子どもの主体性を伸ばす新しいスポーツ指導とは? ──ジャーナリスト島沢優子さん特別インタビュー【叱らない時代の指導術】
子どもたちを取り巻く部活動やスポーツクラブの指導環境が、いじめや暴力につながっている──。そうした報道が後を絶ちません。どうすれば安心して子どもを預けられるのか、のびのびとスポーツを楽しむ環境をいかに築くのか。
スポーツと教育の現場を長年取材し、2025年8月に『𠮟らない時代の指導術──主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)を刊行した島沢優子さんにうかがいました。
スポーツ指導の現状
──部活動をめぐる暴力事件は、2025年も多くの報道がされ、大きな問題になりました。一方で『𠮟らない時代の指導術』では、子どもの主体性を尊重し、対等な関係性を築こうとする指導者の実践が紹介されています。島沢さんは子どもをめぐるスポーツ指導の現状をどのように見ていますか?
島沢 今は、コーチたちの考え方も二極化してきていて、具体的には3つのグループに分かれています。ひとつは、本で紹介した18人のコーチたちのように、指導のあり方を変えていかなければならないと考えている人たちです。2013年に「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が出されてから、もう12年が経ちます。当然クラブや部活動の現場でも暴力をなくし子どもを尊重する指導がもとめられます。そのために何をするべきかを自分で学び、遂行していく。そういう人たちが一定数出てきています。
その人たちをAグループとすると、今までのやり方を変えたいけれど、どうしたらいいのかわからないという人たちが、Bグループです。「子どもの主体性を大事に」と頭でわかってはいるけれど、いざ試合や練習の場に立つと、つい感情的に声を荒げてしまう。「わかっているけどやめられない」ではないですが、まだ新しい指導を確立できていないんですね。彼らは自分のなかに葛藤があって、ジレンマに陥っています。実際、私のところに「話を聞いてほしい」「相談にのってほしい」と連絡をくれて、悩みを打ちあけてくれる人もいます。
最後のCグループは、指導を改めるべきという流れがあるのは知っているけれど、それでもわが道を行くというタイプ。自分が今までやって来た方法から逃れられずに、精神論やハラスメントにあたる指導を続けている人も少なからずいます。
──島沢さんが取材されるなかで、いちばん数が多いのはどの層だと感じますか?
島沢 そうですね、ボリュームが大きいのはやはりBの「変えたいけど変えられない」人たちだと思います。もちろん、「ぼくはAですよ」と見せかけているけど、実際はすごい怒鳴っているみたいな「なんちゃってグッドコーチ」もよく見聞きしますけどね。
実は『𠮟らない時代の指導術』では、Bグループの方に向けて、Aグループの新しい指導を確立したコーチたちが同じように葛藤しながらヒントを見つけて、主体的に指導を変えてきたプロセスをお伝えしたつもりなんです。だからおそらく、指導や育成の現場で、自分がどうしたらいいかわからず悩んでいる方にも「ああ、そうだよな」「自分と似ているな」と共感しながら読んでいただけるのではと思います。
この本は全国大会優勝とか金メダルとかの、トップを摑んだ人の成功談ではありません。命令や罰則で教え込むのではないかたちに指導を変えて、成果が見えてきた人たちの共通項に注目しています。その要素を5つの指導スキルとしてまとめているので、ヒントとして取り入れていただきたいです。
部活動の地域移行が抱える課題
島沢 スポーツ指導の現状ということで言うともうひとつ、部活動の地域移行が進んでいます。「ブラック部活」と言われたりしますが、不適切指導や教員の労働環境をめぐる問題があり、教員ではない外部指導員の力を借りようという動きが出てきました。
外部指導員のなかには地域のクラブコーチなど民間の指導者が多くいます。その人たちなら、今まで部活動を指導してきた教員よりも、もっと専門的なスキルを持っていそうなものですが、実際はそうとは限りません。というのも、今は外部指導員が指導スキルを体系的に学ぶ機会がなく、個人の知見にゆだねられているからです。
