高齢者が椅子や床から立ち上がれない原因を解説!知っておくべき補助・介護の方法と受診のタイミング
高齢のご家族が「立ち上がれない」と訴えたり、椅子から立つのに時間がかかるようになったりして、心配されている方は多いのではないでしょうか。
この記事では、高齢者が立ち上がれなくなる主な原因から緊急時の対処法、安全な介助方法、さらには立ち上がり能力を改善・維持するための具体的な方法まで、幅広く解説します。
高齢者が椅子や床から立ち上がれない主な3つの原因
高齢者が立ち上がれなくなる背景には、複数の身体的要因が複合的に関わっています。ここでは、特に影響の大きい3つの主要な原因について詳しく解説します。
筋力低下
高齢者が立ち上がれなくなる最も一般的な原因は、加齢に伴う筋力の低下です。この現象は医学的にサルコペニア(筋肉減少症)と呼ばれ、全身の筋肉量や筋力が徐々に失われていく状態を指します。
特に体を支える脚の筋力低下が顕著になると、立ち上がる動作に必要な踏ん張りが効かなくなってしまいます。椅子から立つという何気ない動作でも、太ももやお尻などの下半身の筋肉が十分に働かないため、大きな困難を感じるようになるでしょう。
下肢の筋力が弱まると移動機能が低下し、「立つことが難しい」という状態は運動器症候群(ロコモティブシンドローム)の兆候にもなります。ロコモは骨や関節、筋肉などの運動器の機能が衰えた状態で、要介護になるリスクが高まる危険な状態です。
筋力低下は一度始まると急激に進行する場合があります。高齢者にとって下半身の筋力維持は、自立した生活を送るうえで欠かせない要素なのです。
関節の硬さと可動域制限の影響
筋力だけでなく、関節の柔軟性も立ち上がり動作に大きく影響します。加齢に伴い、関節の柔軟性が失われやすくなり、動かせる範囲(関節可動域)は狭くなります。特に長時間体を動かさない状態が続くと筋や腱が縮み、足首や膝・股関節に拘縮(関節や筋肉が硬くなって動きにくくなる状態)が起こりがちです。
例えば高齢者では足首をあまり動かさないことで硬くなってしまい、足首の背屈(つま先を上げる動き)が制限される場合があります。この状態では、立ち上がる際に足首が十分に曲がらず、バランスを保つのが困難になってしまいます。
足首や膝・股関節のいずれかでも可動域が十分でないと、立ち上がり時にうまく重心を支えられず不安定になり、立ち上がるのが難しくなってしまいます。関節の動きが制限されると、本来なら自然に行える体重移動や姿勢の調整ができなくなるためです。
関節の硬さは日常生活の中で徐々に進行するため、初期段階では気づきにくいかもしれません。しかし、「以前より膝が曲げにくい」「足首が硬い」と感じるようになったら、関節可動域の低下が立ち上がりの困難さにつながっている可能性が高いでしょう。
仙骨座りなどの身体に負担のかかる姿勢
高齢者に多くみられる仙骨座り(ずっこけ座り)も立ち上がりを妨げる重要な要因です。仙骨座りとは、背中や腰が丸くなりお尻が前に滑った姿勢で、骨盤が後傾して深く腰掛けずに座っている状態を指します。一見楽な姿勢に見えますが、実は立ち上がりには非常に不利な座り方なのです。
この姿勢だと、立ち上がる際に必要な「上体を前に倒す動き」や「足で踏ん張る動作」がとりづらく、椅子から体を持ち上げにくくなります。正しい座り方では骨盤がまっすぐ立った状態で座るため、立ち上がる時の重心移動がスムーズに行えます。
背中が丸まりお尻が前に滑った不良姿勢で座っていると、身体に余計な負担がかかり、高齢者が自力で立ち上がることを一層難しくしてしまうのです。普段から正しい座り方を意識することが、立ち上がり能力の維持につながります。
高齢者が立ち上がれない状況への対処法
高齢者が立ち上がれない状況に直面した時、まず重要なのは緊急性の判断です。適切な対処法を選択することで、安全を確保しながら問題解決につなげることができます。ここでは状況別の具体的な対応方法をご紹介します。
