【福山市】NPO法人どりぃむスイッチ ~ 若者を応援したい!社会への架け橋となる仕組みをつくった10年のあゆみ
「養育が難しい家庭環境のため、家族と暮らせない」
「児童養護施設や里親家庭で暮らした経験がある」
「頼れる大人が周りにおらず、孤独や不安を感じている」
世の中にこのような事情を抱える若者がいることを、どのくらいの人が知っているでしょうか。
2013年、福山市で産声をあげたNPO法人どりぃむスイッチ(以下、「どりぃむスイッチ」と記載)は、10年以上社会参加に困難な若者とその家族を支援し続けてきました。理事長の中村友紀(なかむら ゆき)さんがどりぃむスイッチを立ち上げた当時は、市内で若者を支援する仕組みはあまり整っていませんでした。居場所づくりからはじまって、就労支援、自立支援などで多くの若者たちを支えてきたのです。
どのように支援活動を広げてきたのか、立ち上げた当時のようすを振り返りながらお話を聞きました。
どりぃむスイッチとは
どりぃむスイッチは、社会参加が困難な子どもや若者とその家族へ自立支援、就職支援、居住支援などおこなっている団体です。
不登校やひきこもりがちな若者たちのために、学校や職場以外で心のよりどころとなる「居場所」を開所したのがどりぃむスイッチのはじまりでした。「安心して過ごせる場所」「自由に過ごせる場所」として居場所は、生きづらさを抱える地域の子どもや若者に寄り添います。キャリアコンサルタント、公認心理師としても活躍する中村友紀さんは、人と人とが支え合い、だれもが自分らしく活躍できる社会となることを目指します。
10周年を迎えたどりぃむスイッチ
10周年を迎えたどりぃむスイッチは、2024年8月にiti SETOUCHI(イチセトウチ)で記念イベント「どりフェス」を開催しました。当日は、どりぃむスイッチが支援する若者たちも参加して、得意なお菓子やアクセサリーなどをつくって販売もしました。
会場には、一般の人も含めて300名以上訪れたのだそうです。スタッフも、訪れた人も、若者たちも一緒になってどりフェスを楽しみ盛り上がりました。
どりぃむスイッチが運営する3つの事業所
どりぃむスイッチは、不登校やひきこもりがちな若者のために「居場所」を提供したのがはじまりでした。しかし、中村さんは立ち上げた当初から次のステップへつながる応援がしたいと考えていました。2013年から2014年に委託業務として取り組んだ広島県緊急雇用対策基金事業「子ども・若者自立支援事業」では、ITスキルアップ支援や就労支援などにさらに力を入れて事業内容を拡大します。
地域若者サポートステーション
2015年、厚生労働省委託事業の「ふくやま地域若者サポートステーション(以下、「ふくやまサポステ」と記載)」を開所します。当時、広島県内では広島市周辺にしかなかった「地域若者ステーション」を、福山市で初めて開所したのがどりぃむスイッチでした。
退所児童等アフターケア事業所
2016年には、広島県委託事業「退所児童等アフターケア事業所カモミール(以下、「カモミール」と記載)」を開所。カモミールは、広島県東部で初めて設立した退所児童等アフターケア事業所です。
2025年4月より「退所児童等アフターケア事業所カモミール」から「アフターケア事業所カモミール」に名称変更
児童養護施設を退所した子どもたちが抱える困りごととして、学校や職場での人間関係の悩み、金銭管理、孤立などがあるといわれています。頼れる大人が近くにいない場合も多く、悩みがあっても相談できずにトラブルへとつながるケースもあるそうです。退所児童等アフターケア事業所は、退所した子どもたちが地域社会で安心して自立生活を送れるように支援します。
カモミールを開所した当時は利用者も少なく、児童養護施設とのつながりもありませんでした。中村さんはスタッフとパソコンを持って施設の一室にパソコン教室を開くことにします。利用者にパソコンスキルを教えていくなかで、少しずつ関係を深めつながりをつくっていきました。
自立援助ホーム
2020年、親を頼れない若者のためのシェアハウスとして開いたのが「ピアホーム」です。児童養護施設を退所した若者、親や親族を頼ることが難しい若者は、社会に出るとさまざまな問題に直面します。若者たちと関わるなかで安心できる住まいと大人の見守りが必要だと感じ、問題解決するための一つのかたちとしてシェアハウスに取り組みました。その後、2022年にピアホームは「自立援助ホームエクリュ(以下、「エクリュ」と記載)」として生まれ変わります。