今後は自治体なり国なりがプログラムを整理して、ハラスメントを用いない指導術を外部指導員に提供していく必要があります。
──外部指導員は技術指導については専門性があると思われているけれど、子どもを指導する専門家ではないということでしょうか。
島沢 言ってしまえば競技指導の専門家であっても、教育の専門家ではないわけですよね。それに加えて、「ブラック部活」で問題になった先生たちと同じように、外部の方が勝利至上主義に陥ってしまう可能性は十分にあります。「勝ちたい!」という気持ちが先行すると、子どものことが見えなくなります。その結果、長時間練習や暴言・暴力を用いる不適切指導につながってしまうのです。
やはり勝利至上ではなくて、子どもたちが楽しめているのか、ちゃんと成長できているのかに目を向けることを、より伝えていくべきだと思います。部活動の地域移行については、指導の質をどう担保していくのかが課題ですね。
わが子が楽しんで成長できるチームを選ぶ
──子どもを預ける親は、スポーツ指導や教育にどう向き合えばよいでしょうか。
島沢 スポーツの入り口のところでは、親御さんがある程度判断してあげられるといいですね。特に小学1年生、2年生のときに入団する少年スポーツでは、「このチームの雰囲気が自分に合うな」「ここでやりたい」とお子さんが自分で判断するのはむずかしいです。
そこで目安にしてほしいのは、そのクラブは子どもが楽しんで成長できる場所なのか、ということです。
どうしても親御さんは「ほかの子よりうまくなれるか」、「勝てるチームか」といったことを考えてしまいますが、それは親がこれで大丈夫だという安心を得たいからなんです。受験でも、子どもが進学校に入ると親は安心するじゃないですか。それと同じように、わが子が強いチームに入ると安心しますよね。
でも、強くて勝てるチームだからといって、子どもが楽しみ、成長できるかはわかりません。それどころか部員が何十人もいて、勝つためにいつも同じメンバーを試合に出しているようなチームで補欠になってしまうと、うまくなることもできません。スポーツは試合をしないと上達しませんから。
だから、その子の能力に応じて、ちゃんと試合に出て楽しめるチームなのか、みんなに平等に競技機会を与えてくれるところなのかを基準にして判断してもらいたいなと思うんです。
中学生や高校生になると、やりたいスポーツを子どもが自分で決められるようになりますが、そのときも親御さんから「試合に出られて、楽しんで成長できるところがいいんじゃない?」と意見は言っていいと思います。
子育てに通じる「待つ」指導
──『𠮟らない時代の指導術』に登場するコーチたちは、子どもの主体性を育むために「やる気が出る環境をつくる」「傾聴と問いかけ」といった指導を実践しています。こうした考え方は、家庭での子育てにも通じるものがあるのでしょうか。
島沢 もちろんです。この本に登場するコーチたちは、できない子や選手に矢印を向けて、その子ばかりを責めることはしません。そうではなくて、どう環境を変えればその子たちが動いてくれるのかを考えています。
同じように子育ても、子どもを取り巻く環境に目を向けるのが大切です。そして、子どもを取り巻くいちばんの人的環境は親なんです。
どうしても親御さんは、わが子のダメなところやできていないところに目がいってしまいますよね。「いつまでゲームしてるの」とか。注意してもやめなければ、「ゲームは1時間まで」とか指示命令してしまうわけです。でも結局、自分でルールを決めて、それを守ったり破ったりしながら行きつ戻りつしないと、子どもは変わらないんですよ。
ゲームの例をつづけるなら、ゲームし過ぎて寝坊したとしても起こさないよ、と子どもの自律起床をうながしてください。そうすれば子どもは寝坊しないために、どのくらいで止めたらいいのかと自分で考えるようになっていきます。
親が強制せずに見守っていると、「ほかの友だちも自分で時間を決めているみたいだし、オレもそうしよう」などと言い出し、自分でコントロールできるようになった例も複数知っています。子どもは自分で考えて決めたことなので、それを守ろうという気持ちになる。そうやって子どもは変容していきます。
