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北欧の神秘 ― ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画

アイエム[インターネットミュージアム]

ノルウェー、スウェーデン、フィンランド。これらの北欧3カ国は、ヨーロッパ大陸と地続きでありながらも、北方の気候風土のもとで独特の文化を育み、美術においてもさまざまな特徴があらわれています。

北欧3カ国の絵画にフォーカスした日本で初めての本格的な展覧会が、SOMPO美術館で開催中です。


SOMPO美術館「北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」会場入口


展覧会は序章「神秘の源泉 北欧美術の形成」から。それまで北欧の画家たちは大陸諸国の芸術動向に追従していましたが、19世紀に入るとナショナリズムの高まりを受け、北欧の自然や神話、民間伝承などがテーマに組み込まれていきました。

霧のように妖精が舞う《踊る妖精たち》は、スウェーデンのアウグスト・マルムストゥルムの代表作です。スウェーデン国王が購入し、ストックホルムで開かれた美術・産業展覧会にも出品されました。


アウグスト・マルムストゥルム《踊る妖精たち》1866年 スウェーデン国立美術館


フィンランドの文化に詳しい人は『カレワラ』のことをご存じかもしれません。フィンランドの医師、エリアス・ロンルートが自ら採集した民間伝承を編集した叙事詩です。1835年に初版が刊行され、多くの芸術家が『カレワラ』から着想を得た作品を残しています。

その『カレワラ』に登場する大気の乙女が、イルマタル。原初の海に降りたイルマタルが波風と交わったことで、世界の創造がはじまったとされています。


(右手前)ロベルト・ヴィルヘルム・エークマン《イルマタル》1860年 フィンランド国立アテネウム美術館


1章は「自然の力」。工業化と都市化に反発するように19世紀末にヨーロッパで象徴主義が台頭すると、北欧の芸術家たちも同調。自然を題材にした作品を生み出していきます。

スウェーデンのブルーノ・リリエフォッシュは王立美術アカデミーで学び、イタリアやパリでも研鑽。鋭い観察眼で自然環境と野生動物を捉えた作品で知られます。

《密猟者》は、キツツキの鳴き声に耳を澄ます猟師を描いた作品です。リリエフォッシュは、当時浸透していた写真も、制作の補助に使っています。


(左から)ハルフダン・エゲーディウス《夏、テーレマルクのボー》1896年 ノルウェー国立美術館 / ブルーノ・リリエフォッシュ《密猟者》1894年 スウェーデン国立美術館 / ブルーノ・リリエフォッシュ《ワシミミズク》1905年 スウェーデン国立美術館


フィンランドは「千の湖の国」と呼ばれるように、国の歴史や民俗伝承に水が深く関わっています。

ペッカ・ハロネンは21歳で美術の道へ。パリやフィレンツェで学び、後年は主に自国の自然をモチーフに、柔らかな光に包まれた風景画を数多く制作しました。


ペッカ・ハロネン《河岸》1897年 フィンランド国立アテネウム美術館


北欧3カ国の中で最も知名度が高いのは、やはりノルウェーのエドヴァルド・ムンクでしょう。本展には2点のムンク作品が出展されています。

医師の息子に生まれたムンクは、王立美術デザイン学校で学び、パリではファン=ゴッホやロートレックらの作品から刺激を受けました。

《フィヨルドの夜》は、屋外で主題を前にして制作することが多かったムンクの代表的な作例です。


エドヴァルド・ムンク《フィヨルドの夜》1915年 ノルウェー美術館


2章は「魔力の宿る森 北欧美術における英雄と妖精」。19世紀末になると、北欧の芸術家たちは自らの文化遺産を作品に取り入れていきます。特に森はイマジネーションをかき立てる場所で、神話やおとぎ話の舞台として描かれてきました。

1841年にノルウェーの動物学者ペーテル・クリステン・アスビョーンセンは『ノルウェー民話集』を刊行。少年アスケラッドや山に住むトロルがたびたび登場し、テオドール・キッテルセンほか、多くの芸術家の着想源になりました。


(左から)テオドール・キッテルセン《アスケラッドと黄金の鳥》1900年 ノルウェー国立美術館 / テオドール・キッテルセン《トロルのシラミ取りをする姫》1900年 ノルウェー国立美術館


ノルウェーのガーラル・ムンテは装飾美術で知られ、同国では第一人者とされています。神話や民話を題材に水彩画を描き、そのデザインをタピストリーに応用することもありました。

展示されている連作は、美術コレクターから依頼を受けて10点の絵画として描いたもの。10点すべてをつなげると、帯状の壁画のようになります。


(上段左から)ガーラル・ムンテ《山の門の前に立つオースムン》1902-1904年 ノルウェー国立美術館 / ガーラル・ムンテ《一の間》1902-1904年 ノルウェー国立美術館 / (下段左から)ガーラル・ムンテ《五の間》1902-1904年 ノルウェー国立美術館 / ガーラル・ムンテ《帰還するオースムンと姫》1902-1904年 ノルウェー国立美術館


3章は「都市 現実世界を描く」。19世紀の北欧で都市開発が進むと、レアリスムや印象主義の流れは、北欧美術にも影響を与えました。これらの美術動向に感化された画家たちにとって、都市の人々や風景は格好の絵画主題になりました。

エウシェン王子は、スウェーデン王オスカル2世の末子。21歳で画家になる決意を固め、パリに遊学。スウェーデン中部の田舎を題材にロマン主義的な風景画を制作したほか、同時代の芸術家を経済的にも支援しました。


(左から)エウシェン王子《工場、ヴァルデマッシュウッデからサルトシュークヴァーン製粉工場の眺め》スウェーデン国立美術館 / エウシェン王子《初冬の朝》1906あるいは1907年 スウェーデン国立美術館


アウグスト・ストリンドバリは、本職は小説家、劇作家です。当時のスウェーデン文学界では中心的な存在で、正式な美術教育は受けていませんが、独自のスタイルの見事な作品を残しています。

ストリンドバリは海の風景を好んで描き、《街》もそのひとつ。雲で覆われた空と、漆黒の海の間に、遠方に街並みが描かれています。抽象画のような表現と、縦画面での構成力が光ります。


アウグスト・ストリンドバリ《街》1903年 スウェーデン国立美術館


展覧会にはノルウェー国立美術館、スウェーデン国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館が全面的に協力。各館の貴重なコレクションから選ばれた約70点の作品は、日本ではほとんど知られていない作家も多いので、新鮮な発見がありそうです。一部の作品は撮影も可能です。

展覧会はSOMPO美術館から始まる全国巡回展。東京展の後の会場と会期は、こちらをご覧ください。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年3月22日 ]

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