Curry Diner 山茂里 ~ 元ボディビルチャンピオンが営む60年代アメリカンダイナー
バルバルバルバル……ッ!
近づいてきたバイクのエンジン音がふっと止まり、賑やかに数人のお客さんが入ってきました。
慣れた雰囲気で次々と注文しているようすから、ツーリング途中の休憩場所として、この店がよく利用されていることがわかります。
窓から見える穏やかな景色とは対照的な、鮮やかな水色とピンクの壁や、白黒のブロックチェックの床。カラフルなステッカーや小物が飾られた店内は映画で見た1960年代のアメリカンダイナーそのもので、ここにいるだけでなんだか楽しい気分になってきます。
福山市山野町にあるCurry Diner 山茂里(カレーダイナー やまもり)の魅力を紹介します。
『アメリカン・グラフィティ』の世界観
オーナーの森下秀夫(もりした ひでお)さんがCurry Diner 山茂里(以下、 「山茂里」と記載)を開いたのは、2022年7月のこと。もともとこの場所では、森下さんのおじいさんが食堂を、お父さんが魚屋と仕出し屋を営んでいました。
子どもの頃は野球に熱中していて店にはノータッチだったという森下さんでしたが、福山で鉄鋼関係の仕事に就いてからは、週末や年末年始には山野に通って店を手伝うようになりました。
「今は結婚式も法事も会館なんかでやりますが、昔は皆、親戚やら知り合いやらが家に集まってやっていたんですよ。普段はお金をあまり使わずにつつましく暮らしている人たちも、このときばかりは豪華な仕出しを取ってくれましたから、店は忙しかったですね」
しかし、時代は移り、お父さんとお母さんの体調も考えた結果、5~6年前に店を閉めることに。
その後、会社を定年退職した森下さんは、山野で暮らすお母さんを支えるため、店を再開する決心をします。
「映画が好きで、とくに『アメリカン・グラフィティ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんかに登場する、1950〜60年代のアメリカンダイナーの雰囲気が好きだったから」
おじいさんとお父さんから受け継いだ店は、「ハイカラな店」に生まれ変わりました。
飲食関係の仕事に就いていた息子さんも、店の再開を助けます。その頃、息子さんが熱心に研究していたのがハンバーガーでした。
森下さんと息子さんは、アメリカのイメージにピッタリとハマるハンバーガーとホットドッグを中心に、メニュー作りを始めました。
しかし、ハンバーガーやホットドッグだけでお客さんを集められるのかどうか、不安が募ります。
アメリカらしいメニューとは別に、何か看板メニューが必要だと考えたときにひらめいたのは、おじいさんの代から家で作っていたカレーでした。
店の仕事で忙しい森下家の食卓には、一度にたっぷりと作れるカレーがよく登場していました。そのカレーはカツオダシがベースになっていて、朝昼晩と食べ続けても飽きません。おじいさんから受け継がれてきた森下家のカレー。そうだ、これだ!
代々の味に更に改良を加え、森下さんは店の顔となる新しいカレーを作りあげました。
親子4代の想いを乗せた山茂里は、Curry Dinerとして再出発したのです。
三つのスープが味の決め手
お店の定休日である水曜日、仕入れを終えて店に戻った午後3時からがカレー作りの始まりです。
まずは、肉の専門家である息子さんが厳選した牛すじからスープをとります。沸騰せぬよう濁らぬよう、細心の注意を払いながらくつくつ煮て午後10時時頃にいったん火を止め、翌朝3時から再び火を入れてスープの味を深めます。
この牛すじスープと、カツオと昆布の和風ダシと鶏ガラスープの、三つのスープを合わせるのが、山茂里のカレーのベースです。
前の晩からワインに漬けて寝かせておいた玉ねぎや人参、じゃがいもも入れ、スープのなかで野菜が溶け切ってしまわない程度に煮込みます。
独自にブレンドした10種類以上のスパイスをていねいに焙煎し、ミキサーで粉にして作ったガラムマサラを最後に入れ、カレーが完成するのは金曜日の夜。
「もしこのレシピを他の人に渡しても、うちと同じ味には作れないんじゃないでしょうか。こんな面倒なことはきっとみんな嫌でしょう」と森下さんは笑いました。
それほどの手間がかけられた、自慢のカレーをいただきます。
トッピングにはコロッケ、カツなどがありますが、すすめられた素揚げ卵をチョイス。
ああ、なんて良い香り!
