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長野県塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」。イノベーションによる市民の自己実現が、移住促進へ

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移住・二拠点居住に先進的に取り組む塩尻市

新宿駅から特急あずさで3時間足らずで到着する、長野県塩尻市。国土交通省による「先導的な移住・二地域居住を促進するための取組を行う主体」(2024年度)への支援先に選ばれた。

塩尻市にあるシビック・イノベーション拠点「スナバ」は、2018年に設立してからなんと延べ約70名もの移住者を呼び込んでいるという。

スナバでは、シビック・イノベーションを「市民の、市民による、市民のためのイノベーション」と定義する。企業や起業家、大学生、生活者、行政など、地域に関わるすべての人を「市民」と捉えて、地域で行動を起こす人を増やす取り組みをしている。

スナバは、駅から徒歩10分と程近く通いやすい。中に入ると、輪になってディスカッションをしている人たちがいたり、コーヒーを飲みながら仕事をしている人がいたり。カラフルでアットホームな空気のなか、コワーキング利用者でにぎわっていた。

スナバとはどのような拠点なのだろうか? スナバの立ち上げに関わった一般財団法人塩尻市振興公社の(※取材時)三枝大祐さんと、塩尻市役所 企画課の上間匠さんに話を伺った。

シビック・イノベーション拠点「スナバ」
スナバを立ち上げた三枝さん。現在は、ぶどうが原料のクラフトビール「ナイアガラホップ」を造る株式会社たのめ企画にも携わる

移住者が増えていると書いたが、スナバを立ち上げた一人である三枝さんもまた、移住者のひとりだ。

福岡県出身の三枝さんは、新卒で大手メーカーに勤めていた。転勤で赴任した広島県で、広島のさまざまな地域、分野で活躍する個性豊かな人たちを「先生」に、まちや地域のことを学ぶ場「ひろしまジン大学」というプロジェクトにボランティアとして参画。

ヒト・モノ・コトをつなぎ、授業づくりを行っていたところ、「自分のやりたいことはこれかもしれない」と気づいたという。

「地域に関わったのはひろしまジン大学が初めてで、広島のことや人を知れば知るほど、地域を好きになりました。そういうプロセスがすごく楽しいなと思って。歴史や気候、人によって紡がれてきたいまある光景を紐解いていくというのは、自分の興味関心事だと感じるようになり、『興味関心の延長線上みたいな仕事をしていきたい』と考え始めました」(三枝さん)

そこから公務員試験の勉強をし、晴れて合格。奥さんとつながりのあった長野県に通っている間に、豊かな自然環境を子育ての場として魅力に感じ、仲のよい知人もいたことから、塩尻市役所へ入職することに。市長が適性を考えて、当時新設された「地方創生推進課」に配属されることになった。

企業と行政の連携「MICHIKARA」と市民活動を支援する「えんぱーく」

三枝さんが市役所に入った際、首都圏の大手企業と連携して地域課題を解決する地方創生協働リーダーシッププログラム「MICHIKARA」が行われていた。民間企業の社員が塩尻市でフィールドワークや施策提言を行い、実効性があると判断されたら予算化し実行していくという市の事業だ。2015年から始まり、三枝さんが市役所に入った2017年には3期目となっていた。グッドデザイン賞を受賞し、官民連携のオープンイノベーション文脈で評価されていたという「MICHIKARA」。市役所が民間企業の動き方をわかるようになり、協働が進みやすくなる土壌が育まれたのではと三枝さんは評する。

市役所の発想力や風通し、機動力を高める種となっていたものの、三枝さんは、市役所の課題に限らず、市民の誰もが新しくアイデアを生み出したり、事業をつくったりできる仕組みにしていけばいいのではと考えた。

「MICHIKARAは市役所が抱える課題が題材になってしまう部分があるなと思いました。かつ、年に1回のプログラムだったので、もったいないと。仕組みはすごくいいし、イノベーションという概念ってめちゃくちゃいいなと思いつつ、そうしたところを課題に感じました。民間企業だけじゃなくて、いろんな市民が集まって相談したり、支援ができる。しかもそれが恒常的に起きるような場をつくっていけると、市役所の中だけじゃなく、生活者レベルで行動する人が出てくるんじゃないかと。そこを着想としてスナバの原型ができたという感じですね」(三枝さん)

塩尻市役所 企画課の上間匠さんも実は移住者。出身は沖縄だという

民間企業とのイノベーション「MICHIKARA」が行われる傍ら、市民団体によるまちづくりの動きもあったと話す上間さん。市の第4次総合計画において「協働」が強く盛り込まれていたなかで、市民交流センター「えんぱーく」が建設され、市民活動を支援する取り組みが始まっていたという。「えんぱーく」の活動は、個人単位で広がってきてはいたものの、ビジネス性を取り入れてどう事業をつくっていくかという点を課題に感じていた。

「個人の市民活動として広がってはいたんですが、持続性も含めてどう事業をつくるかっていうところに課題を感じていました。そういったところに、MICHIKARAで大きな企業さんによって行われていた、ビジネスの視点を用いた事業づくりが必要だったんです」(上間さん)

