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『古代中国』妃が入浴する際、付き添う宦官はなぜ怯えていたのか?

草の実堂

画像 : イメージ 草の実堂作成

古代中国の宮廷で、宦官(かんがん)は特異な存在であった。

彼らは去勢を施されることで後宮における「安全な存在」とされ、妃や側室の身の回りの世話を任されていた。

画像 : 唐時代の宦官たち 陝西省千陵、706年、張懐王子の墓からの壁画 public domain

『後漢書』宦者列伝には以下の記述がある。

「寺人掌王宮之內人及女宮之戒命」

意訳 :寺人は王宮内の女性たちおよび女宮(後宮)の規律や指示を管理する

「寺人」とは、後宮(皇后や妃の住む宮殿)を管理する宦官の役職である。
宦官は単なる使用人ではなく、後宮全体の秩序を守る重要な存在であった。

その中でも、妃の入浴に付き添う役割は特に緊張を強いられるものであった。些細な失敗が妃の不興を買い、厳罰に処される危険があったからである。

宦官が妃の入浴を支える際に恐れていたのは、ただ規律や罰則だけではない。

後宮は権力闘争の場でもあり、一つの小さな行動が誤解を招き、常に自身の地位を危うくする可能性があった。

宦官は時には国家の中枢にまで影響力を及ぼす存在であったが、多くの宦官は日々の緊張感の中で命じられた仕事を遂行していたのである。

入浴の文化的意義

中国の伝統文化において、入浴は身体を清潔に保つだけでなく、精神的な清浄さを象徴する行為でもあった。

画像 : 孔子 public domain

『論語』「憲問」には、「孔子沐浴して朝(まい)る」と記され、身体を清めて礼儀正しく行動することが儒教の教えとして重視されていた。この価値観は宮廷文化にも影響を与え、妃の入浴もまた清潔さや健康を保つための重要な行為とされていた。

妃たちは階級に応じて木製や錫製の浴槽を使用し、香料や薬草を加えた湯で身体を清めた。
麝香や沈香、薬草などの香料は、健康や美しさを保つために用いられた。

例えば唐代には「浴蘭節」という伝統行事があり、薬草を湯に入れて健康や美容を保つ風習が広まっていた。

また、伝承ではあるが清朝の乾隆帝が寵愛した香妃(こうひ)は、特に入浴を愛したと伝えられる。彼女のために乾隆帝が専用の浴室を建設し、香料を豊富に使用した入浴が行われたという逸話がある。

これらの準備を担当したのが宦官であり、湯の温度管理や香料の調合は慎重を極める作業であった。

入浴準備

画像 : イメージ 草の実堂作成

妃の入浴準備は、宦官たちにとって最初の重要な任務であった。

湯を準備するためには、大きな水桶に熱湯を運ぶ必要があり、これが日々の重労働となった。冬場の寒さや夏場の蒸し暑さの中で、この業務は特に厳しいものだった。

また、妃の好みに合わせて湯の温度を一定に保つことが求められ、湯が冷めないように頻繁に熱湯を注ぎ足す作業も宦官の役割であった。

香料の調合も、宦官が担当する重要な業務の一つである。
妃たちは香りに非常に敏感であり、麝香、沈香、さらには薬草を用いた湯を好んだ。

これらの香料や薬草は高価であり、調合には細心の注意が必要だった。香料の選定や配分を誤ると、妃の機嫌を損ねる可能性があり、厳しい叱責や罰を受けるリスクを伴った。

入浴中の仕事

入浴中、宦官たちは決して妃の視界に入らず、目を合わせることなく、膝をついて命令に従わなければならなかった。

この無言の奉仕の中で、妃の機嫌や反応を常に気にしながら、仕事を進める必要があった。特に高位の妃ほど、その要求は高く、わずかな失敗が命取りになりかねなかった。

妃の背中を拭う「搓背」や、特定の方法でのマッサージが求められる場合もあった。これらの作業には繊細な技術が必要であり、妃の期待に応えられなければ即座に罰則が科されることもあった。

特にマッサージは、妃がリラックスするための重要な工程であり、力加減や手法に対する要求が細かかった。
宦官たちは過去の経験や妃の好みを記憶し、繰り返しの練習を通じて技術を磨いた。

また、作業中に妃の体に視線を向けたり、声を立てたりすることは厳しく禁じられており、宦官たちは極度の緊張状態に置かれていた。特に唐や清の時代には、こうした規則が厳格だったとされる。

入浴後の仕事

画像 : イメージ 草の実堂

入浴後も、宦官の任務は終わることなく続いた。

妃が浴室から出た後、最初に宦官が行うのは衣服の着付けである。浴後の妃は新しい衣服に着替えることが求められ、その際、衣服の選定や着付けの仕方も慎重に行う必要があった。衣服にしわがないか、布地がきれいに整っているかを確認し、妃が着心地よく過ごせるように配慮することが求められた。

特に高位の妃においては、衣服の選定がその日の気分や儀式の目的に影響を与えるため、宦官たちは妃の好みや宮廷の慣習を十分に理解し、適切な衣装を選ぶ必要があった。着付けをしながら衣服を引き伸ばして調整し、完璧な状態に仕上げるのだ。

衣服を整えた後、次に行うべきは髪の手入れである。髪を乾かし、整え、場合によっては香油を塗布することが必要だった。香油は、妃の肌に優しく、彼女の気に入った香りを慎重に選んだ。

暖かい飲み物を用意することも、宦官たちの重要な仕事の一つである。例えば、甘いお茶や薬草を使った温かい飲み物は、入浴後に妃が体を温め、リラックスするために効果的であった。

このように、宦官の仕事は単なる物理的な労働だけでなく、常に緊張感を伴うものであり、仕事の一つ一つが、彼らの地位や命運を左右していたのである。

おわりに

宦官たちの生活は、常に恐怖と緊張が付きまとっていた。

宦官制度は封建社会に深く根付いており、その過酷さは多くの宦官たちの人生に影を落としただろう。彼らの奉仕の裏にあった苦しみと困難は、歴史を振り返る際に忘れてはならない一面である。

参考 : 『後漢書』『清史稿』他
文 / 草の実堂編集部

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