ミュージカル『アニー』2025 開幕~“明日”を信じる希望に満ちた舞台【ゲネプロ レポート】
【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』第58回
ミュージカル『アニー』2025 開幕~“明日”を信じる希望に満ちた舞台【ゲネプロ レポート】
2025年の丸美屋食品ミュージカル『アニー』(主催・製作:日本テレビ放送網/協賛:丸美屋食品工業)が、4月19日(土)東京・新国立劇場 中劇場で開幕した。
日本テレビ主催のミュージカル『アニー』(初演1986年)は、今回で40年目を迎える。1933年大恐慌に直面するアメリカ合衆国を舞台に、11歳の孤児アニーが、どんな困難にも「明日はきっと良くなる」と希望を捨てずに前進する姿は、時代を超えた普遍性を持ち、辛い人生を生き抜く力を観客に与え続けてきた。今回40年目のアニーに選ばれたのは、丸山果里菜<チーム・バケツ>と、小野希子<チーム・モップ>の二人だ(Wキャスト)。ここでは、公演初日の前日に行なわれた、<チーム・バケツ>の公開ゲネプロ(総通し稽古)の模様をレポートする。
人は「アニー」と聞いて、何を連想するだろう。「赤地に白ふちどりのワンピース姿」だろうか。たしかに、アニーおなじみのアイコンはその姿だ。 その色合いは「サンタクロース」に由来している。というのも、アニーの物語とは、「大富豪ウォーバックスがクリスマス休暇に孤児を自宅に招く」ことが展開のきっかけとなる、「クリスマス」が舞台の話だからだ(とはいえ、孤児院の中にずっと閉じ込められてきたアニーや孤児たちは、クリスマスやサンタクロースといった外界の常識をよくわかっていない、という皮肉も描かれている)。
そしてもう一つ、「アニー」と聞いて多くの人が思い起こすのは……そう、名曲「♪Tomorrow」である。『アニー』を観劇したことはなくとも、この曲ならば誰もがどこかで聴いたことがあるはずだ。
■「♪Tomorrow」が照らす、“明日”の輪郭
孤児院に暮らす11歳の少女アニー(丸山果里菜)は、いつか両親に出会えると信じ続けている。「迎えに来ないなら、こっちから探しに行く」と脱走した果てに出会うのが、野良犬のサンディ(おこげ)。そのサンディに、そして自分にも言い聞かせるように歌うのが「♪Tomorrow」である。
「朝が来れば Tomorrow いいことがある Tomorrow」そう、“明日”はまだ誰も経験していない。ならばいっそ「いいことがある」と言い切ってもよいではないか。そんな、“明日”は必ず開けるという、確信にも近い気持ちを得られるのが丸山アニーの歌う「♪Tomorrow」だった。彼女の、歌詞に対するアプローチの素直さがそんな印象をもたらしたのだろう。同時に、この歌がなぜ愛され続けているのか、という理由も改めて理解できる。こんなにも元気づけられる歌詞に、こんなにも素敵なメロディが結びついて、まるごと心に染みわたるからに他ならないのだ。
■アニーが出会う、素敵な大人たち
アニーは決して優等生ではない。ずる賢い一面もあり、したたかだ。それは、長年耐え続けた者が持つ、生きる力である。
藤本隆宏が演じる大富豪ウォーバックスもまた、生きるため、お金持ちになるため、周りの者を切り捨てる生活を送ってきた。そこでアニーとの出会いである。思ったことをハキハキ言い、時にはファイトを仕掛けてきたり、ふてくされたり、大げさなウソ泣きをして、多忙なウォーバックスを翻弄するアニー。アメリカ合衆国大統領にも直電できる大富豪に、そんな振る舞いをする無礼者はこれまでいなかった。ウォーバックスは、戸惑い驚きながらもアニーに心を開いていく。
大の仲良しとなったアニーとウォーバックスは、どんなところにも一緒に行くようになる。ウォーバックス邸で働く人々も、初対面からクルクル回って「こんにちは~」とはしゃぐアニーのことを、一瞬で大好きになる。
2017年から2021年(2020年は全公演中止)、そして2023年、2024年、2025年とウォーバックス役を務める藤本。今回8回目の同役だが、アニーにティファニー特注のペンダントを渡すシーンでは、弱気になったり、渡す練習をしたりと、毎度毎度かわいらしい内面を覗かせる。しかしアニーは、これまで着けていた古いペンダントを高価な新品に付け替えることを泣いて拒絶する。その理由をアニーから告げられたウォーバックスは、両親に会いたいというアニーの希望を叶えるべく(大富豪のお金と権力を総動員して)協力する。アニーのためを思って自分の気持ちを押し殺し、強がってブランデーを一気飲みするウォーバックス。そんな、奥に潜む彼の優しさも、観る者を泣かせる。
ウォーバックスの秘書グレースを演じるのは、これが初役の愛原実花。グレースは、ウォーバックスの秘書として有能で、仕事のフォローのみならず、雇用主が弱気になれば喝を入れたりと、至って頼もしい。毅然としていてカッコよく、アニーのこともその強さで包み込む。が、いつもどこか可笑しいところがある……山田和也演出名物のジェスチャーシーンの終わりなど、断末魔のような声を漏らす愛原グレースには、客席のキッズも大笑いしていた。
■ダンスで魅せる三悪!
