「生き続ける震災遺構」 坂口奈央氏(岩手大准教授)が出版 釜石でトークイベント
釜石市大町の桑畑書店で14日、「生き続ける震災遺構―三陸の人びとの生活史より」(ナカニシヤ出版)を著した岩手大学准教授の坂口奈央さん(50)のトークイベントが開かれた。元民放アナウンサー兼記者として東日本大震災を取材し、その後に災害社会学者に転身した坂口さん。研究者として調査を続け、そこに住まう人々の思いを見つめ考察した一冊を手に、「三陸の方たちへの感謝を込めた。今だから向き合えることもあると思うので、大切な人を思い浮かべながら懐かしんだり、いろいろな思いをはせてもらえたら」と願った。
著書「生き続ける震災遺構」(3月11日発刊、税抜き3600円)は▽「いま、ここ」を動的に捉える▽「震災遺構」めぐる動き▽船―漁業に翻弄された生活と生産▽公的機関を遺す難しさ▽「おらほの遺構」―回復する自然地物▽震災遺構論の新たな地平を拓く-の6章構成。大槌町赤浜や、大船渡市越喜来、宮城県気仙沼市鹿折地区などを取り上げ、遺構を通して「その土地で生きる意味」を見いだそうとする人々の姿を浮き彫りにする。
イベントは、坂口さんの取材活動などに協力する大槌町・安渡町内会長の佐々木慶一さん(63)との対談形式で行い、ライターとして活動する釜石在住の手塚さや香さん(46)が進行。書籍の表紙に掲載された写真などを提供した釜石在住の写真家小澤はなさん(72)=活動名・hana=も加わり、著書で多く取り上げる大槌町の住民とのエピソードなどを話題にした。
震災の津波で被災した建物などの「遺構」をめぐり、被災地では保存か解体かで葛藤。大槌町でも、民宿の上に乗り上げた釜石の観光船「はまゆり」や、当時の町長を含む職員ら多数が犠牲になった旧役場庁舎をめぐって町が二分された。アナウンサー時代にさまざまな思いに触れたことをきっかけに坂口さんは「震災復興とは…。防災や減災には限りがある。災害にどう対処し、悩み苦しみながらも新たに生き直すのが復興ではないか」と自問自答。「災害復興学を確立したい」と一念発起し、研究者として道を進む。
「たとえ隣り合った地域でも考え方は違う。歴史的な背景、なりわい、生活、地域を運営するリーダーによっても捉え方は変わる」と坂口さん。大槌町では防潮堤の高さをめぐっても住民たちの思いは揺れた。佐々木さんが暮らす安渡地区は水産業の拠点が集積し、防潮堤は高さ14.5メートルで整備。震災前は6.4メートルだったことから倍以上の高さとなった。一方で隣り合う赤浜地区は、震災前と同じという選択をした。著書でも記した地域性をあらためて佐々木さんとひもといた。
坂口さんの視点について、「今までにない切り口で遺構を反映させている」と表した佐々木さん。見る人や角度、考える時間によっても変化しうるため結論を出すのが難しかった問題を「過去を含めその土地に生きる人、その生き方や経験、気持ちのあり方という目で見ているのが新鮮」だったという。
「船がかわいそう」「恥の場」…そう住民が捉えた船や庁舎は残らなかったが、安渡地区には旧防潮堤が一部残った。「震災の出来事を伝える遺構なのかもしれない」と佐々木さん。「ダイレクトに教訓を与えるものだけでなく、震災を考えるきっかけ、忘れない1つのツールになりうるのが遺構だ」と、新たな「価値」を見いだしていた。
坂口さんはそうした被災地の声を丁寧にじっくりと聞きながら、本という形にまとめた。「この14年、いろいろな思いを紡がせてもらった。100人以上の方に人生を語ってもらい、生活者の視点にこだわって書いた。あの時を振り返り、新たな人生や思いが生まれる今だからこそ、誰かの背中を押すことができる一冊になればいいな」と望んだ。
耳を傾けた大渡町の竹中伸明さん(37)は「地域や暮らす人の背景を知ったうえで、色濃く伝えられている」と感想。自信も「伝える」活動を始めていて、「たくさんの人の話を聞いて、いろんなことに込められた思いを発信していきたい」と刺激を受けていた。
イベントに関連し桑畑書店では、hanaさんの震災写真展を6月いっぱい開催中。被災直後の大槌、釜石のまちを写した記録が15点ほど並ぶ。