【京都観光のいま】 デニムに息づく手描き友禅の技。世代や国を越えて、京の伝統を発信~京都デニム~
手描き友禅を施したデニムバッグなどを手掛ける「京都デニム」。伝統的な技術を次世代、また世界に繋げたいという活動は20年を迎え、京都市が推進する京都観光モラル事業の「持続可能な京都観光を推進する優良事業者」にも選ばれています。ソーシャルメディアなどを活用した情報発信や顧客・地域との交流、また、京都観光おもてなしコンシェルジュとしての取り組みについて紹介します。
◇京都観光モラル
https://www.moral.kyokanko.or.jp/
◇【京都観光モラル】京都観光を推進する優良事業者
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受け継がれてきた技術の存続と、価値を高めるために
京都駅から歩いて約5分。塩小路通に面して掲げられたデニム生地の暖簾の向こうでにこやかに出迎えてくれたのは、京都デニムの取締役であり、名物店長として知られる宮本和友さんです。
京都デニムの宮本和友さん
「手描き友禅」といえば絹の着物に模様を染め付ける京都の伝統工芸として知られていますが、それをデニム生地に施せるよう約20年前に同社が技術を開発。現在は手描き友禅染めのデニムバックなどを製造・販売しています。
京都デニムは、宮本さんと大学の先輩で同社代表の桑山豊章さんが立ち上げたブランドです。江戸中期から呉服業を営む家に生まれた桑山さんが、新たに着物の小売をスタートさせるにあたり、宮本さんがアルバイトで手伝いをはじめたのがきっかけでした。
代表の桑山豊章さん[画像提供:京都デニム]
着付けができる人が減少し、堅苦しいとも思われがちな和装の衰退が加速してきたことをうけ、和装の新たな可能性を模索し、試行錯誤していたといいます。宮本さんは、京都で職人の手仕事にはじめて出会ったときの衝撃と感動を忘れられず、「手描き友禅の良さをなんとか伝えられないか」と模索を続けていました。そのなかでたどり着いたのが、幅広い世代が男女問わず身に付けるジーンズに京友禅を施すことだったと振り返ります。
デニム生地との格闘と、「原点回帰」で気づいた愛着という財産
[画像提供:京都デニム]
とはいえ、従来のシルクと異なり、綿のデニム生地に色を定着させるのは苦労の連続でした。協力してくれる職人も少なく、開発には3年を費やしたとのこと。また、デニム生地の生産地である広島・岡山でも、若い二人との新規取引に慎重な姿勢を示す工場も多かったといいます。ジーンズというカジュアルウェアに友禅を施すことについて、業界の理解を得るには時間が掛かりましたが、二人の志に共感した職人や工場の協力を得てようやく、2007年に手描き友禅染めのジーンズを中心としたブランドを発表。以降、売り上げを伸ばし、次第に知名度も高まっていきました。
[画像提供:京都デニム]
転機となったのはコロナ禍。ライフスタイルが一変するなかで、店舗への客足が遠のき、対面で接客ができない状況になりました。それなら「次の展開を考える機会にしよう!」と思考を切り替え、オンラインでの販売が好調だったファッションアイテムのデニムバッグをブランドの核に据えようと決断します。
方向転換するうえで大切にしたのは「原点回帰」でした。京都デニムの主力商品であるジーンズは、ブランドの成長とともに、バリエーションの展開や生産量の増加が必須課題でしたが、「自分たちはアパレルメーカーとして成功したいのではなく、手描き友禅の良さを伝えることが活動の原点で、そこへ立ち戻ろうと考えました」と宮本さん。
京のテキスタイルには「袋物」というジャンルが古くからあります。京都ならではの風習から着想を得て、親から子へ、次の代にも愛着をもって受け継いでもらえるようなバッグを作ろうと決心。カジュアルファッションや和装にも合い、年齢を問わず身に付けることができる「SIZUKU BAG」を発表しました。
お客様との交流と、京都観光おもてなしコンシェルジュとして
「愛着を醸成する」という視点からもう一つ力を入れているのが、手持ちのジーンズに友禅染めを施すというサービスです。自社・他社製を問わずジーンズを預かって柄入れを受けています。「京都におあつらえの文化が根強く受け継がれているように、ご自分のためだけに施された手仕事を楽しんでいただければ嬉しい」と宮本さん。コロナ禍を経て、オンラインを通した顧客とのやりとりの方法や、事業展開の経験値が高くなったことも相まって、柄入れ加工業にも手ごたえを感じているといいます。
[画像提供:京都デニム]
事業が20年目を迎えるなかで、長年送り出してきた商品の「お直し」の注文を受けることも増えました。「直して長く使い続けたい」「祖父の形見をリメイクしてほしい」といった依頼も寄せられ、大量生産・大量消費ではない、まさに手仕事の工芸品として京都デニムが愛されている証です。
また、顧客との密な交流は宮本さんが長年にわたり大切にしてきたことであり、店舗の立地を京都駅前に選んだのもその一つといいます。遠方からでも足を運びやすい場所を拠点に、ブランドの情報を発信し、さらには自社だけでなく、京都の良さを伝えようと訪れた人に観光情報なども提供してきました。
とくに、宮本さんは京都観光おもてなしコンシェルジュにも任命されており、開店当初から隠れた観光スポットや、ずらし旅のコツ、季節ごとの見どころなどの案内を続けています。今ではSNSを利用して、行事や混雑、電車の運行状況など、現地の状況を事前に知ってもらえるよう発信。また、実際に遠方から京都を訪れる顧客の予定にあわせて観光ルートを提案するなど、京都滞在をより豊かにするような取り組みを積極的に行っています。
SNSも活用し、人と人との繋がりを大切に
17年前に考案し、いまも京都デニムのマスコットとして人気の「でにぐま」は、デニムの端切れを使った小さな手作りのぬいぐるみ。通常は廃棄されてしまう生地を大切にし、手仕事を継承するというブランドのシンボルにもなっています。2023年には、このぬいぐるみに込められた同社の思いに賛同した京都市立芸術大学の学生たちと端材の有効活用を考えるプロジェクトを実施。ほかにも、手仕事を間近に感じてもらえるよう学校単位での工場見学も受け入れています。
でにぐま
地域コミュニティーとの交流なども積極的に続けており、開店当初から周辺の掃除はもちろん、緊急時に備えて導入した蓄電池は、地域の人に使ってもらえるよう準備しているといいます。
店頭では、訪れる人に観光の案内を行うだけでなく、観光マナーに関する啓発チラシを配布したり、従業員向けに京都観光モラルについて研修会も実施。だれもが快適に京都のまちを楽しめるよう取り組みを進めています。
SNSの活用について、最近は店舗からの発信だけでなく、お客様が自発的に発信をされるそう。「店を訪れてくれたお客様が、自ら店舗のことを発信してくれることが増えているんです。すごくありがたいですね」と話し、投稿をきっかけに、交流の輪も広がっているとか。また、拡散された情報が思わぬかたちで新たなビジネスチャンスに繋がることもあり、京都デニムを通して、手描き友禅の魅力が人から人へ、そして、世界各地に広がりを見せています。
■リンク
◇【京都観光モラル】優良事例集
https://www.moral.kyokanko.or.jp/case
◇京都デニムHP
https://kyoto-denim.com
記事を書いた人:上田 ふみこ
ライター・プランナー。京都を中心に、取材・執筆、企画・編集、PRなどを手掛け、まちをかけずりまわって30年。まちかどの語り部の方々からうかがう生きた歴史を、なんとか残せないかと日々奮闘中。