山下達郎の 80's名盤「MELODIES」から「メリー・ゴー・ラウンド」について語ってみる
山下達郎、MOONレーベル期のアルバムがリイシュー決定
朗報である。山下達郎が1983年~1993年までに発表したMOONレーベル期の6作品が、最新リマスター&ヴァイナル・カッティングでリイシューされることが決定した。
『MELODIES』
『BIG WAVE』
『POCKET MUSIC』
『僕の中の少年』
『ARTISAN』
『Season's Greetings』
これは、1976年〜1982年のRCA / AIR時代に発表された作品が再発されたことに続くビックプロジェクトである。山下達郎の中古アルバム価格が高騰していて入手困難な最中、この連続リリースは日本のファンのみならず、全世界の達郎ファンにとって垂涎のコレクションになるだろう。
ということで、今回は2025年5月21日にリリースされるリイシュー第1弾アルバム『MELODIES』から、B面1曲目「メリー・ゴー・ラウンド」について語ってみる。収録曲の中では「高気圧ガール」や「クリスマス・イブ」が人気だけれど、「メリー・ゴー・ラウンド」の重厚なサウンドはもちろん、本格的に歌詞を書き始めた山下達郎の内省的な部分もまた一考に値する。ここは “深読みマスター” として、ちょっと斜めからの視点で解説を進めていくのでぜひ期待してほしい。
人間が生み出すグルーヴの神髄
シンプルな8ビートとスラッピング・ベースによる「メリー・ゴー・ラウンド」のイントロは実にクールだ。後年リリースされたライブアルバム『JOY –TATSURO YAMASHITA LIVE–』では割と早めのテンポなのだが、本アルバムの「メリー・ゴー・ラウンド」はゆっくりと重い。まるで重戦車が迫ってくるような印象を受ける。
この重いグルーヴについては、リズム隊である伊藤広規と青山純が証言しているけれど、これはドンカマ(テンポのガイドになるクリック音)なしでレコーディングしたという。クリック音に縛られるとノリが自由にならないというのがその理由らしい(ラジオ日本『伊藤広規、青山純のラジカントロプス2.0』での発言 2013年4月15日OA)。
「メリー・ゴー・ラウンド」の制作過程としては、まず伊藤広規が弾くベースのリフがあって、そのリズムを気に入った山下達郎が “頑張ってメロディ作ってくるから” という流れで完成したという。それにしても、このベース・リフのカッコよさは特筆もの。青山純のどっしり構えた8ビートのドラムに敢えて食い気味で被せる伊藤のスラッピング。そして弦を引っ張る “プル” のタイミングもここしかないという絶妙さで悶絶してしまう。
この2人のコンビネーションとノリは、デジタルで管理される打ち込み全盛の現代では再現不可能であり、人間が生み出すグルーヴの神髄といっても過言ではないだろう。その怒涛のリズムにメロディが乗り、達郎のアカペラが入るのだから堪らない。多重録音されるコーラス部分はミックスしたときに僅かなズレが生じても曲が台無しになってしまうらしいが、山下達郎はドンカマに頼らない独特なグルーヴに次々と声を重ねていく。スタジオ録音なのに不思議とライブ感があるのは、そういうノリや勢いを大切にしてレコーディングを行っているからである。
なぜ真夜中の遊園地なのか?
さて、ここからは、山下達郎の書く歌詞から内省的な部分を深読みしてみよう。
2020年8月30日放送の『山下達郎のサンデー・ソングブック』「夫婦放談 Part.2」―― この年の8月で94年の歴史に幕を閉じた『としまえん』の話題で、視聴者から「メリー・ゴー・ラウンド」は『としまえん』の回転木馬 “カルーセル エルドラド” にインスパイアされたのでは? という質問が紹介されたのだが、これに対して山下達郎はきっぱり “違います!” と答えていた。
真夜中の遊園地に
君と二人で そっと忍び込んで行った
錆び付いた金網を乗り越え
駆け出すといつも
深読みしてみよう。そう、この真夜中の遊園地とは実際の場所ではない。深夜にしか会えない… つまり公にはできない2人の関係性を表したメタファーと考えるほうが理に適っている。とすれば、歌詞の「♪メリー・ゴー・ラウンド」とは必然的に彼女となる。報われぬ愛を交わす2人、そして破局、ただ、そこからもう一度… と、関係修復に一縷の望みを賭けるドラマチックな展開に、ロマンチストな達郎の一面が窺い知れる。
きっと生まれ変わる 今なら
もう一度だけ
動き出せ メリー・ゴー・ラウンド
目を覚ませ ユニコーン!
歌詞の最後に「♪目を覚ませ ユニコーン!」とあるが、このユニコーンは明らかに自分自身の暗喩だろう。では、なぜこの物語に伝説の生き物を登場させたのか? 深読みマスターの解釈とすれば、ユニコーンが持つ純粋や純潔という意味はさておき、達郎はユニコーンがデザインされた回転木馬のオルゴールをイメージしたのではとないか。つまり、彼女のことを暗喩したメリー・ゴー・ラウンドとは、遊園地の回転木馬ではなく、オルゴールのことなのではないか。
そして、オルゴールが動かない… つまり、2人の関係が壊れているという表現なのだ。つまり、大切なパートだからこそ人の感性を揺さぶる生音が必要だったのだ。こうなると、いままでサラッと聴き流していた「♪動き出せ」「♪目を覚ませ」という最後の一節が、より深い意味をもって聴こえてくる。山下達郎が心に秘めている “人を愛すること” の奥深さとその表現に感服しきりである。
山下達郎の可能性を広げた重要な作品
ムーン・レコード設立後の山下達郎は、アルバムを制作する際に、作品に自分のものの考え方や思想信条といった内省的な部分を楽曲に投影させようと奮起した。自身を取り巻く環境の変化がそういう決断をさせたようだが、そのことで歌詞もリズムもメロディも全てに意味を持たせるトータルアレンジが可能になったのだ。
メロディ重視だった初期の楽曲から、さらに完成度が増して磨きがかかったのは言うまでもない。そんな意味も含めて、「メリー・ゴー・ラウンド」が収録されたアルバム『MELODIES』は、山下達郎の可能性を広げた重要な作品だと言えよう。