『アニー』の“三悪”と呼ばれているのが、ハニガン、ルースター、リリーだ。
孤児たちに厳しくあたる上に、ルースター&リリーと結託して、ウォーバックスやアニーを騙そうとするハニガン。そんな敵役を前回から引き続き演じているのが須藤理彩だ。彼女の悪役ぶりは、イジワルさや声の低さにおいて、怖さに磨きがかかっている。それでいて「お、お、男をちょうだい~(ちょうだい~ ちょうだい~)」というセルフ山びこを発したり、大嫌いなアニーを孤児院に連れ戻した男性警官に優しさアピール全開で「助かりましたワァ~~~~」とウソ泣きしたり、アニーがウォーバックス邸の養子になる話を聞くと、孤児院の廊下(客席からは見えない)で赤ちゃんのように大泣きしたりと、喜劇的才能の宝庫ぶりをこれでもかと見せつけてくる。
赤名竜乃介が演じるハニガンの弟・ルースターと、浜崎香帆が演じるルースターの恋人・リリー。お互いをつつき合ってイチャイチャぶりを見せつけたかと思えば、へなちょこなルースターに「役立たずーーーーッ!」と憎々しさいっぱいに罵るリリー。一方、リリーとハニガンは出会うなり犬猿の仲で、ハニガンに「バカホテル」と言われたリリーが大口でパクパクと金魚状態になってしまう様が絶妙。だが、「♪Easy Street」を歌い出すや一転、3人は息を合わせて、ダイナミックなダンスで魅せる。この、「ザ・ミュージカル」的な切り替えが大好き!
■子どもたちから溢れまくるエネルギー
ひもじい思いをしながら、ハニガンからの理不尽な攻撃に耐える孤児たち。しかし、一致団結してハニガンにぶつかりに行き、イタズラ(というべきか何なのか)を仕掛けるなど、ヤンチャ者である。キーの高い甘えんぼ声でハニガンの理不尽さを茶化す幼児モリー(大草愛咲)、何かと豪胆なケイト(門前りりか)、いつも絶望がたえないテシー(飯田音桜)、そっけないながらもお人よしが垣間見えるペパー(木村律花)、弱きを見捨てぬ強さを持つジュライ(細川優月)。孤児たちの最年長のダフィ(吉岡風帆)は生命力がありすぎて、その躍動は、カメラに捉えきれない場面(ペパーとの枕での殴り合い、ハニガンへの体当たり、等)も多々! 筆者の撮った写真はどれもシャッタースピードが追いつかず、ただ風が写るばかりであった。
この回では客席で観劇していた<チーム・モップ>のキャスト陣(アニー役:小野希子、モリー役:戸川稀琴、ケイト役:本間彩心、テシー役:ジ ヤシホ、ペパー役:吉田璃杏、ジュライ役:原ののか、ダフィ役:木村友泉)だったが、幕間の休憩時間中にはロビーで元気いっぱいに身体を動かし続ける姿を筆者は見逃さなかった(前日は長丁場の舞台稽古、当日はゲネプロを終えたばかりだというのに!)。その有り余るエネルギーが役柄としてどう昇華されるのか。本番を観るのが楽しみでならない。
そして、ミュージカル『アニー』は、アニー、孤児たちのほか、ダンスキッズも活躍を見せる。最たる見せ場は、ビッグナンバー「♪N.Y.C.」。<チーム・バケツ>のダンスキッズは、石城梛央、後藤久瑠実、齊藤瑠莉、仲山湊大、本田梨々亜、湯本莉子。エレガントでファンタスティック、クールでロマンチック。手拍子が起こるシーンは迫力満点。<チーム・モップ>のダンスキッズ(井本依茉、海老名向陽、小足結椛、中島葉月、浜本ゆら、藤田緋万里)も絶対カッコいいよね!と期待値MAXである。
■アニー愛が生んだ手話通訳公演
『アニー』40年目の2025年における新しい試みといえば、舞台手話通訳付き公演が実現することだろう。対象は4月24日(木)12時公演と、4月27日(日)16時30分公演の二回。通訳を務めるのは田中結夏(となりのきのこ)。田中は開幕前の「♪Overture」から舞台下手(客席向かって左側)に立ち、コンダクター福田光太郎の指揮棒に合わせて頷いたり、足踏みをしたりなど、ミュージカルならではの音楽性を尊重した手話通訳に努めていた。ハニガンの聴くラジオドラマ『ヘレン・トレント』が流れるシーンでは、放送されているソープオペラの内容を訳していることも伝わってきた。
田中は、『アニー』が大好きで、自ら日本テレビ宛に手話通訳公演の実現に向けた手紙を送ったという(「となりのきのこ」HP https://tonarino-kinoko.com/2025/01/29/ より)。その積極性はまるで、「両親が迎えに来てくれないなら、自分が探しに行く」と、自ら孤児院を飛び出したアニーのようだ!
