の動きを、近藤さんがどんどん実現していた。それを知ったこともあって、専門職に応募した」と話していました。
取材中、近藤さんと新人2人が和やかに話し合う雰囲気だったのも印象的でした。
近藤さんが「Q&Aのたたき台を作ったのは自分だけど、新人2人も含めてまわりにも穴がないかの確認など協力してもらった」と話すと、「穴なんてなかったですけどね!」とすぐにフォロー。
私が「いろいろな立場の人に配慮した回答」について質問していると、「ハンターの立場についても話したほうがいいのでは」と意見してくれ、近藤さんも「たしかに!」と話し出すなど、頼もしい一面も見えました。
近藤さんは県初の専門職員として、いろいろなメディアで取り上げられています。県が専門職員の重要性を認識し人を増やしたことや、実際に新入職員ともチームワークを築いている様子からも、活躍ぶりが伺えます。
しかし近藤さんは、自分は「サポートの立場でしかない」と話します。
「県にいる専門職員として、市町村のサポートが大きな使命だと思っています。現場で最前線に立つのは市町村職員のみなさん、その先に農家さんなど住民ひとり一人がいます。市町村には専門職員はいないし、異動もあるし、少ない人数であれもこれもやっていて、その中で一から自分で勉強するのは負担が大きい。県職員として、市町村が動きやすくなるように仕組みづくりなどから後方支援がしたいと思っています」
なぜ専門職員が必要なのか。都道府県の職員と、市町村の職員、それぞれに求められることは何か。
そのお話は、2月にあった、クマに関する大きな国の動きにも関連していました。
後編の記事でお伝えします。
【後編:クマ対策の「大きな前進」?法改正が進む今こそ必要な“自治体の体制” 秋田県から学ぶ、全国に通じる大切なこと】
Q&A全文は、秋田県のホームページ内「クマについてよくあるご意見・ご質問」からご確認いただけます。
連載「クマさん、ここまでよ」
暮らしを守る知恵のほか、かわいいクマグッズなど番外編も。連携するまとめサイト「クマここ」では、「クマに出会ったら?」「出会わないためには?」など、専門家監修の基本の知恵や、道内のクマのニュースなどをお伝えしています。
文:Sitakke編集部IKU
2025年3~4月上映の劇場版「クマと民主主義」で監督担当。2018年にHBCに入社し、報道部に配属されてからクマの取材を継続。2021年夏からSitakke編集部。
※掲載の内容は取材時(2025年2月)の情報に基づきます。