流行していた<ザリガニ釣り> 飼育していたザリちゃんとの絆【私の好きなサカナたち】
Webメディア『サカナト』には様々な水生生物好きのライター(執筆者)が所属しています。そんなライターの皆さんが特に好きなサカナ・水生生物について自由闊達に語らう企画「私の好きなサカナたち」。今回はサカナトライター・こやまゆうさんによる「私の好きなサカナたち」をお届けします。
子どもの頃、ザリガニを飼っていた。「ザリちゃん」と呼んでいたと思う。
当初からザリガニが好きで飼っていた訳ではないことは、この安易な名前から想像していただけるだろう。
流行していたザリガニ釣り 簡単に捕まえられる水生生物
当時、私が住んでいる地域ではザリガニ釣りが流行していた。パンの耳やら煮干しやらをタコ糸に結び、割り箸で作ったザリガニ用の竿につけたら準備OK。みんなで農業用の水路に出かけていった。
釣りといっても、石の間などに隠れているザリガニの目の前に餌をチラつかせ、ハサミで掴むのを待つだけなので子どもでも簡単にできる。
そうやって、まんまとエサに掴みかかり、我が家にやってきたザリちゃん。リビングの出窓に水槽を置いて住処とした。
芸をするわけでも、呼びかけに応じるわけでもなかったが、水槽からガソゴソと生き物が動く音が聞こえると、その様子をぼんやりと観察していた。
うちに来たばかりの頃は、私に対し両ハサミを大きくふりあげて威嚇してきたが、日が経つにつれそれは「エサをくれ、くれ」と手を伸ばしているように見えた。
いとおしいザリちゃんと我が家に起きた事件
ザリガニは雑食なのでなんでも食べる。ご飯のかたまりを落としてやると、大きなハサミのついた手で拾い、口元にあるアゴ脚と呼ばれる小さな手に持ち替える。
上手に動かし食べる姿は、おにぎりを頬張っているようだった。
ある日、母と外出し家に戻ると、リビングに続く廊下の扉が閉まっていた。留守にする時はこの扉を開けて行くのが母の習慣になっていたので、様子が違うことにふたりで「あれ?」となった。
なんとなく嫌な感じがして、辺りを見まわすと、床に泥の付いた足跡を発見。何者かが侵入したのだと感じ、私は瞬時に「ザリちゃん!!」と叫んでいた。
母はまだ中に誰かがいることを恐れて、「外に出なさい!」と私を玄関から押し出した。空き巣が入ったことがわかり、警察に来てもらうと、ザリちゃんのいる出窓のガラスが割られ、侵入されていた。
ガラス片の散らばった水槽に駆け寄ると、ザリちゃんはゆっくりと近づいてこちらを見つめた。いつもと同じ、表情の読めないキャビアのような黒くて小さな目。だけど、すごくすごく怖かったんじゃないかな、と感じた。
私はザリちゃんの背中をつまんで抱き上げた。あの時、ザリちゃんは私を求めていたと思うし、私にとってもただのザリガニではなく「うちのザリちゃん」だった。
時代は変わるも、思い出す<黒い小さな目>
長い年月が流れ時代は変わり、ザリガニを飼っているという話も聞かなくなった。
しかし、改めて「好きな水生生物は何ですか」と聞かれた時、ザリちゃんの、黒い小さな目に見つめられた気がした。
(サカナトライター:こやまゆう)