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#3 実は誰しももっている、4つの「心理機能」──河合俊雄さんと読む『河合隼雄』【NHK別冊100分de名著】

NHK出版デジタルマガジン

#3 実は誰しももっている、4つの「心理機能」──河合俊雄さんと読む『河合隼雄』【NHK別冊100分de名著】

河合俊雄さんが伝える、河合隼雄の心理学 #3

日本人として初めてユング派分析家の資格を取得し、箱庭療法をはじめとする心理療法を取り入れた臨床心理学者・河合隼雄は、半生をかけて人々の悩みに寄り添い、「こころの問題」と向き合い続けました。

『別冊NHK100分de名著 集中講義 河合隼雄 こころの深層を探る』では、同じ心理学の道を歩む河合俊雄さんが、師であり、父である河合隼雄の著作をやさしく読み解き、その思索の歩みをたどりながら、日本人の心の奥深くに迫っていきます。

全国の書店とNHK出版ECサイトで2025年10月まで開催中の「100分de名著」フェアを記念して、『ユング心理学入門』を取り上げた本書の第1講を公開します。(第3回/全5回)

あなたは思考型、それとも感情型?

 外向型か内向型かという基本的な「態度」とは別に、人間には四つの「心理機能」が備わっているとユングは考えていました。それが「思考」「感情」「感覚」「直観」です。

 例えば灰皿を目にした時に、それが陶器で、割れやすいという属性をもつことなどについて考えるのが「思考」機能。その灰皿の美しさに感嘆したり、逆にこれは自分の好みではないと判断したりするのが「感情」機能です。「感覚」は、灰皿の色やデザインを〝的確に〟つかむ機能。「直観」とは、灰皿を見た途端に灰皿そのものとは関係のない、幾何学的な問題の解答がひらめくというような機能をいいます。

 フルート演奏を趣味としていた河合隼雄は、音楽を聞いた時の反応でもタイプの違いがわかるといいます。曰く、音楽鑑賞中に音や楽曲の構成に注目するのは思考機能が強い人。感情機能が強い人は音楽が醸し出す感じに酔いしれ、音楽よりも優れた再生装置によるよい音など音そのものを愛するのが感覚機能の強い人。直観機能が強いと、音楽の背後にある不可解な何かに心を躍らせる──と書いています。

 このうち思考と感情、感覚と直観はそれぞれ対立関係にあり、ユングは思考と感情を「合理機能」、感覚と直観は、理性の枠外にある(生理的刺激を知覚に仲介する)という意味で「非合理機能」と呼んでいます。合理機能が強い人は、辻褄の合わないことが苦手であったり、あるいは好き嫌いが先にたって現実をありのままに認識することが難しく、逆に非合理機能が強い人は、「これはこういうものなのだ」と、すんなり受け入れてしまう傾向があります。

 ユングは、四つの心理機能に外向・内向の基本的態度を掛け合わせ、「外向的思考型」「内向的思考型」……というふうに八つのタイプに類型できるとしています。それぞれの特徴について、河合隼雄が描写している箇所を抜粋して紹介しましょう。

 外向的思考型のひとは、自分の生活を知性の与える結論に従わせようと努めている。(略)新しい独創的な考えよりも、一般に受け入れられる考えの図式を作り上げ、例外を許さぬ態度によって、これを守ろうとする。

 内向的思考型のひとは、新しい「事実」についての知識よりは、新しい「見解」を見出すことを得意とする。(略)ごく親しい、よく理解してくれるひとに対しては、その考えの深さは尊敬の的となったり、強い感化を及ぼすことにもなるが、一般には、このようなひとは良い教師にはなりがたい。

 外向的感情型のひとは、自分の気持ちに従ってそのまま生きているが、それは環境の要求するところと非常によく一致しているので、スムースに行動してゆくことができる。(略)一般に、思考型は男性に多く、感情型は女性に多いとユングはいっているが、このような外向的感情型の女性は、パーティには欠かせないひとである。

 内向的感情型のひとには、「静かな水は深い」という言葉がいちばんぴったりであると、ユングはいう。(略)友人の新調の服を、すばらしい、よく似合うと皆で楽しく語っているとき、それが少しもすばらしくないことを(困ったことに、その判断は正しいときが多い)感じてしまい、何といっていいのかわからなくなったりする。

 外向的感覚型のひとは、まさにリアリストそのものである。(略)あちこちの料理店の場所や味をよく覚えて、仲間で飲みに行こうというときは、適当な場所に連れてゆき、愉快に楽しむことのできるひとである。

 内向的感覚型のひとは、内向的直観型のひとと共に、現在という時代においては外界への適応に非常な困難を感じているひとと思われる。(略)皆が美しい花畑と見るものが、このひとには恐ろしい燃え上がる火に見え、小さい一つの目の中に、広い海の深淵をのぞいたりする。

 外向的直観型のひとは、外的な物に対して、すべてのひとが認めている現実の価値ではなく、可能性を求めて行動する。よい思いつきで特許をとろうとするひと、相場、仲買、あるいは対人関係においては、隠されている情事を嗅ぎつけたり、未完の大器を掘り出したりすることに情熱を傾けるひとなどがある。

