【高知グルメPro】四万十の山間で心穏やかにいただく小麦香る一杯「中華そばKobi」フードジャーナリスト・マッキー牧元の高知満腹日記
料理というものは,心がささくれだった時に食べては,おいしくない。
心が穏やかで、安寧な状態の時に食べてこそ、真味に到達する。
そのことをこの店で教わった。
店は、四万十川にかかる岩間沈下橋の近くにある「中華そば Kobi」。
山々に囲まれ、時折車が走り去る街道に、ぽつねんと建っている。
周りに飲食店などない。
駐車場に車を停め、店に歩いて行くと、小鳥たちの鳴き声に包まれた。
木造平屋の一軒家である。
店内には、フィオナ・アップル の歌声が静かに流れていた。
女性シンガーの歌声と鳥のさえずりが、呼応する。
[recommended_posts_by_url url="https://kochike.jp/column/203197/"]
ラーメン屋に入って、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてかもしれない。
メニューは、「中華そば」、ネギのみのシンプルな「かけ中華そば」、冷たいそばと書かれた「ざるそば」、「釜玉そば」である。
外を眺めるカウンター席に座り、そばを待つ。
山々を眺めながら、静かに待つ。
もうこれだけで、心が整ってくる。
カウンターの隅に置かれた、箸置き、胡椒挽き、キノコ型の調味料入れでさえ、愛おしい。
「かけ中華」が運ばれた。
白い丼に茶色のスープが張られ、細麺がきれいに整列しながら横たわっている。
中央には、細ねぎの小口切りが盛られていて、麺の薄黄色と対をなして美しい。
あたりの景色の邪魔をしない、すっきりとした姿である。
スープを飲む。
コックリとした醤油味の旨味が広がり、胃の腑にゆっくりと落ちていった。
麺をすする。
スープの滋味をからめながら登ってきた麺が、唇を揺らす。
細い細い麺に触れて、唇が喜んでいる。
噛めば、小麦の甘い香りが漂った。
この「かけ中華」は、究極の選択ではないか。
そう思わせる、純潔な味わいである。
麺の味がよくわかり、スープと麺の蜜月を邪魔するものはなにもない。
都会で食べるより、舌や鼻の感覚が研ぎ澄まされて、味わいや香りを綿密に受け止めているように思う。
都会のラーメンにありがちな、強烈な「うまい」ではない。
何度食べても飽きがこない「うまい」である。
次に「ざるそば」が運ばれた。
皿に敷かれたすのこに中太麺が盛られ、手前にはチューシューが二枚配されている。
右横の小皿には、シナチクと煮卵、奥のそば猪口にはつけ汁が注がれていた。
まず麺だけを、つゆに浸けてすする。
これはたくましいコシである。
30回ほど噛んで、ようやく口の中から消えていく。
すごい腰 中太麺,シコシコと噛む噛む喜びあり。
シコシコ、シコシコ。
噛む、噛む。
噛む喜びが湧き上がってきた。
途中チャーシューを細く切って、麺と合わせたり、シナチクと一緒にすすってみたり、卵をからめたりするのも楽しい。
次は「釜玉」が運ばれた。
白い丼に麺が盛られ、上には生卵の黄身を中心にして、周囲に青ネギと白ネギの刻んだもの、チャーシュー1枚、チャーシューの刻んだもの、高知県民のソウルフードの山菜・イタドリが配されていた。
このチャーシュー1枚に、刻みという配慮が嬉しい。
麺と馴染む感じと、単体で食べて欲しいという気持ちからだろう。
かけつゆを垂らし、全体をよくよく混ぜて、食べ始めた。
麺は、ざるそばより太い麺である。
平打ち太麺で、よれている。
その唇触りがいい。
こいつもシコシコと何回も噛んで、ようやく喉に通っていく。
その凛々しいコシと具材が、口の中で踊るのが楽しい。
途中「激辛」と書かれたラー油をかけてみた。
油のコクと辛味にまみれても、なお麺の甘い香りが立ち上ってくる。
三種類の蕎麦を食べ終えて、すっかり気持ちが充足した。
店主の大高達人さんは、北海道から移住された方である。
スープは、四万十鶏をベースに、地元の西土佐産の干し椎茸と野菜、宗田節から取られているという。
店名は古くて美しいという意味から「Kobi」とつけられたと聞いた。
ラーメンは新しい。
だがすでに、古くて美しいものと同じく、自然で落ち着き、静かで柔らかい美しさが宿っていた。
高知県四万十市西土佐岩間305-6「中華そばKobi」にて