緊急で受診すべき症状
立ち上がれない原因によっては、速やかな医療受診が必要になります。特に注意すべき症状として、次のようなケースが挙げられます。
突然立てなくなった場合は、何らかの急性の異常が起きている可能性があります。前日まで問題なく歩いたり立てていた高齢者が、急に立ち上がれなくなった場合は要注意です。
例えば突然片脚に力が入らなくなったような場合や、立てないだけでなく激しい頭痛・吐き気、めまいを伴う場合は、脳梗塞や脳出血など脳のトラブルが原因で下肢が麻痺している可能性があります。
これらは放置すると命にかかわるため、ただちに救急受診が必要です。「様子を見る」という判断は危険な場合があります。
転倒後に痛みで起き上がれない場合も緊急事態です。高齢者が転んだ直後から足の付け根などに強い痛みを訴え立てなくなっている場合は、骨折(特に大腿骨近位部の骨折)の疑いが高くなります。
骨折していると無理に動かすことで悪化する危険があるため、患部の腫れや変形がみられるときはその場で安静にし、救急車を呼んで医療機関で処置を受ける必要があります。
安全な補助・介護方法
介助が必要な高齢者を安全に立たせるには、無理に引っ張り上げようとせず、ご本人の力を引き出しながら補助することが大切です。
まず周囲の状況を確認し、転倒や怪我の恐れがないよう安全を確保します。そのうえで、できれば支えになる椅子や手すりを用意して、本人にそれを掴んでもらいながら立ち上がるのを助けます。
例えば、床から起こす場合には近くに安定した椅子を置き、そこに手をついてもらってから立ち上がる方法が有効です。こうすることで、高齢者自身も筋力を使いやすくなり、介助者もすべての体重を支え上げる負担が軽減されます。
介助するときは「せーの」とタイミングを合わせて声かけし、本人が踏ん張る動作を邪魔しないようにしましょう。片手だけを引っ張ったり中腰で抱え上げたりすると双方に危険なので避ける必要があります。
状況的に可能であれば二人がかりで左右から支えることで安定感が増します。どの方法で介助を行うにしろ、お互いに息を合わせることが重要です。
介助者自身も腰を落として安定した姿勢をとり、相手に密着するように支えると力が伝わりやすくなります。こういった工夫を取り入れることで、高齢者にとっても介助者にとっても負担の少ないサポートが可能になるでしょう。
立ち上がりを補助する福祉用具の活用法
自宅で介護する際は、福祉用具の力を借りて立ち上がりを助ける方法も検討しましょう。介護保険では要支援・要介護の高齢者に対し、日常生活動作を補助する福祉用具をレンタルで利用できます。
例えば、立ち座りの動作を電動で補助してくれる起立補助機器を使えば、下肢筋力の弱い方でも安全に立ち上がる動作が可能になります。また、ベッドから起き上がる際には高さ調節機能付きの介護ベッドを利用すると、座面の位置を高めに設定できるので膝に負担をかけずに立ち上がりやすくなります。
座面が高くなるほど立ち上がりは楽になりますが、高すぎると足が床につかず危険なため適切な高さに調整することが重要です。一般的には、座った状態で膝が90度程度に曲がる高さが理想的とされています。
手すりについては、ベッド脇に差し込んで使う介助バーや、工事不要で部屋の好きな位置に突っ張り棒の要領で設置できる据え置き式の手すりなどもあります。
毎日の立ち上がりや移動の介助は、介助者の身体に大きな負担がかかります。福祉用具を適切に活用することで、介助者の腰痛を防いだり、疲労軽減につながり、お互いに無理のない在宅介護の実現が可能になるでしょう。
福祉用具は専門業者やケアマネジャー(介護支援専門員)と相談し、ご本人の身体状況や住環境に合ったものを選定するのがおすすめです。
高齢者の立ち上がり能力を改善・維持するには?