市民にも門戸を広げていきたい「MICHIKARA」と、個人や団体の公益的取り組みにビジネススキームを取り入れて持続的にしていきたい「えんぱーく」。それぞれ良さを組み合わせていくという着想で、シビック・イノベーションを促進する「スナバ」の構想が立ち上がった。

コワーキング・アクセラレータ・ラボ。3つの軸で誰もが「安心してトライと失敗できる場」を

大きさの異なる円を重ね合わせにランダムに重ね合わせ、ランダムに直線が引かれたカラフルなスナバのロゴには、多様性やアイデアが混ざりあって新たなものを生み出すという意味も込められているという

市民や商工会議所、さらにはイノベーションを市内で起こしてきた人まで、さまざまなステークホルダーに話を聞いて浮き彫りになってきたのが、一般市民が挑戦のハードルを高く感じていることだった。それまで塩尻市でイノベーションを起こしてきた人たちに他の人が圧倒されてしまったり、コミュニティの近い関係性だからこそ、人からの見られ方を気にして行動に移せないなど、地域特有の課題を具体的な声から丁寧に拾っていった。

そうした課題を踏まえて生み出された方向性が「安心してトライと失敗ができる場」であった。「スナバ」という特徴的な名前も、ここからきているという。

「公園の砂場って、友達もいれは友達じゃない子もいますよね。でも、砂場の中だと友達じゃない子でも仲良くなったり、仲良くなった子と一緒に何かを作ったりするじゃないですか。工夫してみたり、ちょっと間違って失敗しちゃっても、また新しく作り直せる。地域にそういった場をわれわれはつくっていきたかったんです。知らない人同士でも、何か一緒に協働・共創ができて、何よりも安心してチャレンジができる、失敗もできる。そういった砂場のような場を目指して『スナバ』という象徴的なネーミングになりました」(三枝さん)

スナバのコワーキングスペース。カラフルで開けた空間となっており、奥にはキッチンもある

こうして生まれたシビック・イノベーション拠点スナバは、「生きたいまちを、共に創る」をビジョンに、人・事業・場をつくっている。
主に、「コワーキング」の運営、スタートアップや起業家をサポートする「アクセラレータ」、シビック・イノベーションにまつわる知識・情報を研究する「シビックイノベーションラボ」の3つの事業を通じて、シビック・イノベーションを生み出している。

コワーキングは、2025年3月時点での登録者数が97名。30代から40代を中心に、幅広い年齢層の市民が活用している。子どもが遊べるキッズスペースも設けられているため、働くパパやママにとっても利用しやすそうだ。作業ができるデスクや会議室だけでなく、キッチンも備え付けられている。単なる作業場ではなく、コミュニティとしての機能が特徴であるコワーキングスペース。取材に行った日も、それぞれが黙々と作業をするというより、利用者同士で気持ちのよいコミュニケーションがとられており、「ここに来れば誰かに会える」といった部分に価値を感じて来られる方が多いのだろう。こうした土壌が、イノベーションを育んでいるのかもしれない。

シビック・イノベーションのコアとなるのが「アクセラレータ」だ。下記の4つのプラグラムを実施している。

・実践型起業家プログラム「スナバ・ビジネスモデル・ブートキャンプ(SBB)」
・高校生起業家教育プログラム「エヌイチ道場」
・地域型インパクト投資プログラム「DIVE」
・企業向け コーポレートプログラム

起業段階や事業成長段階など、起業家のフェーズに合わせた伴走をしているだけでなく、高校生や企業など、さまざまな人に向けたプログラムを用意しているのが特徴的だ。高校生に向けた「エヌイチ道場」は、進路にも影響を及ぼしているという。進学校、専門学校など、通っている高校で進路がある程度偏ってしまいがちだが、エヌイチ道場に参加した高校生は、自分で思い描いた未来を実現できるということをプログラムを通じて経験することで、海外の大学に行ったり、専門性を深める進路に進んだりと、自分の未来をバイアスに縛られることなく未来をつかみにいっているそうだ。

ラボでは、シビック・イノベーションの中心地として、事例の研究やカンファレンスなどを行う。2024年度には、国土交通省の「移住等の促進に向けた実証調査」事業へ採択。スナバがどのように移住や二地域居住に寄与したのか、調査事業が行われた。

調査の報告資料はこちらから見ることができる。
https://www.mlit.go.jp/2chiiki_pf/files/250225_document04.pdf

スナバのコワーキングには、キッズスペースも

スナバでは、どのようなイノベーションが起こっているのか

「ハタケホットケ」立ち上げのみなさん。真ん中が日吉さん(画像:ハタケホットケHPより)

