Xの内定、どうやってもらった? 選考の中身と面接官が食いついた意外なポイント
X(旧Twitter)の日本法人が2024年、初の本格的なエンジニア採用を開始したことは、テック業界で大きな話題を呼んだ。一体どんなエンジニアが、Xにジョインしたのだろうか?
今回、その一人であるiOSエンジニア・大渕雄生さんにインタビューする機会を得た。
彼は2016年に「アプリ甲子園」で優勝し、「U-22プログラミングコンテスト」で経済産業省商務情報政策局長賞を受賞。21年にはIPA主催の「未踏スーパークリエータ」認定、「孫正義育英財団」からの支援を受けて学生起業もするなど、輝かしい実績を持つ若き逸材だ。
これほどの経歴を前にすれば、「やはり凄腕でなければXのようなグローバルテックには入れないのか」との思いもよぎるが、果たして……。
彼の入社エントリーから、その答えを探ってみたい。
X Corp. Japan株式会社
iOSエンジニア
大渕雄生さん(@obuchi_yuki)
2015年、高校1年時に「アプリ甲子園」へ初出場し3位入賞。翌16年には、IoTツールを開発して再挑戦し、優勝。さらに同年、「U-22プログラミング・コンテスト」で経済産業省商務情報政策局長賞を受賞。その後、筑波大学に進学し、落合陽一研究室及び中井央研究室を経て東京大学大学院へ進学。AIとプログラミング言語に関する研究に取り組む傍ら、20年にはIPA主催の「未踏スーパークリエータ認定」21年には「未踏アドバンスト採択」に採択され、「未踏スーパークリエータ」に認定。「孫正義育英財団」からの支援も受け、学生起業家としてノーコードソフトウエアの開発に従事し、自身が代表を務める株式会社AZStudioを設立。25年4月より、X Corp. Japan株式会社に入社
「ひたすらプログラムを書いてればいい」が決め手に
ーー早速ですが、大渕さんはなぜXに応募しようと思ったのでしょうか?
きっかけは、24年の10月頃にX上で見た「Xがエンジニアチームのコアメンバーを日本で初めて募集する」というプロモーションでした。
「これは面白そう」と直感的に感じて、軽い気持ちで「応募してみようかな」ってポストしたらXの採用担当の方から直接お声がけいただいて。
もちろん、応募の決め手はそれだけではありません。イーロン・マスクによる買収で社内が大きく変化していると聞いていたので、そんなエキサイティングなタイミングでジョインできること自体に強い魅力を感じました。
また私自身、iOS開発をメインにしつつも、Web、バックエンド、AI、さらにはプログラミング言語自体の開発まで、幅広い技術領域に強い関心と経験があるので、それらをフルに活かせる環境だと思ったのも大きな理由の一つです。
ーー選考プロセスはどのような流れだったんですか?
選考プロセス自体は、一般的な外資系IT企業のスタイルと大きく変わらなかったと思います。1日に複数回の面接が組まれたり、実践的なコーディングテストがあったり、という感じですね。
ーーコーディングテストの難易度も高そうですね。
確かに、中には骨太な問題もありました(笑)
ただ、決して、一部の天才だけが解けるようなレベルのものではありません。日頃からアルゴリズムの基礎をしっかりと理解し、様々なパターンの問題に触れて思考の柔軟性や瞬発力を鍛えておくことができれば、十分に太刀打ちできるレベルだったと思います。
特別な対策が求められるというよりも、複雑な問題を論理的に分解し、粘り強く解決策を考え抜くという、エンジニアとしての基本的な地力が試されるものだったと感じています。一朝一夕の対策ではなく、継続的な学習と実践の積み重ねがやはり大切です。
逆に、私の場合、ハードルを感じたのは語学面ですかね……。英語があまり得意ではないので、面接までの期間はとにかく英語の勉強をしていました(笑)
ーーイーロン・マスクとの面接もあったりとか……?
