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パチ屋も団地もスーパーも! 変わらない街の変わってほしくない酒場・西武柳沢『巽』へ

さんたつ

【酒場ナビ】巽_9

東京都の地方出身者の割合は約半分らしいが、私もその中のひとり。上京したのが1998年4月なので今から27年も前になる。専門学校の寮に入ることになり、地元秋田から親の運転する車ではるばるやってきた街が西武新宿線の西武柳沢というところだった。駅にまでやってきて、まず思ったのが「何もない」だった。南口は巨大な団地のみ、北口は小さな商店街……というか、店が点在するだけ。それなりに思い出はあるが、専門学校を卒業してすぐに引っ越した。 そんな街も、大都市東京の郊外であるのは間違いない。あれから何十年も経っていれば、少なくとも駅前は高層マンションがいくつか立ち並び、ちょっと離れれば大きなイオンやIKEAのひとつやふたつくらいできているはず。その発展ぶりをひやかしに、27年ぶりの西武柳沢へ降り立ったのだが……。

何も、変わってない……!

上京当時、地元秋田のどの建物より高いと思っていた南口の巨大団地。

いつやってるのか、やってないのか分からなかったパチンコ屋(2010年頃に閉店)。

原宿で買ったTシャツの裾の長さが気に入らなく、頼んで短くしてもらったクリーニング店。

大人のビデオをレンタルするのが嫌で、購入派だった私の行きつけだった店の跡地。

世界一細いんじゃないかと思われる純喫茶。実は中は広いらしく、喫茶店が好きになった現在の私の宿題となった。

駅前のスーパー『くらきや』にいたっては、本当にタイムスリップしたんじゃないかってほど、当時のまま。

もう一度言う、

何も、変わってない!

なんだか期待外れのような、でも、うれしいような……本来ならこれでおしまいなのだが、今の私には、それこそ27年ぶりの宿題がある。そう、酒場である。

未成年だったというのもあるが、当時は酒場に行くことなどなかった。こんなにも変わらない街にある酒場なんて、行くっきゃないじゃないか。そもそも、酒場があるのかの問題もあるが、それでもぐるぐる街を散策していれば、どこかの酒場にぶち当たる。

当時もまったくその存在を知らなかった『巽(たつみ)』である。“磯料理”と大書された紺色のファサード、赤ではなく白提灯のうつくしさ、オフホワイトにひらがなで“たつみ”と斜めに記された暖簾(のれん)。これぞ大衆酒場の外観に、当時の私は一切気づいていなかったという不覚。

調べると創業は40年以上。私がこの街にいたころはそれでも創業13年と考えると、酒場として大成功といえる。早速、この“売れた”暖簾をくぐるのだ。

わあ、いいサイズ感! 全体的にきつね色に染まった店内は、カウンター5席、20人ほど座れるピッチリと並んだテーブル席。

すべての手前には敷紙と名前の記された箸袋。椅子にはクッションがが敷かれ、実はよく見るとこだわった装飾のある、私の大好物な割烹系の酒場だ。

「すいませ~ん!」

人影がないので何度か呼んでみるが、反応がない。店内には『さそり座の女』のBGMのみ。口開けでたまにある、この無人の空間がちょっと好き。厨房の方へ行くと、白割烹着のマスターを発見。ごあいさつをしてカウンターの端へと座ることができた。とにもかくにも、まずは酒だ。

いつも生ビールではなく瓶ビールを頼む理由、それは独酌の時は、瓶に乾杯できるから。麦汁を注いだグラスを瓶ビールにチンと鳴らして、いただきます。

ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、うんめ、瓶ビールってやっぱりうんめ。

同時に出された鳥の甘煮のお通し。こんなの、クリスマスに出るやつじゃんと、その豪華さに圧倒。

甘みと辛味の、ちょうど中間地点の丁寧な味わい。腹の具合によっては、お通しだけで満足してしまいそうな一品。

続けて料理をいただきたいが、手元にメニューなし。ホワイトボードか少しだけある壁のメニュー札のみ。いいですねえ、とても潔い。その中から、私なりの吟味を楽しむ。

まずはだし厚焼玉子から。その酒場のことを知るには玉子焼きからって……味論(みろん)の持論。しかし、なんて立派な玉子焼きだ! 子猫の座布団くらいはあるだろう。

「おもしろいなあ~」と、ひと口食べて呟く。味覚で言うところの“おいしい”と“おもしろい”の意味は似ているのも持論。だらだらとまとわりつかない甘さで、どちらかというと甘い玉子焼きが苦手だったが、大好きになった。

普段は酒場で漬物を頼むことはないが、なんとなく気になった自家製ぬか漬けお新香をいただく。我ながら、酒場でのカンというのはすごい。うますぎる!

キュウリはシャクシャクと、カブはカリンコリンとした新鮮な食感。これにねかの深い旨味がしっかりと染みついていて、一度食べ出したら全く止まらない。子供の頃はよくぬか漬けを食べたが、地元を離れておいしいと初めて思ったぬか漬けだ。とにかく、一度食べると分かるだろう。

「は~い、いらっしゃい」

はじめはマスターのワンオペだったが、次第に客が増えるとスマホで女将さんのヘルプ要請。駆け付けた女将さんが店内に立つと、店の雰囲気がガラリと変わった。

「今日は暑かったわね~」

「仕事はどうなの?」

女将さんが店にいるだけで、何か落ち着くし安心感がある。忙しそうにしていたマスターも、それから落ち着いた仕事ぶりになった気がする。

1、2、3……4点!「三点刺身の盛り合わせ」は、良店あるあるの、数えてみれば結果四点盛りというサービス。

本マグロは脂のノリ切った極上品、真っ白でぶ厚いイカはシコシコ&ネットリ。

タコは決してパサパサではなくジューシー極まりなく、盛り付けからみてオマケの四点目のホタテは、分厚く貝エキスの旨味がたっぷり。これで1380円なんて、うれしすぎるだろう。

「もう仕事なんか辞めてやる」という建築関係の仕事をしている常連客に「まったくもう〜」とあきれ顔の女将さん。今は人件費より材料費が高騰して大変らしく、バブルの時は、本当によかったと愚痴りながら飲む姿が酒場に似合っていて、失礼ながら和んでしまう。

それからは続々と客が店に吸い込まれてくるので、お会計をお願いすると女将さんからの「帰る?」のひとこと。これがなんだかうれしくて、ちょっと寂しい気分になる。

そういえば、寮へ入ると決まる前は親戚の住む大田区に住む予定だったが、直前で真反対の西武柳沢に変更した。今思えば大田区は下町の飲み屋が多くてそっちのほうがよかったと思う反面、こんな素敵な酒場の後だと、この西武柳沢でよかった気もしないでもない。

次に訪れるのは、また20年後だろうか。そのころ私は67歳だが……それでもこの街は変わってなさそうだから楽しみだ。

巽(たつみ)

住所: 東京都西東京市保谷町3-14-19
TEL: 042-465-9660
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

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