どりぃむスイッチが取り組むプロジェクト
どりぃむスイッチは事業所のほかに助成金を活用したプロジェクトも立ち上げ、支援の輪をさらに広げます。
・Dシナジー(DXアウトソーシング事業)
・ひろしま・おかやま若者サポートネットワーク(どりぃむスイッチを事務局とした、広島県と岡山県の若者支援団体)
・盛和塾リスタート応援助成(離職した人へ向けて再就職への伴走型支援)
・福山ばらの会(ひきこもりがちな子どもをもつ家族を支える場)
・個別家族相談 など
「Dシナジー」は、さまざまな理由で外で働くことが難しい若い人やお母さんたちの経済的自立を目指します。2022年に開催された第1回せとうちビジネスコンテストでは、優秀賞を受賞しました。現在DシナジーのメンバーはWebデザイン、動画編集、ライティングなどの技術をプロから学び、スキルを身につけて、在宅ワーカーとして活躍しています。
「ひろしま・おかやま応援サポートネットワーク」は、広島県と岡山県の若者支援団体が集まり設立されたプロジェクトチームです。どりぃむスイッチが事務局となって、それぞれの地域の支援団体と連携を取りながら、いつでもだれかとつながっていられるような地域社会を目指します。
ほかにも、ひきこもりがちな子どもをもつ家族が集い支え合う場や個別相談など、さまざまな角度から若者を応援してきました。
3つの事業所とプロジェクトをとおして、支援活動をしてきたどりぃむスイッチ。若者支援へかける想いについて、どりぃむスイッチ理事長の中村友紀さんとアフターケア事業所カモミール所長粟木原薫(あわきはら かおる)さんに、話を聞きました。
NPO法人どりぃむスイッチ、理事長・中村友紀さんとアフターケア事業所カモミール 所長・粟木原薫さんにインタビュー
どりぃむスイッチ理事長の中村友紀さんと、アフターケア事業所カモミール所長 粟木原薫(あわきはら かおる)さんに、話を聞きました。
社会体験活動プログラムでの出会いが大きな転機に
──中村さんにお聞きします。若者支援をしようと思われたきっかけを教えてください。
中村(敬称略)──
わが子の不登校がきっかけです。学校に行かなくなってからは家にひきこもるようになりました。ずっと家にいることが心配でしたし、「この状況がいつまで続くのだろう」と不安でたまりませんでした。社会とつながりをもつために、子どもが参加できそうな活動はないかと必死で情報を探しました。
あるとき、私の父が、社会体験活動プログラムの情報を見つけてきてくれたんです。社会体験活動プログラムとは福山市がおこなっている青少年育成自立支援事業で、社会へ参加するための一歩につながるようにボランティア活動や職場体験などをおこないます。そのプログラムへ参加することにしたんです。子どもはしぶしぶでしたけど、唯一、首を縦に振った活動だったんですね。
会場に入ってみると、わが子と同じような境遇の若者たちが大勢集まっていました。福山にはこんなにも社会参加の機会を求めている若者が大勢いるのか、何か私にできることはないだろうかと、そのとき思ったんですよ。
以前プログラムをつくる仕事をしていた私は、パソコンについて知識がありました。社会体験活動プログラムの館長さんに
「パソコンの技術を教えることだったらできるかもしれない。ひきこもっている若者がパソコンの技術を身に付けられたら、何か次につながるかも。そんなことができるような居場所があったらいいな」と相談してみたんです。
すると、「いいね!やってみたらどうかな」とあたたかい言葉で私の背中を押してくれました。ありがたいことに資金面でも協力していただき「居場所」を開けたんです。
2012年、社会体験プログラムに参加してから約半年後の出来事でした。わずかな期間で想いを実現できたことに、本当に感謝しています。
粟木原さんとの出会い
──粟木原さんは居場所を立ち上げた当初から、中村さんと一緒に活動をされていたのですか。
粟木原(敬称略)──
いえ。僕は当時、中村さんが立ち上げた居場所へ訪れていたんです。つまり、当事者として利用していました。
──そうだったのですね。
粟木原──
それから後に、居場所を利用する立場からスタッフとして関わるようになりました。
中村──
