「まさかこんなことになるとはね」[Alexandros]川上洋平、ルーマニアの田舎の村の闇が次々と暴かれる辺境サスペンス『おんどりの鳴く前に』を語る【映画連載:ポップコーン、バター多めで PART2】
大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回取り上げるのは、ルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)6冠の快挙を成し遂げた『おんどりの鳴く前に』。ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村で惨殺死体が見つかったことをきっかけに中年警察官、イリエが美しい村の闇を次々と目の当たりにすることになる辺境サスペンスを語ります。
いやあ、おもしろかったですね。ルーマニアの映画ということでしたが、それだけで新鮮でした。最近予告も前情報も入れないでポスターだけで判断して鑑賞スタートするんですよね。CDのジャケ買いみたいなもので。結局それが一番自分を楽しませる鑑賞方法だなっていうことに辿り着きました(笑)。情報を入れなければつまらなかったとしても“つまらなかった”っていうサプライズになるから。
――確かに。
だからどっちに転んでも大丈夫なんですよね(笑)。今回は鶏がピンボケでその奥に血が付いた白いシートが写ってるメインビジュアルってだけでそそられて。サスペンスということは知っていたんですけど、序盤はルーマニアの田舎町の人々の営みが展開されて。他の映画で例えるのはあまり良いことではないと思いつつ、緊張感のない『トム・アット・ザ・ファーム』的な感じだなとか思いながら見てたんですけど……まさか最終的にこんなことになるとはね。
――『トム・アット・ザ・ファーム』は田舎特有の閉鎖的な人間関係やだからこそそこから出ていかないという心情が描かれていますけど、『おんどりの鳴く前』にはその点では通じますよね。
そうですよね。臭いものには蓋をしろみたいな雰囲気は日本の地方を舞台にした映画で描かれることも多いけど、近いものを感じました。
――『おんどりの鳴く前に』の舞台となってる村の村長が「この村で飢えるものはいない」と誇らしげに言ってましたけど、「うまくいってるんだから臭いものに蓋をし続ければいいじゃん」っていう。
ね。蓋を外すと実は臭いものがいっぱいあって。村の闇に気付く男前な新人警官の末路も結構衝撃的でした。田舎の暮らしを描いた心温まる映画もあるけど、『おんどりの鳴く前に』をはじめ、『トム・アット・ザ・ファーム』や『イニシェリン島の精霊』とかサスペンス系が多いイメージがありますよね。
■地元を出る人って何かしら変化を求めたり、何かを目指してる人が多い
――そうですよね。川上さんは田舎住まいに馴染みはありますか?
僕の地元の相模原も田舎といえば田舎になるのかな。実家は相模原の割と都市部の方ではありますけど、ちょっと行くと野原が広がっていて、都会と田舎の中間くらいっていう感じ。人の特徴でいうと、よくも悪くも謙虚だなと感じることはあります。欲張りじゃないから素敵。でも別の見方をすると「このままでいい」っていうムードも感じてしまう時があります。環境がそうさせてると思うんですけど。自分にもそこは当てはまっていたので、多分外に出て行きたいと思い立ったんだと思うんです。地元を出る人っていうのはそういう人が多いんじゃないですかね。
――なるほど。
地元を出る人って何かしら変化を求めたり、何かを目指してる人が多いですよね。
――『おんどりの鳴く前に』では正義感を持って真実を暴こうとする新人警官が、村にとっては変化をもたらす邪魔者になるっていう。
そうそう。知識不足で大変失礼な話なのですが、この舞台になってる村が実在するのか調べたんです。ちゃんとモルドヴァ地方にある村みたいで。Googleマップで調べたらやたらバーが多くてレストランがほぼなかった(笑)。劇中の食事のシーンが家の中が多かったのはリアルだったんだなと思いました。
――確かに。主人公の警察官のイリエが村長夫妻の家の夕食に招かれてたり。
ありましたよね。度々日本酒みたいな透明なお酒を飲むシーンがありましたけど。ツイカという伝統的なお酒らしいですね。40度以上の度数みたいです(笑)。
■「この人は何者なんだろう?」って思って主人公のイリエに引き込まれていきました
――イリエを演じたユリアン・ポステルニクさんに対してパウル・ネゴエスク監督は最初「イリエを演じるにしては目に知性がありすぎて賢明に見えてしまう」と思ったそうですが、ユリアンさんは「その外見上の懸念点は消すから心配しないで」と伝え、数カ月後には自らの輝きを消したそうです。
そんなエピソードあったんだ! 確かに輝きゼロでしたよね(笑)。役者だなあ。イリエが自分の家を売る/売らないみたいなシーンから始まって。「このイリエはお金はそんなになさそうだけど、何の仕事をやってるんだろう?」みたいなところから始まったけど、まさか警官だったとは!って思いました。見えなすぎる(笑)。年齢もよくわかんないし、「この人は何者なんだろう?」っていう興味が湧いて、そこで引き込まれたよね。
――終始、生気がないですよね。そんな中、終盤に銃撃戦が始まるところは『Cloud クラウド』を思い出しました(笑)。
めっちゃわかる(笑)。
――川上さんが一番驚いたところというと?
まあ終盤はもちろんですが、イリエのところに司祭と村長がきて“ある”告白をするシーン。結構驚きました。イリエが前から欲しがっていた果樹園をちらつかせるところもいやらしいですよね。
■何の情報もなく見た方が作り手の意図には合ってるんだろうなって
――情報をほぼ入れずに映画を見るようになったのは何かきっかけがあったんですか?
音楽は情報なしでジャケだけで聴いたりしてるから、映画もそういう方がおもしろいのかなって思ったんですよね。その方がサプライズはあるし。前は予告を見てたけど、冒頭で説明はあるし、情報がない方が入り込めるのかなって。映画の作り手が観客が予告を見てから本編を見ることを意識してるかどうかはわかんないけど、少なくとも監督は意識してないんじゃないかなって。だから何の情報もなく見た方が作り手の意図には合ってるんだろうなって思ったんです。つまらなくても許せるし、あまり期待もしないし(笑)。
――確かに(笑)。前情報があると期待が膨らみますもんね。
そうそう。あと、ここで話しておきたいのが、『おんどりの鳴く前に』と同じ1月24日に公開される『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』がめちゃくちゃ怖くて。久々に「Jホラーがやってくれた!」って嬉しくなりました。なので、次回は『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のことを話します。最高でしたね。
――是非よろしくお願いします。そして、この連載が3月で終了するというお知らせも。
はい。卒業して本当にただの映画ファンに戻ります。僕はこの連載をまとめた書籍でも書いたように、プロの評論家でもなくただの感想家なので、片隅でぼやいているような立場に一旦戻ろうかなと(笑)。でもこの連載がきっかけで映画にあまり触れたことがない人に「映画好きになりました」って言ってもらえたり、そういう繋がりが生まれたことは嬉しかったですね。
――書籍「ポップコーン、バター多めで」は川上さんのこれまでの映画人生がたっぷり詰まってます。
はい。映画本を出すことは念願だったので、この連載のおかげでようやく叶えられて本当に感謝してます。もしかしたらまたいきなり映画の本を出すかもしれないですけど(笑)。
──(笑)とりあえず3月までよろしくお願いします!
こちらこそです!
取材・文=小松香里
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