 内向的直観型のひとも理解されがたく、外界に適応しがたいひとである。自分の内界のなかに可能性を求めて、心像の世界を歩きまわっているひとが、それを他人に伝えるのに困難を感じるのも、もっともなことである。(略)この型のひとが、自分の得たものを外に表現する手段を見つけた場合(思考や感情を補助として使用する場合が多いが)、独創的な芸術家、思想家、宗教家などとして、輝かしい成功をおさめる。

 こうした描写には著者の人間観察力がいかんなく発揮されています。ユングの考えを正しく伝えることを大前提としつつも、楽しんで書いていたのではないでしょうか。

心理機能の相補性

 ともあれ、日常においては、こうした様々なタイプの人間が縦横に関わりをもつことになります。自分と似たタイプ、あるいはまったく異なるタイプに対して人はどのように反応するのか。人間関係の中でタイプを論じている箇所にも、学術書らしからぬ妙味があります。

 自分と型の異なるひとを理解することはまったく困難であることをユングは強調する。われわれは自分と反対の型のひとを不当に低く評価したり、誤解したりすることが多い。(略)ところが、ユングも指摘しているように、実際には、自分の反対の型のひとを恋人や友人に選ぶ傾向も強いのである。これを簡単に述べると、自分と同型のひとに対しては深い理解を、反対型のひとに対しては抗しがたい魅力を感じて結ばれるといってよいだろう。

 大切なのは、外向・内向の基本的態度と同様に、四つの心理機能にも相補性があるということです。強く現れているものが主機能で、その反対が劣等機能。そこに残る二つが補助機能として加わります。例えば、「思考」を主機能としてもつ人は、これと対立関係にある「感情」が劣等機能として無意識下に沈み、「感覚」と「直観」を補助機能として働かせているということです。だからユングのタイプ論は、意識的な態度や機能の分類だけでなく、自分のタイプと逆のものが無意識に存在することを考慮しているのです。

 補助機能も劣等機能も、十分に活性化されていないだけで、誰しも四つの機能をもっているとユングは主張します。「あなたはこういうタイプの人だ」とレッテルを貼るために区別・分類したのではなく、無意識の中に沈んでいると思われる機能を開発し、発展させていくことが大事だといっているのです。

 個人はその主機能をまず頼りとし、補助機能を助けとしつつ、その開発を通じて、劣等機能をも徐々に発展させてゆくのである。このような過程を、ユングは個性化の過程(individuation process)と呼び、人格発展の筋道として、その研究をし、心理療法場面においても人格発展の指標として用いた。

 河合隼雄は、この「個性化の過程」を具現した、まさに好例だと思います。数学教師となった合理主義者の彼は、生徒たちの悩みに答えるという必然から人間の心に関心をもち、それまで毛嫌いしていた文学や“曖昧で日本的なもの”についての造詣を深めていきました。眠っていた劣等機能を、半生をかけて発展させていったのです。

 彼は、劣等機能の働きを「正面から取り上げて生きてゆくことに心がけると、少しずつではあるが発展の道を歩むことができるだろう」と記しています。しかし、必然性がない時に無理にこれを発展させようとするのは、あまり得策ではないと思われます。なぜなら、個性化の過程は非常に大きな苦痛と犠牲を伴うものだからです。死にもの狂いで取り組まなければ、表層的な小手先の改変に終わってしまう可能性もあります。

 幸か不幸か、人生には無意識の劣等機能について考えざるを得ない場面がたくさんあります。思わぬ異動や新しい仕事、家族や友人との不和、よい意味でも悪い意味でも新しい人との出会い。こうした出来事と向き合い、乗り越えていくためにも、自分の中に“知らない自分”や眠っている心の機能があることを理解しておくことは大切だと思います。

 そこで挫けたり、劣等機能の暴走が症状として現れて悩んだりしている人のためにあるのが心理療法です。「今は困っていてつらいけれど、これは逆にチャンスなのだ」と思うことができれば、それは解決への道を照らす一条の光となります。

■『別冊NHK100分de名著 集中講義 河合隼雄 こころの深層を探る』(河合俊雄 著)より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビは権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。

著者

河合俊雄(かわい・としお)
1957年、奈良県生まれ。臨床心理学者、ユング派分析家。京都大学大学院教育学研究科修士課程修了。チューリッヒ大学にて博士号取得。心理療法家としてスイス・ルガーノのクリニックに2年間勤め、帰国後、京都大学大学院教育学研究科教授等を経て2007年より京都大学こころの未来研究センター教授。2018年4月より同センター長を務める。IAAP(国際分析心理学会)会長。おもな著書に『概念の心理療法』(日本評論社)、『ユング派心理療法』『心理療法家がみた日本のこころ』(ともにミネルヴァ書房)、『村上春樹の「物語」』(新潮社)、『心理臨床の理論』(岩波書店)などがある。
※全て刊行時の情報です。

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