「スナバ・ビジネスモデル・ブートキャンプ(SBB)」から生まれた事業のひとつに「ハタケホットケ」がある。

これは農業をロボティクスの力を活用して進めていく事業だ。田んぼを自動制御で走り、ブラシで除草する水田除草ロボット「ミズ二ゴール」や畦の草刈りロボ「シバカレール」など、キャッチーなネーミングのロボが、一般的な農法より手のかかる有機農業をサポートする。
この事業の面白いところは、ロボティクスの出荷先の米を買い取り、流通させる事業までも行っていることだ。有機農業で費用や手間暇をかけて作った農産物が、適正な価格で流通しなければ、設備投資が行えず、ロボティクスを使ってもらえない。そこで、流通の課題にも目を向け取り組んでいるというのだ。

農業に関わる課題を上流から下流まで見据えた洗練された事業だと思うが、最初に構想していたものはまったく違うものだったと三枝さんは話す。

「ハタケホットケを立ち上げた日吉さんは、コロナ禍をきっかけに都市部から塩尻市に移住されてきました。もともとまったく違う仕事をしていましたが、農業に出合って感動したんだそう。最初は、都会の生活に少し疲れてしまっている人たちに、土に触れてもらうことで豊かさを感じてもらうようなサービスを行っていました。そこから、誰のどんな課題に、どう向き合うのか、なぜやるのか、どう検証するのかっていう、スナバ・ビジネスモデル・ブート キャンプで大事にしているプロセスを経て、有機農業の手間を解決する事業を立ち上げることになりました。最初の構想から、オリジナリティとか社会性とか、先のリスクをちゃんと見える化して、めちゃくちゃ磨かれましたね」(三枝さん)

現在では全国を相手に取引をする事業に成長しているという「ハタケホットケ」。
このように「スナバ・ビジネスモデル・ブートキャンプ(SBB)」は、起業家に伴走し、事業の立ち上げだけでなく、磨き上げにも伴走している。最初は市民のささいな「やってみたい」を、トライアンドエラーを繰り返しながら実践してみる場だったが、最近では店やゲストハウスの運営など、融資が必要になるような規模の事業が生み出される場へと成長しているという。

「ミズ二ゴール」は、田んぼを自動制御で走り、ブラシで除草する水田除草ロボット(画像:ハタケホットケHPより)

運営メンバーはみんな移住者。多様性がイノベーションを支える

運営メンバーは、スナバに携わるために移住してきた方がほとんどだそう(画像:スナバHPより)

70名近くの移住者を生み出してきたスナバ。三枝さんだけでなく、運営メンバーもみんな移住者だ。

メンバーのこれまでの経歴はさまざま。起業家コミュニティに携わっていた方がいれば、アートギャラリーを立ち上げた方、地方公務員として働いていた方も。こうしたさまざまなバックグラウンドを持つメンバーが、イノベーションの伴走を支える。

「われわれ自身も、事業をつくるとか、人に伴走するとは何かっていうのを日々問いつつ、自分たちもそこで成長しています。いわゆるスーパースターみたいな人が不在なんですよね。でも、逆にそれが市民の方々の親近感をつくっている。普通の人だから、みんなで一からつくり上げられるし、私たちも一緒に勉強しながら進めるというのがいいのかもしれませんね。さまざまなバックグラウンドを持つメンバーがいることで視点が多様になるので、いろんなフィードバックが得られるようになります。そういう意味では、専門家集団じゃないところも強みだと思います」(三枝さん)

スナバが役割を果たして解散する未来へ

「シビック・イノベーションに取り組まれていますが、移住や二地域居住の文脈で注目されていますよね」と聞くと、「結果的にそうなっていますね」と意外な返答。シビック・イノベーションを進めていたら、結果的にそうなっていたと笑う三枝さん。起業に限らず、"自分らしく暮らす"という点でイノベーションと自己実現がうまくつながり、移住者が増えているのではないだろうかと、話から考えさせられる。

「われわれがイノベーション伴走のプロセスの中で大事にしているのは、起業というよりかは、本当にやりたいことや、どういう暮らしをしたいのかという、その人自身の思いを引き出しながら、それをかなえることです。これが何をもたらすかっていうと、誰かに忖度するとか、社会的によいと言われているからではない、その人なりの生業とか暮らしっていうものを一人ひとりが 実現していくことにつながると思っています」(三枝さん)

スナバで生まれたシビック・イノベーションの輪は、スナバにとどまらず地域にも広がり始めている。この状況に「見たい景色が広がってきている」と話す三枝さん。しかし、「スナバが役割を果たして解散する未来があってもいいよね、とメンバーと話しています」という思いがけない言葉も。スナバがなくても、市民が誰でも、どこでもやりたいことを言葉にできて、みんなで応援しあえる地域をつくっていきたいのだという。

公園の砂場のように、工夫したり、失敗して壊したり、またつくったりといった変化を認める「スナバ」のネーミング。さまざまなイノベーションが生まれ、変化を遂げ、最終的にスナバがなくなるという変化もまた、スナバらしいのではないだろうか。長野県の二地域居住重点地区に指定された塩尻市が、これからどのようなイノベーションを起こしていくのか。市民の自発的なイノベーションが当たり前になり、スナバがなくなる未来は果たして来るのだろうか。これからに注目したい。

■取材協力:スナバ
https://www.sunaba.org/

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