いえ、イーロンとの面接はなかったですよ(笑) アメリカ本社の採用責任者とは話をしましたが。
面接で印象的だったのが、面接官が若い頃から開発に没頭してきたような方ばかりだったことです。選考全体を通して、終始、エンジニア仲間と技術談義に花を咲かせている感覚でしたね。
私が学生時代に開発したノーコードソフトウェアについて、「なぜそれを作ろうと思ったのか」「アーキテクチャのどこに一番こだわったのか」といった背景や思想を熱心に聞かれました。
他のビッグテックは分かりませんが、Xではプログラミングスキル以上にカルチャーフィット、つまり「プログラミングやものづくりへの情熱」といったマインド面を非常に重視している印象です。
ーー最終的にXへの入社を決めたポイントとは?
「開発に没頭できる環境がここにはある」と思えたことが、一番の決め手ですね。
というのも、面接官が「他の会社では書類仕事や会議に追われるかもしれないが、ここではただひたすらプログラムを書いていればいい。プログラミングが好きなエンジニアにとって、これ以上理想的な職場はないよ」と話していて。
私自身、学生時代は食事と入浴以外の時間はほぼ全てコーディングに費やすような、まさに「プログラミング漬け」の毎日を送っていた人間なので(笑)。自分の価値観と完全に一致すると強く感じました。
コーディングマニアにとっての「天国」
ーー入社後は、どんな業務を任されているのでしょうか?
Xにはいくつかのコア機能があるのですが、その中でも特に、日本のユーザー体験向上を目指した新機能の開発を担当しています。
その代表的な例が、最近アナウンスがあった新しい「漫画機能」です。
これは、X上で4コマ漫画などを読む際に、従来のようにコマごとにポストを移動する手間なく、スワイプ操作でスムーズに次のコマへと読み進められるようにするもので、まさに日本の漫画文化から生まれたアイデアです。
入社してからまだ日が浅いですが、既にこのような影響力のある開発にチャレンジできているなど、本当に刺激的な毎日を送っています。
ーーXといえば、その圧倒的な開発スピードがしばしば話題になりますよね。
私自身、入社3日目にとある機能の開発を、主担当でポンと任されたんです。
こんなに早く本格的なタスクを任されるとは思っていなかったので、少し戸惑いつつも、自分なりに集中して取り組み、なんとかその週のうちに形にすることができました。
まさに「爆速」という言葉がピッタリな環境です。
プルリクエストを作成して少し他の作業に集中して戻ってくると、もうレビューコメントが返ってきている、なんてことは日常茶飯事。開発のイテレーションが本当に速いですよ。
ーーそうしたカルチャーは、やはりイーロン・マスクによる改革の影響が関係しているのでしょうか?
Twitter時代も知っている同僚に話を聞く限りでは、やはりイーロンの影響が大きいのだと思います。意思決定が驚くほど迅速で、小さなミーティングで大きな機能の実装が次々と決まっていきますし、重要な意思決定がSlackのスタンプ一つで進むこともあるほどです。
また、新人の私でも「こんな機能はどうか」と提案を発信できるボトムアップな文化がしっかりと根付いているのも、スピード感につながっていると思いますね。
本国(アメリカ)との連携も非常にシームレスで、まるで国境を感じさせない一つの大きなチームの中、日米のエンジニアが文字通り混ざり合って開発を進めている感覚です。時差はもちろんありますが、それを除けば地域による垣根やコミュニケーションのロスはほとんど感じません。
ーーまさに「現場主義」が浸透しているのですね。
そうですね。例えば、私の上司もマネジメント業務と並行して、膨大な量のコードを自ら書いています。役職に関わらず、エンジニアリングそのものを非常に重視する文化というか……。「エンジニアはエンジニアリングに集中すればいい」というイーロンの思想が反映された結果なのかもしれません。
それこそ、最近リリースした「Xバグ報告・ご要望」というコミュニティー機能があるのですが、ここに寄せられたユーザーの声を、エンジニアが常にチェックしているんです。
