50年前の名曲を再定義!荒井由実「ルージュの伝言」カバーポップスがアニソンになった?
リリースから半世紀を迎えた「ルージュの伝言」
ユーミンが荒井由実時代に発表した「ルージュの伝言」は、1975年2月20日にシングルとしてリリースされてから早くも半世紀が過ぎた。ご承知の通り、50年ともなると世の中の価値観は随分と様変わりしている。音楽の世界も同様で、当時は一般的だったフレーズや恋愛感情、人との関係性などが今では通用しなくなっているケースはよくある。
逆に、時代的に早すぎた感覚で書かれた曲が、長い年月を経て、多くの人に理解されるようになるケースもある。「ルージュの伝言」は後者のケースだろう。それに加えて、発表した時には予想もしていなかったことが起きて人気になることだってある。「ルージュの伝言」はそんなことが重なって、今の世に広まっているとみていいだろう。
時代的にかなり早かった活発で行動的な女性のキャラクター
まず、時代的に早すぎた感覚について。
あのひとの ママに会うために
今ひとり 列車に乗ったの
で、始まる歌詞はーー
あのひとは もう気づくころよ
バスルームに ルージュの伝言
浮気な恋を はやくあきらめないかぎり
家には帰らない
ーー と歌われる。
ここでいう “あのひと” とは夫もしくは恋人。新婚夫婦とも同棲カップルともとれるように描かれているが、要するに男の浮気が原因で痴話喧嘩になったのである。男の浮気に怒り、家を出て男の母親に告げ口しにいく、という活発で行動的な女性のキャラクターは、時代的にかなり早かった。ただし現代では、この浮気男の末路はもっとシビアなものになっているはずで、ママに叱られるぐらいでは済まないのも事実。それを置いても、男の浮気を咎める方法として、その母親を味方にするという発想は、この時代の日本人の感覚とはかなり異なっている。
“カバーポップス” を1975年に再現
では、なぜこういう歌詞が生まれたのか? それは、「ルージュの伝言」の歌詞がその曲調から導き出されたものだからだ。メロディーは1950年代後半から1960年代前半にかけて流行したアメリカンポップス、あるいはヨーロッパのポップスをベースに作られている。いわゆる “オールディーズ” と呼ばれる曲調だ。日本ではこの時代、欧米のポップスに日本語の歌詞を付け日本人歌手がカバーする “カバーポップス” と呼ばれるジャンルの音楽が人気を得ていた。
カバーポップスの流行は1960年代半ばには終わってしまうが、これを1975年に再現してみせたのが「ルージュの伝言」なのである。ゆえに、当時を思わせるオールディーズの曲調に合わせ、まるで当時、カバーポップスで歌われていたかのような歌詞が乗っているのだ。活発で行動的な女性像は、言ってしまえばアメリカン・ホームコメディの世界。ゆえにこの時代の日本社会では、まだ一般的でなかった “ママ” という単語を意図的に使っているのである。
不安な気持ちを 残したまま
街はDing-Dong 遠ざかってゆくわ
ーー こんな日本語英語チャンポンの歌詞など、いかにもカバーポップスにありそうなフレーズである。カバーポップスは漣健児(当時の『ミュージック・ライフ』編集長・草野昌一のペンネーム)たちが、自由度の高い訳詞を乗せていたが、意図的にその作風を踏襲しているのだ。タイトルも、コニー・フランシスのヒット曲「カラーに口紅」(1959年)を思わせる。
コーラスは山下達郎、大貫妙子、吉田美奈子、伊集加代子
「ルージュの伝言」の演奏は従来の “キャラメル・ママ” ではなく、ユーミンのバックバンドだった “ダディー・オー!” によるもの。他の曲に比べ、ライブ的でラフな印象を受ける演奏だが、そこに乗っているコーラスが “オールディーズ” と “カバーポップス” らしさを増幅させている。
コーラスで参加しているのは山下達郎、大貫妙子、吉田美奈子、そしてシンガーズ・スリーの伊集加代子。「♪ワッ、ワッ」という合いの手やエンディングの「♪My little darling!」などのコーラスワークは山下が作ったもので、これにより “抜群のアメリカンポップスになった” と、のちに編曲の松任谷正隆が山下の手腕を絶賛している。そう、一時代前にブームになったカバーポップスを、日本人が再現して作り上げたのが「ルージュの伝言」という曲なのである。
この「ルージュの伝言」は、ユーミンにとって初めてのチャートイン作となった。オリコンでの最高位は45位だが、この曲が起爆剤となり、3作目のアルバム『COBALT HOUR』がヒット。そして、バンバンに書いた「『いちご白書』をもう一度」と自身の「あの日にかえりたい」が、連続してチャート1位になる快挙につながっていく。
アニソンとしても親しまれ、時代ごとに再定義される「ルージュの伝言」
そして、発表時点では予想もしなかった人気曲となった理由について。
それは、1989年に公開されたスタジオジブリのアニメーション映画『魔女の宅急便』のオープニングテーマに起用されたことだ。映画の大ヒットはもちろん、ジブリアニメという子ども層にも訴求するアニメに使用されたことで、世代を超えた人気曲に成長していくのである。さらには、2022年には新海誠監督のアニメ映画『すずめの戸締まり』の挿入歌にも使用された。映画自体もそうだが、「ルージュの伝言」もジブリオマージュの一環として用いられており、すでにアニソンとしてもレジェンド的な位置になっていることがわかる。
そこで歌われる歌詞の意味よりも、曲調やフレーズの軽快さ、メロディーの覚えやすさとノリの良さが、アニメを見ている人々、また低年齢層にも広まった理由だろう。何より、浮気の話なのに、聴いていてウキウキしてくる点がこの曲の面白いところ。あまり歌詞の意味を求めず聴くことで、楽しいアニソンとしても認知されたのである。
ここまでくると、もはや “オールディーズポップスの再現” という事実すら遠い過去の話であり、誰でも歌えてノリのいい楽しい曲としてのポジションを確立したのだ。数多くのスタンダードナンバーを世に送り出してきたユーミンだが、「ルージュの伝言」も、アニソンとして浸透することでスタンダードになったのである。