【わざわざ行きたい北九州の名店】シェフの誠実な人柄が表れた、心から美味しいと思えるイタリアン
"アペリティーヴォ"とは、夕食前の早い時間から食前酒を楽しむイタリアの食習慣。何ごとにも享楽的なイタリアらしい食文化でありながら、胃を刺激することで食欲を増進させ、料理をより美味しく食べるという実利的な効果もある。
そんなアペリティーヴォを口切りに、アンティパストからプリモピアット、セコンドピアット、ドルチェまで、北九州で正統派のイタリア料理を食べられるのが「トラットリア・ビオラ」だ。
場所は「北九州の台所」といわれる旦過市場の側を流れる神嶽川沿いにあるビルの一角で、店の前から小倉城を望むことができるロケーション。訪れたのはちょうど城の横に夕陽が沈む頃で、アペリティーヴォを愉しむにはもってこい時刻だった。
カウンター席に着くと、まずはイタリアのオレンジリキュール「アペロール」のソーダ割りを一杯。旧知のシェフとマダムに挨拶し、お互いの近況などについて談笑する。そんなたわいのない会話が、より豊かな食事のひと時を過ごすためのプロローグになる。
オーナーシェフの辻聡さんは小倉の出身で、地元の名店「アトル」で長く腕を磨いたイタリアン一筋30年以上のベテラン。僕はこれまでにいろいろなタイプのシェフと接してきたが、辻さんほど誠実な態度で料理に臨む料理人を他に知らない。素材が第一といわれるイタリア料理の基本を守りながら食材を吟味し、確かな技術で心から美味しいと思える料理を食べさせてくれる。加えてサービスを担当するマダムの真由美さんの気づかいも素晴らしく、リラクッスして食事を楽しむことができる。
料理は基本アラカルトのみで、黒板には季節の食材を使った料理が並んでいる。その大半は徒歩数分の距離にある旦過市場と信頼のおける仕入先から調達し、あえてランチ営業はせず手間暇かけて仕込みを行っている。食材も試食を重ねて厳選したものばかりで何をチョイスするかは大いに悩むところだが、自分なりのメニューを組み立てることができるのがトラッテリアの醍醐味だ。
悩んだ末にオーダーしたアンティパストは、シェフのスペシャルテの一つ「昆布締め真鯛のカルパッチョ仕立て」(2,400円)。新鮮な真鯛の和風カルパッチョに旬の野菜とハーブ、エディブルフラワーを彩りよく盛り合わせ一皿は、見た目の美しさだけでなく自然な苦味や辛味、香りまで含めた重層的な味わい。アペリティーヴォで活性化した胃にスッと収まっていく。
プリモピアットには、「スパゲッティ愛知県産鮎とキュウリのアーリオオリオ イタリア産カラスミパウダー」(2,700円)を選択。ニンニクをオリーブオイルで炒めた定番パスタに、焼いた若鮎とキュウリの組み合わせが何とも初夏らしい。キュウリは火を通したものと生のもの、すり下ろしの3種類を使った技ありレシピで、爽やかな清涼感が辛口の白ワイン"トレッビアーノ"によく合う。
フレンチのメインにあたるセコンドピアットは、数ある銘柄豚の中からシェフが惚れ込んだという沖縄アグー豚とデュロック豚をかけ合わせた「宮崎県産南の島豚肩ロース肉のロースト」(4,400円)に決定。程よいピンク色に焼き上げられた肉質は驚くほどきめ細やかで、モチモチとした食感に良質な脂のうま味が広がっていく。今まで食べた国産豚の中でも白眉の美味しさで、これまたイタリアを代表する赤ワイン品種"サンジョヴェーゼ"との相性が抜群だ。
すっかり満足し、シェフとマダムに見送られて店を出た後は、ライトアップされた小倉城を横目に見ながら帰途についた。料理の内容もさることながら、お二人の人柄に触れたくてまた再訪したいと思うのは、決して僕だけはないだろう。
Trattoria Viola(トラットリア・ビオラ)
北九州市小倉北区船場町7-20
093-967-9800