港町・新潟県直江津『瀬里奈』の昼飲みで“幻の魚”の味わいに酔う
新潟県直江津の朝市へやってきた。直江津……電車1本で富山や金沢に行けることは知っているが、我ながらまったく想像もつかない土地だ。激安の野菜や果物、衣類なんかも並ぶが、大雨の影響か、残念ながらあまり店が出ていなかった。それでも、日本海から吹き付ける冷たい風に交じって、温かい湯気とどら焼きの甘い香りが心地よい。
そのまま日本海へとやってきて、ふと思う。故郷・秋田以外の日本海って見たことあったかな……? お隣の山形の酒田あたりで見たことがあったような……あれは夢か幻か。
それよりも、今は目の前に広がる日本海の荒波に缶酎ハイで乾杯して、さあ、直江津の街へ繰り出そう。
今回の新潟の旅で、印象に残ったひとつの光景がある。街の中心に八坂神社があるのだが、鳥居をくぐったその参道に……。
なんと、スナックやクラブが並んでいる! 神社の参道に夜のお店が……嘘みたいな光景だ。こんな参道、見たことがない。
出店ならおなじみの風景だが、なんと寛大な神様なのだろうか。ぜひとも次は夜に訪れてみたい。
電車の時間までしばらく時間があるので、食堂なんかで一発入れておきたいところ。雁木通りをのんびり歩いて店を探していると……むむっ!
灯台下暗し、先ほどの八坂神社の参道入り口にあったのが『瀬里奈』だ。それこそスナックみたいな名前だが、店先のショーケースやシブい暖簾を見るからに、ふつうの酒場というよりは大衆割烹と言っていいだろう。
私の最も好きな組み合わせ「大衆割烹×昼飲み」。店は開いてるが、問題は「酒を気軽に飲(や)れるか」である。ランチ定食だけササっと食べて店を出るような雰囲気の大衆割烹は、今はお呼びでない。
果たして、こちらの店は……。
「いらっしゃいませ~」
広いっ! ざっと二十畳ほどの奥へと長い店内は、半分は座敷、もう半分はカウンターの大箱。民芸風の照明に和食屋独特の甘じょっぱい香り。そしてこの落ち着いた雰囲気は、大衆割烹と断定していいだろう。
客は私以外に常連であろうマダム客のひとりだけ。静かでちょうどいい、昼飲みのロケーションも完璧である。座敷の一番奥にあるテーブルの座布団に胡坐をかき、まずは酒を。「お酒、飲んでいいですか?」の問いに、女将さんの快諾了承をいただく。
ああ、よかった……こちらはしっかりと飲(や)れるお店でひと安心。なんの遠慮もせずに、瓶ビールを1本お願いした。
「時間ヨシ、瓶ビールの温度ヨシ」
素早くやってきた酒の「指さし確認」を終え、いざ、昼飲みのはじまりだ。
ぐびんっ……ぐびんっ……ぐびんっ……、はぁぁぁぁうんまぁい。ありがとう、直江津。よそ者の飲ん兵衛を迎え入れてくれて、ありがとう。のどの環境が整ったところで、料理を迎え入れる準備も整った。
まずやってきたのは煮込みだ。モツ、豆腐、コンニャクのシンプル白味噌仕立ての見た目だが……これが、なんとも強い豚骨の香り! 稀に北国へ行くと、このタイプの煮込みが出てくることがある。
香りは強いが、このタイプの煮込みで私は失敗したことはない。こちらはショウガとニンニクがかなり効いてるので、食べると豚骨の香りがすっきりと消えてコクがあってうまい。好みは分かれると思うが、私はこのタイプの煮込みが好きだ。煮込みもラーメンみたいに醤油・味噌・塩、そして豚骨がメジャーになればいいと思う。
「食堂」や「お食事処」と暖簾にある店でいただく、昼の「刺し身の盛り合わせ」ほど気分が上がるものはない。タイ、マグロ、甘エビ、しめ鯖、イカ……絵具パレット型の分厚い皿に、ピカピカの刺し身たちがお行儀よく並んでいる。
きめ細かい舌触りのタイと、トロリとした味わいのマグロ。新潟名物の甘エビの甘み、締まりのいいしめ鯖とネットリとした旨味のイカ。それこそ、絵の具のようにさまざまな色と味をこの一皿で楽しませてくれる。
店内のBGMはテレビの音声で、そこには名作『プリティ・ウーマン』が映っている。昼下がりの大衆割烹に、リチャード・ギアとジュリア・ロバーツの甘い声がなんだか心地よい。
メニューを見た時から気になっていた幻魚(げんげ)がやってきた。かつては、網にかかっても浜に捨てられるような雑魚の中でも「下の下」の魚だったが、近年は滅多に出合うことのできない“幻の魚”ということで幻魚と呼ばれるようになった、という曰くつきの魚。
それを一夜干しにして、炙ったものが3匹。なかなか、迫力のある顔立ちだが……。
う・ま・い! うまいのは間違いないのだが、どう表現すればいいのか……なんともいえない独特な風味。あえて言うならアーモンドの味に近い。魚なのに、どことなく香ばしい風味がある不思議なおいしさ。そしてアーモンドならば、付け添えのマヨネーズとも非常に合うのだ。
「今日のはフレーバーコーヒーなので、ちょっと変わってるのよ」
「あら、おいしそう」
定食を食べ終わった常連マダムに、食後のコーヒーを差し出す女将さん。夜は活気に満ちているのだろう、どこかその余韻を味わいつつ、この昼間のマッタリとした空気が最高としかいいようがない。
私もたまには、酒ではなくコーヒーなんてもの……いや、飲ん兵衛の「下の下(げのげ)」である私は、やはり酒がお似合いだ。そして、直江津という未知の街にいる不思議……酒場やレトロ建築めぐりが好きにならなかったら、まず訪れることはなかっただろう。
どうか、日本海も、神社の参道にスナックも、幻魚のおいしさも、すべてが“幻”でありませんように……と、瓶ビールを“リアル”にもう1本ください、とお願いする。
瀬里奈(せりな)
住所: 新潟県上越市中央1-5-8
TEL: 025-543-2878
営業時間: 11:30~14:00・17:30~22:00
定休日: 不定
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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)
酒場ナビ
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