公民連携のパイオニア「オガール」を起点に広がる、紫波町のリノベーションまちづくりの今
紫波町の「日本一高い雪捨て場」から始まった、町の再構築
岩手県の中央部、盛岡市から電車でおよそ30分。人口3万人あまりの紫波町(しわちょう)が、全国から注目を集める町となったきっかけは、2007年に始まった「オガールプロジェクト」だ。
その舞台は、紫波中央駅前に広がっていたかつて“日本一高い雪捨て場”と揶揄された荒れ地。紫波町はこの土地を28.5億円で取得し、「紫波中央駅前都市整備事業」として、未来の町の核となる複合施設の構想を打ち出した。
最大の特徴は「民間主導型の公民連携」──いわゆるPPP(Public Private Partnership)の先駆けとして、行政が土地を確保しつつ、民間が資金調達と事業運営を担う形を採用した点にある。民間事業者と自治体が対等なパートナーとして議論し、町の未来をともに描いていったのだ。
このプロジェクトで生まれたのが、分譲住宅地「オガールタウン」、宿泊機能も持つ「オガールベース」、エネルギーセンター、医療施設、保育園、図書館など、暮らしに必要な機能がコンパクトに集約された“暮らしの核”となる空間である。
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地域内外から高い評価を得たオガールプロジェクト。その後は、紫波町はどのような発展をしているのだろうか?
今回は、リノベリング主催のツアーにて、紫波町役場地域づくり課 公民連携係 係長の高橋竜介さんに、オガール、そして紫波町の「現在」を案内してもらった。
「つかう」ことが風景を変える──オガールの今
2015年の段階で視察件数は累計600件を超えていたが、10年後の現在ではその数も2,000件とさらに伸び、まさに“まちづくりの教科書”として、多くの自治体関係者やまちづくりプレイヤーがその後を見守り続けている。
「オガール保育園」や「オガールセンター」が加わり、複合的なまちの機能はさらに進化。オガール広場では、役場職員が昼休みにキャッチボールを楽しみ、保育園の子どもたちが元気に遊び回る。そこにあるのは、公共空間が“日常”として使われる風景だ。
「紫波町図書館」の存在は大きく、単なる貸出機能にとどまらず、住民の居場所となり、地域の知が交差するハブとして機能している。2016年には「Library of the Year」を受賞した。
また、バレーボール専用体育館「オガールアリーナ」は、地元のスクールやクラブ活動はもちろん、国内外の代表チームの合宿先としても利用され、町の名を世界に知らしめる存在となった。
数字も成果を物語る。交流人口は年間104万人を突破し、雇用は250人を創出。地価は12年連続で上昇し、オープンから13年で周辺の定住人口が620人も増えた。いまやオガールは「視察されるまち」から、「住まうことが誇りとなるまち」へと進化しつつある。
リノベーションまちづくりが広がる日詰商店街
紫波町の取り組みは、周辺地域にも広がりを見せている。2015年度からは、既存の建物を活かした「リノベーションまちづくり」にも力が入れられている。舞台は、オガール地区から歩いて15分ほどのところにある日詰商店街だ。
このエリアには、半径500m以内に50軒以上の空き物件があるという。紫波町は2015年以降に株式会社リノベリングと連携し、リノベーションスクールや起業塾を開催。町民や町外の若者に対して「空き物件を使った小さなビジネスの立ち上げ」を促し、8件の空き物件でリノベーションが行われた。
例えば「YOKOSAWA CAMPUS」は、大学生の頃に紫波町の地域おこし協力隊インターンで訪れた南條亜依さんが、学生時代に起業しオープンしたカフェ兼コワーキングスペース。町外から若者がわざわざ訪れる場所として、にぎわいを生んでいる。可愛らしい店内では、こだわりのドリンクやお菓子を楽しむことができる。
ツアーの際にちょうどオープンしたばかりだったのが日詰平井邸のカフェ。日詰平井邸は1921年に建てられ、100年以上の歴史を持つ近代和風建築。2016年には国の重要文化財に指定されている。立派なお屋敷のなかではカフェ利用だけでなく、クラフトサケの醸造・販売がされていたり、フォトウェディングなどの写真撮影の利用もできる。と思えば、建物内には本棚やピアノも置いてあり、居間のような使い方もできそうだ。
旧行政施設の活用も進む。紫波町役場の旧庁舎をリノベーションしてつくられた「ひづめゆ」は、2022年の7月にオープン。「まちをかませ!紫波をわかせ!」をコンセプトに、コンビニエンスストア、温浴・サウナ、ハードサイダー醸造所、レストランなどを併設。多世代交流やにぎわい創出を目指している。
また、これから活用される予定なのが、旧紫波郡役所。「にわとり堂」として、オープンオフィスや交流スペースを備え、地域の交流を生み出す場としての役割が想定されている。場所はひづめゆに隣接していて、利用者がひづめゆで入浴して帰るという導線も生まれそうだ。岩手県指定文化財でもあるという旧紫波郡役所。だからこそ、保存とリノベーションの塩梅には悩ましい部分もあるようだった。「にわとり堂」という可愛らしいネーミングセンスがぴったりな、歴史を感じさせる白い躯体に赤い屋根。今後どのように変身を遂げるのか、期待したい。
オガール地区が「大きいリノベーション」だとしたら、日詰商店街では遊休不動産を活用した、市民による「小さなリノベーション」が進められているのである。
7つの廃校活用
紫波町の挑戦は、駅前や商店街だけにとどまらない。少子化の影響で閉校となった7つの小学校跡地も、町の資源として新たな命を吹き込まれている。
紫波町学校跡地活用基本方針では、「産業の振興」と「人材の育成」を利活用の基本コンセプトとして掲げ、続々と利活用が進められている。
たとえば、旧水分小学校は「はじまりの学校」として、醸造の学校に生まれ変わり、地元の酒文化を次世代へつなぐ場となる。旧彦部小学校では「HEAT CORE BASE」が立ち上がり、バスケットボールスクールを中心とした新しい学びと交流の拠点に。旧星山小学校は民間による保育園へ、旧長岡小学校では「ノウルプロジェクト」として、農的な暮らしを学ぶ実践の場が整備されている。
廃校を活用することで、紫波町の公民連携は空き物件の活用にとどまらず、教育分野にも広がり、公教育以外の学びが地域に充実していくだろう。
公民連携のオガールから、市民を巻き込んだまちづくりへ
公民連携において高い評価を得た紫波町のオガールプロジェクト。
プロジェクトを通じて雇用や移住者が増えていっただけでなく、遊休不動産を活用し、街をよりよくしていくという風土を地域に醸成したこともまた、大きな成果のひとつといえるのではないだろうか。
オガールで日常的にまちづくりに触れることで、挑戦や参画の意欲が湧いてくる。それが、地域一体のリノベーションにつながっていく。紫波町では、そんな好循環が見られた。今、紫波町は「公民連携」にとどまらず、住民とも連携を強めながら、まちづくりの輪を広げていっている。