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石井聰互監督作品「逆噴射家族」音楽を手がけたのはルースターズの別ユニット “1984”

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1984年06月23日 映画「逆噴射家族」劇場公開日

連載【ディスカバー日本映画・昭和の隠れた名作を再発見】vol.9 -「逆噴射家族」

石井聰互が手がけた怪作「逆噴射家族」


前回の『風の歌を聴け』を紹介する記事では、ATG配給作品をはじめとするインディペンデント製作のマイナーな日本映画が、1980年代の地方ではなかなかお目にかかれなかったことを書かせていただいた。今回紹介する『逆噴射家族』もATG作品だが、これは幸運にも、まだ田舎に暮らしていた頃に観ることができた。経緯は後に話すとして、さっそくこの怪作についてふれていこう。

『狂い咲きサンダーロード』『爆裂都市 BURST CITY』と、狂気が爆走するロックンロールムービーを連打し、当時ボンクラ学生だった筆者を喜ばせた石井聰互(現:石井岳龍)監督が、次なる作品として手がけた『逆噴射家族』。制作に『太陽を盗んだ男』の監督、長谷川和彦が名を連ね、原案・脚本にはなんと小林よしのりの名が。漫画『東大一直線』のアナーキーな笑いが好きだったので、これはうずいた。“ゴーマニズムを宣言” する何年も前のことだ。

もうひとつ、気になったのがタイトルの “逆噴射” という単語。1982年に起きた航空機事故から生まれた流行語。精神的な問題を抱えていた機長が着陸前にエンジンを逆噴射させたことから起こった事故で、当時ニュースではこの単語をよく耳にした。ちなみに、この事故では24名の乗客が亡くなられており、現代ではタイトルにこの単語を付けるのは不謹慎と思われるかもしれない。しかし、昭和の時代はまだ大らかであり、また映画の制作が始まったころには、この単語は完全にひとり歩きしていた。

平和であるべきマイホームは殺し合いの戦場に


ざっとストーリーを追ってみよう。4人家族が郊外の住宅地に引っ越してくる。狭い団地の部屋から抜け出して、念願のマイホーム。家長の会社員、勝国は、これで妻や浪人生の息子、中学生の娘との家族の関係が良くなると信じていた。というのも、彼の目には窮屈な団地暮らしによって妻子が精神的な “病気” に冒されているように見えていたから。社交的な妻は悪ノリする癖があり、息子は東大以外に進路はないと決め込んで受験勉強に熱中、娘はアイドルと女子プロレスラーを目指して能天気な自主練を積み重ねている。

ところがそこに、勝国の父が転がり込んできたことから問題が起こる。3LDKのマイホームは5人で暮らすには少々手狭で、家族内にジワジワとストレスが…。勝国は家族の平和を守ろうと、みずから床下に穴を掘り、祖父が暮らせる地下室を作ることを決意。しかし、当然ながら素人仕事はうまくいかず、家族の溝は深まるばかり。行き詰まったあげく、勝国は一家心中を迫るが、そこでそれぞれの本音が爆発し、平和であるべきマイホームは殺し合いの戦場と化してしまう…。

マイホームを破壊しまくるクライマックス


筆者がこの映画を初めて観たのは、高校3年のとき、レンタルビデオで。レンタル1本の料金が1,000円くらいした頃で、ビデオデッキの普及率もまだ高くはない。が、筆者が所属していた放送部の部室には、映像番組制作用のVHSデッキがあった。というわけで、借りてきて放課後に友人たちと観たのだが、そういうワイワイとした環境もあって一同爆笑の連続。この家族、皆が皆ぶっ飛んでいるのだが、とりわけ、受験勉強中の息子が眠気覚ましにキリで太ももを刺す描写は異常過ぎて笑った。いや、3年生の我々も受験生だし、笑っている場合ではなかったのだが…。

大学に進学し、VHSデッキを手に入れてから、改めてこの映画をひとりでじっくり観直すと、最初には気づかなかったことが見えてくる。この家族、誰もがぶっ飛んでいるが、そんなに異常ではない、ということ。太ももを刺す自傷はやり過ぎとしても、クセが強かったりこだわりがあり過ぎたりする程度。しかし、勝国の目にはそうは写っていなかった。結果的に、もっとも異常に見えてくるのが当の勝国である。

なにしろ勝国は、真面目に働き、良き夫・良き父であろうとして頑張ってきた男。妻や子どもたちにも健全で理想的な家族になって欲しいと願っている。しかし、テレビのホームドラマで頻繁に描かれる和やかで温かい光景は、実際にはそうそうあることではない。現実は淡々とした時間の積み重ねで、人はその流れの中で好きなこと、やりたいことへと向かっていく。それに気づかず、みずからの理想を家人に押しつけようとしたために、勝国の行動は暴走、さらにいえば逆噴射へといたる。そんな勝国の妄執の象徴が “マイホーム” だった。

このマイホームを破壊しまくるクライマックスのバトルはクレイジーとしかいいようがない。勝国は電動ドリル、妻は台所用品、息子は金属バットを振り回して大暴れ。“頭カチ割ればキチ〇イも直るねかね” というケンカ言葉も家庭内で交わされるものとは思えないし、何よりこのままテレビ放映はできないだろう。『狂い咲きサンダーロード』『爆裂都市 BURST CITY』にも通じる狂気のブレイクスルー。

劇伴は「爆裂都市 BURST CITY」の音楽制作のために結成した1984


主演の小林克也をはじめ、植木等や倍賞美津子、工藤夕貴(当時13歳!)らの怪演は観て驚いていただくとして、ここでは音楽について触れておきたい。劇伴を手がけた1984は、ルースターズの音楽プロデューサーだった柏木省三が『爆裂都市 BURST CITY』の音楽制作のために結成したユニット。ユニットといってもメンバーは流動的で、2024年に刊行されたルースターズのインタビュー本『ルースターズの時代 THE ROOSTERS AND THE ROOSTERZ』によると、『逆噴射家族』の音楽は下山淳と安藤広一がふたりで手がけたという。

下山のギターと安藤のシンセサイザーに加え、リズムマシン。その音は場面によってはファンキーに鳴り、クライマックスでは当然、騒々しく響く。中でも印象的なのはラストで繰り返されるシンセのリフ。ルースターズの有名曲のひとつ「I'm Swayin' In The Air」で安藤が弾いていた、鐘の音のようなシンセの美しいフレーズを連想させずにおかない。ちなみに映画公開時にリリースされた、植木等と小林克也によるイメージソング「逆噴射・家族借景」のバックの演奏も1984だが、劇中ではタイトルが出たときに歌詞を消した状態で一瞬フィーチャーされるのみ。面白い曲だけに、ちょっともったいない気もする。

今改めて観直しても、改めてすごい映画だと思わずにいられない『逆噴射家族』。筆者は幸い、家族に対して逆噴射することなく初老を迎えたが、それはこの映画を何度も観直したおかけで教訓が染みついたから… ということにしておこう。

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