高橋ユキヒロ「音楽殺人」世界一多彩なドラマーが思いっきり遊んでみたアルバム!
リ・リ・リリッスン・エイティーズ ~80年代を聴き返す~ Vol.5
高橋ユキヒロ「音楽殺人」
高橋幸宏は世界一多彩なドラマー、22枚のソロアルバムはギネス級?
ドラマーというものは基本 “ウラカタ” であります。音楽の、リズム部門のみを担当しますので、音階や和声、つまり音楽理論を知らなくてもできるし、たぶん知らない人も多いと思う。だから歳を重ねても他の楽器のプレイヤーのようにアレンジや作曲の方面には向かわず、優秀な人でも死ぬまでドラマーというパターンがほとんどです。
だけどこの人は違う。サディスティック・ミカ・バンド、YMOと、歴史的バンドを2つも支えつつ、幾多のセッションへの参加と、ドラマーとしての仕事を十分すぎるくらいこなしながら、1978年には早くもソロアルバム制作、それ以降コンスタントになんと22枚ものアルバムをリリース。
さらに人への楽曲提供、プロデュース、映画音楽、おまけにレーベルを運営したり、ファッションブランドを立ち上げたりも。こんなに多彩なドラマー、他に知らない。特にドラマーにして22枚のソロアルバムというのはギネス級じゃないですか?… そう、高橋幸宏です。
細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏… とめどない創作エネルギー
ソロデビューアルバム『サラヴァ!』は1978年6月21日リリース。YMOのファーストアルバム は同年11月25日。坂本龍一のデビューアルバム『千のナイフ』は同年10月25日。さらに細野晴臣は4枚目のアルバム『はらいそ』を同年4月25日、これに続く『コチンの月』を9月21日にリリース。
なんとこの3人だけでこの年、アルバムを5枚も生み出しているのです。しかもそのうち3枚はデビューアルバム、細野の『はらいそ』も名盤とされる作品です。この創作エネルギー、とんでもないですね(おっと、ユキヒロ氏が在籍していたサディスティックスのセカンドアルバム『WE ARE JUST TAKING OFF』も同年8月25日リリースだった…)。
そして、『サラヴァ!』については坂本龍一が全面的にアレンジで協力していますが、このアレンジがすばらしい。今でも聴き入ってしまうほど完成度が高いと思います。対してユキヒロ氏は発展途上と言うか、歌唱は細野さんにすごく似ている。お手本にしたんだと思います。なぜお手本が細野さんだったのかは分かりませんけど。それにフレンチのカバーとかがメインなので、特に最近の細野さん、『HoSoNoVa』とか『Heavenly Music』の雰囲気に近い。
決してヘタというわけではありませんが、2018年になって、ボーカルを入れ替え、『Saravah Saravah!』として再リリースしたのは、自分のスタイルで歌い直したかったんでしょうね。
デビュー作「サラヴァ!」とは全く違う「音楽殺人」
さて、本題の『音楽殺人』。『サラヴァ!』とは全く方向性が違うのですが、まだ発展途上という感じがします。この在籍していたサディスティックスのセカンドアルバムのvol.2『知る人ぞ知る “ニュー・ミュージック” 愛すべきトニー・マンスフィールドの世界』でご紹介したNew Musikを彷彿とさせるような曲や、ばっちりニューロマンティック!な曲があったり、その頃ユキヒロ氏が大いに刺激を受けたと思われる音楽がちりばめられています。
『サラヴァ!』から聴いてくると、あんた、一体何がしたいの?と言いたくなるかもしれませんが、社会現象になるくらいヒットしたYMOの一員として、好きなことをできる経済的余裕ができた反面ストレスも大きい、そんな中で思い切り “遊んでみた” 作品なのではないでしょうか?
歌はだいぶユキヒロ節になってきていますが、全部英語。やはりユキヒロ節が輝くのは日本語詞においてではないかと、私は思っています。アレンジは本人となっていますが、クレジットの文字の大きさを見ると、まだサカモト教授に頼るところは大きかったのでは?
実は次のアルバム『NEUROMANTIC』で、突如 “高橋幸宏の世界” が確立します。たった1年後、YMOの活動も超多忙だったと思うのに、サウンドもその後の高橋幸宏に一貫するテイストを備え、歌詞はまだすべて英語ですが、歌唱は着実にステップアップしています。そして大好きなNew Musikのトニー・マンスフィールドに今度は実際、参加してもらっています。
坂本龍一の名盤「音楽図鑑」のタイトルの元?
簡単に言うと、『サラヴァ!』は背伸びした憧れの世界、この『音楽殺人』では今好きなものを素直に形にしたということで、対照的な2作での試行錯誤により、ドラマーの高橋幸宏はアーティストに進化していったんじゃないでしょうか。
そう考えると、このアルバムは錬金術の鉛を煮る鍋のようなもの。錬金術師は金を作ることはできませんでしたが、ユキヒロ氏は見事 “自分の音楽” の抽出に成功したわけです。「音楽殺人」というタイトルも、“殺人” という物騒な言葉を私は好きじゃありませんが、鍋の中の鉛の一片かも。数年後、坂本龍一はこれを溶かして「音楽図鑑」という素晴らしいタイトルに錬金したのかもしれませんね。
※2020年7月4日、2021年11月24日に掲載された記事をアップデート