ちなみに、脱走者アニーの流れ着いた先は、ルーズベルト(SPICE連載での表記は“ローズベルト”)のひとつ前のアメリカ合衆国大統領、ハーバート・フーバーの時代に発生した大恐慌によって仕事や家を失った人々が集まっていたニューヨークの貧民街。そここそはフーバー大統領の失政への皮肉をこめて「HooverVille(フーバービル)」と呼ばれた場所。そのまま同じ名で『アニー』のミュージカル・ナンバーにもなった。
その訳詞を担当したのは土器屋利行だが(※同曲は2001年~2016年の上演ではカットされていたが、2017年に復活した際、土器屋が訳詞を担当した)、彼は先頃上演されたミュージカル『SIX』日本キャスト版の翻訳・訳詞も手掛けていた。その同じ公演で、躍動感あふれる手話表現で観客を魅了したのが他ならぬ田中結夏だった。なお、『アニー』『SIX』とも手話監修は江副悟史(株式会社エンタメロード)が務めている。
「♪HooverVille」の土器屋の訳詞は、家とも呼べぬボロ家に住み、物乞いや盗みで一日をしのぐフーバービルのリアルを映し出す。「あの時の選挙であなた(フーバー)を選んだ、その代償を今、払わなきゃ」「食べるものどころか、鍋さえないよ」という歌詞は、フーバーが大統領選の際に打ち出した有名な公約「あらゆる鍋に1羽のチキンと、あらゆるガレージに2台の車(A chicken in every pot and two cars in every garage)」に対する嫌味なアンサーとなっている。
フーバービルの住人は、なけなしのスープを分けてアニーを温め、お返しのようにアニーから励まされ、元気を出す。貧しきものたちの、プラスの連鎖が清々しい。そしてフーバービルの住人は、アニーのことを“希望”と評する。そう、アニーは私たちの背中を押してくれる現在進行形の“希望”なのだ。
この場面でリンゴ売りを演じ、第二幕ではルーズベルト(ローズベルト)大統領を演じるのが森田浩平。1987年に日本テレビ主催『アニー』にて大人アンサンブルで出演しており、2022年に浅草で上演されたミュージカル『春のめざめ』では、栗原沙也加(2007年アニー役)、中原櫻乃(2010年アニー役)とも共演している。
大人アンサンブルキャストは、鹿志村篤臣、後藤光葵、後藤裕磨、望月 凜、八百亮輔、矢部貴将、AYAKA、岩矢紗季、江崎里紗、近藤萌音。鹿志村篤臣・矢部貴将は、2001年からずっと『アニー』の舞台を支えるベテランだ。
2025年の『アニー』は、とにかくメリハリが利いていて、まったく長さを感じさせない(第一幕は80分との告示だが、テンポよく進み、ゲネプロは73分だった)。光と影、うるささと静かさ、大げさなウソ泣きと大笑い、重さと軽さ、そのメリハリが見事である。全キャストが一丸となって、『アニー』の魅力をあらためて引き出してくれた。
■失ったものではなく、“明日”を信じる力
初演から40年目。けれども『アニー』の舞台の魅力は、決して“懐かしさ”ではない。“明日”を信じるアニーの姿勢そのものが、この作品の原動力であり続けているから、そして毎年とどまることなく進化し続けているからだ。
1986年、『アニー』は、「日本テレビの良心」として世に送り出された。この40年、日本や世界では災害や悲しい出来事、不況など、さまざまな困難が続いてきた。新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年は全公演が中止、2021年も新国立劇場での公演は初日のみで幕を閉じるなど、舞台に立つことすら叶わない時期もあった。「40周年」ではなく「40年目」という表現なのは、この中止期間があったからである。
それでも『アニー』は、どんな時代でも“明日”を信じ続け、多くの人々に希望を届けてきた。「どんなに暗くても、明日はきっと来る」というストレートなメッセージ、信じることをあきらめないアニーの姿は、これからも明日を照らしてくれるだろう
1986年の初演から観劇している筆者だが、『アニー』という作品の楽しさ、愛おしさに溢れたゲネプロだった。純粋に、率直に、大好きだ。その気持ちを毎年更新させてくれる、そんな『アニー』の魅力を客席で受け止められたことが、ただただ幸せだった。
取材・文=ヨコウチ会長
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