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「母」になった久保田智子 【特別養子縁組】は“特別“じゃない 私たちは子育てをしたい“普通“の夫婦だった

コクリコ

養子縁組で養親となり子育て中の久保田智子さん(兵庫県姫路市教育長・元TBSアナウンサー)インタビュー第1回。養子縁組を決意するまで。全3回

【写真➡】施設から養子になった歌手・川嶋あいさんの当時の写真を見る

2000年代にTBSで人気アナウンサーとして活躍されていた久保田智子さん。現在は、兵庫県姫路市の教育長として、子どもたちの教育環境などの改善に取り組んでいます。プライベートでは2019年に特別養子縁組をして0歳の女児を迎え入れ、2020年に公表。以降はさまざまな場面で里親・養子縁組制度の認知度・理解度の向上に努めています。4月4日「養子の日」にちなんで、「養親(ようしん)」当事者としてお話を伺いました。

久保田さんは現在、仕事のため、長女と共に姫路市に在住。  オンライン取材にて

20代で医師から告げられた「妊娠は難しいかも」

久保田さんは、20代前半のとき、医師から将来妊娠することは難しいかもしれないという事実を告げられました。

「当時は、まだ結婚もしていませんでしたし、実感はあまりなかったんです。でも漠然と、『子どもを産むことができない自分は結婚してはいけないのかな』と考えてしまうことはありました。

それから少し時間が経ち、高校生のときに授業で聞いた『妊娠以外にも養子という形で子育てをする選択肢がある』という話を思い出したんです。

今思えばですが、私は自分の体と向き合いながら、ゆっくりと養子縁組についても考えていたのかもしれません」

アナウンサーとして活躍する中で、夫となる平本典昭さんと交際がはじまり、数週間後にはプロポーズを受けることに。その場で久保田さんは「子どもを産むことは難しい」と告げました。

「夫は、驚くくらいあっさりと受け止めてくれました。こっちのほうが『え? いいの?』って思うくらいに(笑)。ちょっとびっくりする反応でしたが、気持ちがラクになれたので、ありがたかったですね」

その後、夫のニューヨークへの赴任が決まり久保田さんもTBSを退社して渡米。アメリカでの生活は約3年間続きました。

アメリカは日本よりはるかに養子縁組、里親制度といった子どもの家庭的養護が進んでおり、養子の子どもが当たり前のように社会生活の中に存在している国です。

「アメリカの知人の中にも養子だという人がいました。また、テレビなどのメディアも養子もありうることという空気感を作っていて、ドラマにも養子の子が自然に出てきます。

養子は一般的な選択肢のひとつだよねという社会で生活したことは、その後の選択に影響を及ぼしたと思います」

2013年、TBSの記者時代に駐在していたニューヨークにて。  写真提供:久保田智子

テレビで見た養子縁組家族

養子縁組を具体的に進めるきっかけとなったのもテレビでした。

「私が担当したTBSの番組で養子縁組の特集があり、そこに出てきたご家族がとても素敵で『こんな家族を作ってみたい!』と思いました。決して特別なご家族ではなかったんですよ。ごくごく普通のご家族で、いや、むしろとってもおしゃれでした。

いつかこんなふうになりたいなって憧れる雰囲気を持った方たちだったんです。このご家族は、夫婦が養子縁組を選択したからできたのだと目の当たりにして、衝撃でした」

そのVTRを見ていなければ、やはり養子縁組は特別な選択肢であるという先入観が残ったままだったかもしれないと久保田さんは続けます。

「それまでは、養親になるのは、聖人みたいに立派な考えの人たちだろうという思いがあったかもしれません。なんとなく、自分とは違う立派な人たちに見えました。

でも今となっては、それは違うとはっきり言えます。養子縁組は普通の家族の、選択肢のひとつだと心から思っています。私たちは普通の夫婦として、普通に子どもを育てることを選択しただけ。ただ、その過程には不安や迷いも当然ありました」

とくに最近、印象的だったのが、夫婦で参加したこども家庭庁のシンポジウムでの夫の発言だったそうです。

私たちはごく普通の夫婦 だからこそ迷った

「夫は『養子縁組を進めるにあたっては、僕は妻より2歩も3歩も遅れていた感覚がある』と話していました。

それを聞いて改めて、私たちは迷いながら進んできたんだよねと思い返しました。変な感覚かもしれませんが、夫にとても共感できたんです。

こうして養子縁組のよさばかりを発信し続けていると、自分たちが特別な何かをもった夫婦だから養子縁組を選択できたのだろうと思われてしまうかもしれませんが、それは本意ではありません。立派でも特別でもない夫婦だから迷ったし、いっぱい悩みましたから。

私たちはあくまでも普通の夫婦が普通の選択肢のひとつとして、養子縁組で長女を迎え入れた普通の家庭だと伝えていくことが大切なのだと実感した出来事でした」

元人気アナウンサーで養子縁組をして母になった久保田智子さん。  提供:姫路市教育委員会

家族みんなで子どもを育てると決意

夫のニューヨーク赴任が終わり、帰国する少し前からインターネットで養子縁組のあっせん団体を探し始めた久保田さん。いろいろな団体を調べる中で、同時に考えていたのが自分たちの家族への報告だったそうです。

「夫婦が子どもを産んで育てる場合、事前に親や家族に意見を聞くということはあまりないような気がします。そこは基本的には夫婦の選択ですから。

でも、養子縁組の場合は、親や家族も驚いたり、戸惑うこともあるでしょうから、事前に家族にていねいに説明をして、理解を得られるほうがいいといわれます。

正直、そこに違和感がなかったわけでもありません。私たち夫婦で決めて、ふたりで育てるのになって思っていました。でも、今振り返ると、はじめにきちんと相談をしたのは重要なことでした。

いちばんよかったのは、家族の中で子どもを迎えようと合意ができたことです。これは、養子に限らず、実子だとしても子育てをするうえで必要なことなのかなと感じます。

やはり、子育てって本当に大変で両親や親戚の助けを借りないと辛い場面はたくさんありますから。

助けてもらうことは決して当たり前じゃなく、家族として一緒にこの子を育てていこうという気持ちのつながりがあるからこそ、お願いできることですよね。我が家は、みんなで育てていこうねって最初に合意したことで、とても助けられたと思います」

とはいえ当初、久保田さんの母は養子を迎えることに諸手を上げて賛成というわけでもなかったといいます。

「父はわりとすぐに『じゃあ一緒に育てていこう!』と思ってくれたようです。ただ、母は『あなたが子どもを育てられるの? 本当に大丈夫?』という反応でした。

でも、それは養子縁組がどうというよりも、私個人に対する不安だったみたいです(笑)。

ただ、あのときに相談したことが、母にとっても覚悟を決めるきっかけになったのだと思います。孫の成長を見届けるためにも自分も元気でいなくてはと、思ってくれたようです」

夫婦での決断、家族への相談を経て、久保田さん夫妻は2019年、特別養子縁組制度を利用して、長女となるハナちゃん(仮名)を迎え入れることになります。

次回は、あっせん団体探しやハナちゃんがやってくることが決定したときのことなどについてお話を伺います。

●久保田智子PROFILE
1977年生まれ。東京外国語大学卒業後、2000年TBSに入社しアナウンサーとして活躍。2015年に結婚、2016年に退社を発表し、その春に夫と渡米。2018年に帰国後、TBSの報道局に復職。2019年には特別養子縁組制度にて、1児の母となる。2024年4月からは兵庫県姫路市の教育長に就任した。

取材・文/関口千鶴

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