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映画『夏の砂の上』レビュー|オダギリジョー主演、長崎ロケが映し出す心に沁みる再生物語

SASARU

雨の降らない夏の長崎で描かれる、喪失と希望。映画『夏の砂の上』が私たちの胸に静かに語りかけるものとは──。

松田正隆の名作戯曲「夏の砂の上」が、映画監督・玉田真也の手によって新たな命を吹き込まれました。主演のオダギリジョーは共同プロデューサーも務め、撮影前から監督と綿密に対話を重ねたといいます。物語の舞台となるのは、一滴の雨も降らない真夏の長崎。全編がオール長崎ロケで撮影され、坂道や静かな街並みが、登場人物の内面をまるで鏡のように映し出しています。

本作では劇的な出来事は起こりません。ただ、乾いた心の奥に、じわじわと沁み入ってくる何かがある。今回はそんな『夏の砂の上』の静謐な魅力を、丁寧に紐解いていきます。

(text|早川真澄)

オダギリジョー×高石あかりが魅せる孤独と傷|『夏の砂の上』登場人物の深層に迫る

(C)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

オダギリジョーが演じる時間が止まったの男、小浦治という存在

幼い息子を亡くした小浦治は、まるで時間が止まったかのように日々を漂っています。かつて勤めていた造船所は閉鎖され、新たな職も見つけられず、妻・恵子(松たか子)とは別居中。特に長崎の住宅街にある階段をゆっくりと上る治の足取りは、喪失感と孤独を強く感じさせます。まるで心が乾いているかのようなその姿は、観る者の胸に静かに刺さります。

高石あかり演じる優子の不安定な青春と、癒えぬ傷跡

妹・阿佐子(満島ひかり)が17歳の姪・優子を治のもとに預けます。父親の愛を知らずに育った優子は高校に通わずアルバイトを始め、そこで出会った立山(高橋文哉)と少しずつ距離を縮めます。けれど優子は心に深い影を抱えていました。ふたりの間にはぎこちなさが漂い、優子は関係を深める術を見いだせず、長く続くとは思えない距離感を保っていました。

松たか子が体現する「再生できない痛み」──家族の形が問い直される

(C)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

治の妻・恵子は、夫との悲しみを共有しながらも再出発することができず、内に秘めた静かな怒りと諦めの気持ちを抱えています。松たか子は、その複雑な感情を繊細に表現し、怒りだけでなく諦めや逃避願望、そして未来への不安までも伝えているのが印象的。恵子は治との現実から逃れたい思いが強いものの、逃げた先に待つのは決して明快な新しいスタートではなく、むしろ不透明で曖昧な孤独が待ち受けていることを感じさせます。満島ひかり、森山直太朗、高橋文哉ら豪華キャストが織りなす多層的な人間模様が、物語に深い厚みと重層的な陰影をもたらしています。

映画『夏の砂の上』が描く「静かな希望」とは

(C)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

『夏の砂の上』は、喪失や虚無感に満ちた人生のなかで、心の奥底にじわじわと育まれるささやかな希望の芽を丁寧に描き出します。劇的な事件や派手な展開はありません。代わりにあるのは、じわじわと沁みてくる感情の変化と、登場人物たちが踏み出すごく小さな一歩。

乾いた大地にぽつりと落ちる一滴の雨のように、『夏の砂の上』は、観る者の心に静かに染みわたります。日常のわずかな変化や関係性のずれの中にこそ、再生の芽は潜んでいるのだということを、この映画は教えてくれるのです。

長崎という“風景の記憶”──映像と演出の力

(C)2025映画『夏の砂の上』製作委員会

この夏、長崎を舞台に描かれる『夏の砂の上』は、心の乾きを抱えるすべての人に寄り添う物語です。長崎特有の坂道や住宅街が豊かな陰影を生み、登場人物の心情を映し出します。監督・玉田真也の長回し演出が日常の時間を丁寧に捉え、静かな緊張感とリアリティを与えています。

長崎らしい街並みと繊細な演出が物語の静謐なトーンを際立たせ、心に深く染み入る作品です。観終わった後も、登場人物の心の叫びや小さな希望が長く心に残り、日常の尊さや人との繋がりを考えさせられます。

オダギリジョーらの熱演と玉田監督の丁寧な演出が、深い感動を届けてくれることでしょう。喪失と再生の狭間で揺れる人々の姿に、あなたの心も静かに震えるはずです。ぜひ、この夏、劇場で心の乾きを潤してください。

【作品概要】
■公開日:7月4日(金)
■キャスト
オダギリジョー
高石あかり 松たか子
森山直太朗 高橋文哉 篠原ゆき子 /満島ひかり
斉藤陽一郎 浅井浩介 花瀬琴音
光石研
(※高石あかりさんの「高」は正式には「ハシゴの高」)
■監督・脚本:玉田真也
■原作:松田正隆(戯曲『夏の砂の上』)
■音楽:原 摩利彦
■公式サイト:https://natsunosunanoue-movie.asmik-ace.co.jp/

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