X・バグ報告・ご要望 コミュニティーhttps://x.com/i/communities/1841382313667723737
重要なバグや改善要望に関しては即座に修正されたり、次の開発サイクルに組み込まれたりします。ユーザーからのフィードバックを受けて「このバグは私が対応します」とSlackで提案すると、上長のスタンプ一つで「Goサイン」が出て、すぐ修正に取り掛かるといった形です。
ーーそうした環境は、個々のエンジニアのスキルアップはもちろん、チーム全体の技術力の底上げにもつながりそうですね。
確かに、同僚エンジニアの技術レベルとレビューの質に驚かされることは多いです。
コードレビューの際には、私自身では到底気づけなかったような潜在的なバグや、より洗練された実装方法、あるいは考慮すべきエッジケースなどを的確に指摘してくれます。「一体どういう思考プロセスでこれに気付くのだろう……」と、その洞察力に感嘆することも多いです。
そうした経験豊富なエンジニアの方々と日々一緒に働き、多くのことを学べるのは、本当に幸運なことだと感じていますし、自身の成長にもつながっていると実感しています。
「開発そのものを楽しむ心」は、人間にしか持ち得ない
――改めて、ご自身がXに採用された理由を振り返ると、どのような点がポイントだったと思いますか?
まず前提として、現状のXはいわゆる一般的なビッグテックとは少し毛色が異なり、非常にスタートアップに近い状況です。その上で評価いただいた点を自己分析すると、「オールラウンダー」としてのスキルセットだと感じています。
私はiOSエンジニアとして応募しましたが、学生時代からWeb、バックエンド、セキュリティー、AI、さらにはプログラミング言語自体の開発まで、必要に応じて幅広く技術に触れてきました。
現在のXは非常に少数精鋭で開発を進めているため、「できるならこれもやってほしい」という場面が多く、こうした幅広い領域に対応できる点がフィットしたのかもしれません。
技術力という意味では、特定の技術に特化するだけでなく幅広い技術領域にアンテナを張り、迅速にキャッチアップできる「オールラウンド性」は、特にXのような変化の速い環境では強みになります。
ただ個人的には、今後エンジニアとして活躍していくためには、技術といったハード面のスキル以上に、ソフト面の素養が重要だと考えています。
――具体的には、どのような?
AI時代には、技術だけでなくビジネスの視点も持ち合わせ、「技術を使ってどのように課題を解決し、価値を生み出すか」を考えられるエンジニアが、ますます重要になると考えています。
そのためには、「これをやりたい」「こうすればもっと良くなるはずだ」という強い主体的な意志や好奇心、そしてそれを形にする情熱を示すことが何よりも大切です。
AI技術が急速に進展し、単純なコーディング作業はAIに代替される未来がすぐそこまで来ています。実際に、10年後には今の仕事の多くがAIに置き換わっているだろうという前提で、同僚ともよく話をします。
AIが書いたコードをリファクタリングしたり、AIが見つけられないような複雑なバグを発見したり、あるいはAIを駆使して全く新しい価値を創造したりと、人間の役割はより高度でクリエイティブな方向へとシフトしていくのかなと。
――AIの力を借りることで、より大きな成果を出せると。
ええ。それに現時点では、AIがどれだけ進化しても、新しいアイデアや改善案を生み出すこと、そして何よりも「開発そのものを楽しむ心」は、人間にしか持ち得ない部分だと感じています。
なので私自身は引き続き、Xでどっぷりとコーディングの海に浸かりながら、その時間を思いきり楽しんでいきたいです。エンジニアが目の前の開発やコーディングに夢中になって取り組むことこそが、ユーザーを驚かせたり、喜ばせたりする機能を生み出す原動力になりますから。
それが結果的に、ユーザーのためにも、会社のためにも、そして自分自身のためにもなる。そんな状態って、最高じゃないですか?(笑)
取材・文/今中康達(編集部)