また立ち上がりに少し厳しさを感じ始めた段階で、積極的な改善・維持への取り組みを始めることが重要です。適切な運動やストレッチ、日常動作の工夫により、立ち上がり能力の向上や現状維持が期待できます。
もちろん現段階で立ち上がりに不安がなくても、将来に備え早い段階ではじめても構いません。
立ち上がりに必要な筋力を鍛える運動
脚力を維持・向上させることは、高齢者が自分で立ち上がる力を取り戻すための基本です。特に椅子からの立ち上がりには、お尻の筋肉(大殿筋)や太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)など下半身の筋力が欠かせません。
筋力トレーニングというと大変そうに聞こえますが、高齢者の場合は椅子からの立ち上がり動作そのものを繰り返すだけでも効果的な運動になります。
実際、理学療法の現場でも「立ち上がり練習」として、椅子に座った状態から立ち上がり、ゆっくり腰掛ける動作を繰り返す訓練が推奨されています。この立ち上がり練習は足の筋力強化になるだけでなく、姿勢を支える背中の筋肉にも良い刺激を与えます。
例えば、安定した椅子に浅く腰掛け、腕の力は使わずに立ち上がる動作を1日10回×3セット行うところから始めてみましょう。慣れてきたら回数を増やしたり、スクワットのように少し膝の曲げ伸ばしを深くしてみるのも効果的です。
週に2~3日程度の筋力トレーニングでも少しずつ筋肉はついていきます。適度な運動によって筋力はある程度取り戻せることがわかっているため、焦らずコツコツと続けて脚力アップを図りましょう。
関節可動域を改善するストレッチ
関節周りの筋肉をほぐし柔軟性を高めるストレッチは、関節の可動域を広げ、高齢者の立ち上がり動作を助けるうえで有効です。筋肉が硬く縮こまったままだと関節の動きが制限され、立ち座りや歩行時にバランスを崩しやすくなります。
例えば、ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)が硬く短縮して足首が十分に曲がらなくなると、歩行時につま先が上がらず地面にひっかかりやすくなって転倒のリスクが高まります。足首のストレッチを行うことでつま先がしっかり持ち上がるようになり、安定した歩行や立ち上がりにつながります。
同様に、股関節周囲の腸腰筋ストレッチによって筋肉の柔軟性を高めておけば、骨盤から上体を起こしやすくなり、正しい姿勢で立ち座り動作が行えるようになるでしょう。
ストレッチは寝た姿勢や椅子に座った姿勢で無理なく行えます。関節を動かして痛みがない範囲でゆっくり筋肉を伸ばし、20~30秒程度その状態を保ちましょう。ふくらはぎのストレッチなら、椅子に座って片脚を前に伸ばし、つま先を手前にゆっくり引き寄せます。
太もも裏や股関節周りも、ベッド上で膝を抱えるように曲げ伸ばしするなど簡単なストレッチで可動域維持に役立ちます。毎日短時間でもストレッチを継続することで関節の動きは滑らかになり、立ち上がり動作のみならず転倒予防にも良い効果が期待できます。無理をせず、気持ちよく感じる程度の強さで行うことがポイントです。
日常生活で実践できる立ち上がりやすい動き方
高齢者自身が日常的に立ち上がりやすい動作のコツを意識することで、介助に頼らず自力で立つ力を維持しやすくなります。椅子から立ち上がる基本のポイントは次の通りです。
座る位置を浅くする 立ち上がるときは、椅子の奥から腰を少し前にずらし、浅く腰掛けた位置から始めます。深く腰掛けた状態からよりも、お尻の位置が前方にある方が重心移動の距離が短く、小さい力で立ち上がりやすくなります。 足を引いて膝を曲げる 膝が直角よりもしっかり曲がる位置まで足を手前に引いておきます。椅子に対して足を後ろに引くほど、立ち上がり時に足裏で地面を踏ん張りやすくなり、太ももに力が入りやすくなるでしょう。このとき足裏は床につけ、靴を履いていれば滑らないようにブレーキを利かせると良いでしょう。 上体を前かがみに倒す 立ち上がる直前に、背筋を伸ばしたままゆっくりと身体を前傾させます。いわゆる「おじぎ」をするように頭を前に下げますが、背中が丸まらないように骨盤ごと前に倒すイメージで行います。正しく前かがみになると重心がお尻から足側に移り、太ももや腹筋に力が入りやすい姿勢になります。 頭と肩を膝より前に出す 上体を倒した際、頭や肩が膝より前方に位置するくらい十分に重心を移動させましょう。こうすることで下肢に体重が乗り、一番膝に力が入る姿勢となります。重心が十分に前に移ったのを確認したら、ゆっくり膝を伸ばして立ち上がるとスムーズに立てるでしょう。
以上の動作を一連の流れとして意識するだけでも、「立ち上がりにくさ」がかなり解消されます。
普段から椅子や布団から立つ際に「浅く座って足を引き、しっかり前傾してから立つ」クセをつけておくことで、必要な筋力やバランス感覚が養われ、立ち上がり能力の維持につながります。毎日の何気ない立ち座り動作を丁寧に行うことが、高齢者の自立度を保つトレーニングにもなっていくのです。
まとめ
高齢者が立ち上がれない原因は、筋力低下、関節の硬さ、不良姿勢などが複合的に影響しています。突然立てなくなった場合や転倒後の強い痛みがある時は、緊急受診が必要です。
日常的には安全な介助方法を実践し、福祉用具を積極的に活用することで、介助者の負担軽減にもつながります。立ち上がり能力の維持・改善には、椅子からの立ち上がり練習やストレッチ、正しい立ち上がり方の習得が効果的です。
早めの対策で、高齢者本人にも介助者にも無理のない生活を続けていきましょう。