ひとくち食べた第一印象は、スパイスのここちよい辛さ。そのあとにスープの旨さがじわじわと迫ってきます。十分に煮込まれた牛すじはふわりと軟らかく、ワインを吸った野菜は口のなかでとろけます。
卵をスプーンで割ると、中からとろりと黄身が流れ出しました。辛口のカレーに卵がまろやかに絡みつきます。なんともふくよかな味にうっとりしました。
ハンバーガーは肉料理
カレー以外のメニューにも、山茂里のこだわりが光ります。
「ぜひ食べてほしい」と森下さんが推すのはハンバーガーです。
厚さ10cmはあろうかというボリュームのあるハンバーガー!どこから食べればいいのか戸惑います。
食べてまず感じたのはパティの肉肉しさです。そのパティに重ねられた自家製ベーコンは厚みがあり、しっかりした歯ごたえで、パティとタッグを組んで肉の存在を主張してきました。
さっくりと焼かれたバンズ、シャキシャキのレタス、甘み十分の玉ねぎ、添えられたピクルスなど、すべてが旨い。これはすごい。
「ハンバーガーは肉料理」との森下さんの言葉に納得するハンバーガーです。
機械を使わずハンドチョップで作るパティにあまりに手間がかかるため、ハンバーガーは日曜のみ、かつ1日に20食くらいしか作ることができません。
確実に食べるためには、電話かInstagramのDMからの予約がおすすめです。
ホットドッグは平日も注文できます。
キャベツと自家製タルタルソース、ウインナーをキャンバスにケチャップとマスタードが描く美しい文様を崩すのが惜しいと思いながら、がぶり。プリッとしたウインナーとパンの相性の良さに夢中になっているうち、ふと気がつくともう何も残っていませんでした。
ハンバーガーとホットドッグのパンは、福山の名店「タートル」で特別に焼いてもらっています。
ふんわりとやさしく、かつしっかりと個性のあるパンだからこそ、パティやソーセージをしっかりと包み込むのです。
「店もボディビルも一緒」の哲学
森下さんは、元中四国のボディビルチャンピオンです。
野球に打ち込んでいた高校時代、小さい体に力をつけるために自分で道具を使ってトレーニングを始めてから、体を鍛えるおもしろさに目覚めます。高校を卒業してからも、ジムへ通ってトレーニングに励むようになりました。
27~28歳の頃に出場したボディビル大会では、広島県4位・新人賞に輝きました。しかしその後、仕事や家のことで忙しくなり、ジムへは行ったり休んだりに。
家を買ってトレーニング道具の置き場所がなくなった2008年、再び本格的にジム通いを始め、20年ぶりの大会出場を目指して1年間トレーニングに励みます。その結果、2009年の広島県大会で見事優勝!続く中四国大会でも、65kg級チャンピオンのタイトルを獲得しました。
「表彰台を狙うのか、それとも出場できればいいのかなど、どこを目指すのかによって、体の作り方は変わります。一度筋肉をつけると細胞が覚えているので、このときは1年で体を大きくしました。マッスルメモリーといって、休んでいてもトレーニングを再開すると、筋肉が早く戻るんですよ」
優勝後はまたしばらく足が遠のいたものの、この店を始めてから、また時間を作ってジムへ通うようになりました。その成果は……ご覧のとおりです。
「店もボディビルも一緒ですね。見栄えだけ取り繕ってもダメ。映えるかってことももちろん大事なんだけど、結局は中身です。中身ができてないとお客さんにおいしいと思ってもらえないし、店に来てもらえません。チャンピオンを目指すならそのためのトレーニングをするし、お客さんに喜んでもらいたいなら、ていねいにするべきことをするだけです」
ていねいな仕事を味わいに行こう
店内に飾られたカラフルな小物やキャラクター人形を眺めたり、ジュークボックスから流れる音楽に耳を傾けたりしていると、鍛えたわけでもないのに細胞がむくむく活性化してくるような気がします。
「うちのお客さんは、元気な人が多いですね。自転車で数十kmの道のりを走る途中に寄ってくれる70代の人もいるし」と森下さん。
いえ、お客さんは山茂里へ来るから元気になるのかもしれません。
本当にていねいに作られているカレーやハンバーガーなどを味わいに、そしてポップなアメリカンダイナーの雰囲気を楽しみに、山茂里へ出かけてみませんか。