──もし子どもが指示待ちというか、あまりなにも考えていなさそうだったら、どうしたらよいでしょうか。
島沢 その子は親に干渉されることを脅威だと感じて、萎縮しているのかもしれません。そうであれば、「今までいろいろ口出ししてごめんね」と伝えてください。そのうえで、「もう世話は焼かないので、自分で決めてごらん」とうながすのが重要です。
パリ五輪の女子やり投で金メダルを獲得した北口榛花選手を育てた松橋昌巳さんも、自分の考えと少しちがうなと思ったことであっても、選手がやりたいと言った意見を尊重してやらせてみる指導をしていました。トライアンドエラーをさせて、選手に失敗する機会を与えていたとも言えます。
子どもはそうやって挑戦する経験を重ねないと、高いハードルにチャレンジする意欲が生まれません。もしそれで失敗したとしても、親は挑戦したことを認めてあげればいいんです。
──主体性を伸ばすには失敗する経験も大事なんですね。
島沢 そうなんです。ところが親御さんによっては、子どもが失敗しないように誘導してしまっていたということもあります。
たとえば中学受験で、親はその子が自分で受験することを決めたと思っていたけれど、後で振り返ったら「やりなさい」と指示していたことに気づくといったケースはよくあります。でもそれは、子どもがいい中学校に入れば、もう高校受験をしなくて済むからという、早く安心したい親の気持ちのあらわれでもありますよね。
──安心したいというのは、先ほどの強いチームに子どもを入れたい気持ちと重なります。
島沢 そう、似ています。スポーツでも強いところに入団させたら大丈夫だろう、それがその子の勲章になると考える親御さんがいます。でも実際は、そこで試合に出ていたのか、どんなプレーなのかとシビアに見られるので、所属していたからOKではありません。
アスリートの世界では早くから「天才」ともてはやされて、親やコーチに言われるままにレベルの高い高校や大学に入ったけれど、そこで全く試合に出られずに補欠で終わってしまう子もいます。そうすると、その子の自己肯定感は養われないし、悪くすると親を恨むようにもなってしまいます。
自己決定していないので、「お母さんお父さんが言ったからこのチームに入ったのに」と人のせいにしてしまうんですね。
よく言われる「消えた天才」は、指導者や親によって「消された天才」ではないかと私は思います。誤った指導で子どもは傷を負い、その経緯いかんで指導者は職を追われる。そして親子関係に深刻なヒビが残ることもあります。
親子に負の遺産を残さないためにも、自分のことは自分で決める。その主体性は親が待つことでしか育めません。
子どもの挑戦を見守るのは不安でハラハラドキドキすることだと思います。でも子育て期間は、そのハラハラを味わいながら子どもを見守ってあげてほしいです。
『𠮟らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』では、
第1章 雪国の無名校はなぜドラフトに一学年6人も送り出せたのか 「やる気が出る」環境をつくる
第2章 控え選手だった三笘薫はなぜ焦燥につぶされなかったのか 「対等な関係性」が人を伸ばす
第3章 不安に怯えていた柔道選手はなぜ五輪を連覇できたのか 「傾聴と問いかけるスキル」が成果を生む
第4章 河村勇輝はなぜミニバスからNBAまで成長し続けるのか 「好きのマインド」が伸びしろへ
第5章 6万人を教えた「少年サッカーの神様」はいかにスポーツを変えたか 「主体性の支援」こそ本当の厳しさ
という全5章の構成で、三笘薫、河村勇輝、北口榛花選手ら若くして世界で活躍するアスリートを育てたコーチ18人の人材育成術に迫ります。
◆TOP写真:WavebreakMedia/イメージマート
著者
島沢優子(しまざわ・ゆうこ)
スポーツジャーナリスト。筑波大学卒業後、日刊スポーツ新聞社東京本社に勤務し、1998年よりフリー。スポーツと教育の現場を長く取材する。著書に『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)、『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)、『部活があぶない』(講談社現代新書)など。