私から粟木原さんに声を掛けたんですよ。粟木原さんが居場所を訪れたときには、いろいろ話をして過ごしました。話をしていくうちに「居場所のスタッフとして良いのでは」と、なんとなくそう思うようになったんです。
粟木原──
2015年にどりぃむスイッチを離れましたが、頭の片隅では居場所のことを考えていたような気がします。若者が居場所を主体的につくるにはどうすれば良いか、人生を歩んでいくには何が大切かとかですね。結局、2021年には「また一緒にやりましょう」と手を携えることになりましたけど(笑)。
──では、粟木原さんのカモミール所長就任は2021年以降でしょうか。
中村──
そうですね。それまでは、私がカモミールとふくやまサポステの所長兼総括コーディネーターをしていました。2022年、エクリュを立ち上げたときに、粟木原さんにはカモミールの所長に就任していただきました。
仲間に支えられてきたからこそ
──10年以上若者へ支援活動を続けられて、今、どのようなことを思われますか。
中村──
2016年に現在ふくやまサポステの総括をしている小川さん、さらに2021年にどりぃむスイッチ事務局の久住(くすみ)さんが加わり、中心となって一緒に考え動いてくれるメンバーが増えていきました。仲間が増えたことで実現できたことが多くあります。
積極的に動いてくださったおかげで助成金を取得でき、プロジェクトを立ち上げて活動範囲をぐんと広げられました。2021年は、新たな風が吹きどりぃむスイッチが展開していく、そのような時期だったかなと振り返ります。仲間がいなければ、できなかったことはきっと多くあったでしょう。
その人らしさが見えるとき
──若者支援をするなかで、うれしかったエピソードはありますか。
中村──
そうですね。若者たちと関わるなかで、一番好きな瞬間があるんです。
「聞いて!この前、こんなことがあったよ」
目を輝かせてイキイキとした表情で話してくれる、その人らしさが見えるときです。
最初会った時は不安そうだった表情が、何度も話すうちに好きなことや価値観などを話してくれて、表情が明るくなってくるんです。新しい何かを始めることもあります。若者たちが変化していくようすをそばで見られることが、何より好きなんですよね。とにかくそれがうれしくて、やっています(笑)。
若者支援に関心のある大人を増やしたい
──今後の展望を教えてください。
粟木原──
実は、今後どのように支援活動を展開していくのが良いのか考え中です。今までどりぃむスイッチは、社会参加に困難を抱えるという表現の若者たちへ支援をおこなってきました。しかし、「社会参加に困難とは何を指すのだろう」との疑問が以前からスタッフのなかであったんです。
僕は若者支援をするなかで、将来社会的に困難に陥る可能性のある若者も数多くいるのではないかと感じています。そのためには、大人と関わる機会をもっとつくり、困った状況に陥る前から社会との接点を持っておく必要があるのではないのか。そう考えています。
今までカモミールは、社会的養護とか家庭環境にさまざまな事情のある若者たちのための居場所でした。けれども、そのような状況に限らないもっと多くの若者に来てほしいと思っています。
中村──
そうですね。困る人が少なくなる地域社会をつくらなくてはダメだと思うんです。そのためには、地域の大人が若者と関わる場をもっと増やす必要があると考えています。気軽にふらっと立ち寄れるような居場所やコミュニティが、地域の学区単位であればいいなと思っています。
困ることの少ない未来にするために
「これで大丈夫だと思うことはないでしょう」
インタビューの最後に、そのような言葉が飛び出しました。それは長年若者支援に取り組んできた、中村さんが感じる切実な思いなのだと感じました。支援の手はまだまだ足りていない。だからこそ、世の中に支援を必要とする若者がいる事実をより多くの人に知ってもらわなければいけないんだと。
「この先、特別な支援がなくても自然に地域のなかで支え合える社会になったらいいのにな」
若者たちの未来をみつめながら話す中村さんでした。
悩みを相談できる若者は、困った状況に陥っているとわたしたち大人が気づけるかもしれません。しかし、つながっていなければ困っていることすら気づいてあげられない。話を聞きながら、若者と関わりをもちつながることの大切さをひしひしと感じました。支援がなくても地域全体で支え合える世の中になるようにと、筆者も願っています。