「脱炭素」が農家の新たな収入源?目の当たりにした「不公平な現実」を変える、持続可能な農業への挑戦<株式会社フェイガー 上本絵美さん>【東京都港区】
企業間で二酸化炭素(CO2)の排出量を取引する「カーボンクレジット市場」はまだ成長途上にあり、特に日本では認知や取り組みが遅れている分野です。そのなかで、脱炭素の取り組みを推進しながら、農業分野の収益性向上を目指しているフェイガー株式会社(以下、フェイガー)は、農家が持続可能な形で収益を上げられる仕組みを構築し、地域社会に大きな変化をもたらそうとしています。
カーボンクレジットとは、企業や個人が排出する二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを削減する取り組みを行った際、その削減量を取引できる仕組みのこと。たとえば、ある企業がCO2を削減するためのプロジェクトを実施し、その成果として削減されたCO2量が「クレジット」として認定されます。これをほかの企業に販売することで、クレジットを購入した企業は自らのCO2排出量を削減したとみなされるのです。この仕組みは、特に環境対策が求められている現代において、温暖化防止のための有効な手段として注目されています。
フェイガーが実現しようとする未来とは何か。農業と脱炭素の融合を通じて、どのように社会の未来を形作っていくのか。最高営業責任者(CSO)である上本絵美(うえもと・えみ)さんにその挑戦の原点と展望についてお聞きしました。
農業の収益性を高めることと並行した、脱炭素化への取り組みの推進
フェイガーは、農業とカーボンクレジットを結びつけ、持続可能な農業を目指しつつ、農家の収益性を高めることを目的としています。特に、農業従事者に大きな負担をかけずに脱炭素化が可能な方法を提案し、CO2削減に貢献する形でクレジットを創出する仕組みを確立しました。
日本においては、農業のCO2排出量が全体の約10%を占めているにもかかわらず、これまで農業分野での脱炭素化の取り組みはあまり進んでいませんでした。多くの企業が製造業や運輸業などの大規模なCO2排出源に注目する一方、農業はその規模や地域性から、CO2削減の優先順位が低く、加えて、農業従事者にとって脱炭素化が収益に直結しないと考えられていたため、CO2削減に対する関心が薄かったことも一因です。
その結果、これまで農業分野での脱炭素化の取り組みはあまり進んでいませんでした。しかし、近年では気候変動の影響が農作物の生産に大きな打撃を与え、水稲やりんご、温州みかんなどの品質に顕著な影響があり、栽培適地の変化や病害虫が増加するなど、農業従事者にとっても脱炭素化が無視できない課題となりつつあります。
欧米ではカーボンクレジットの導入が進んでいますが、日本ではまだ初期段階にあります。カーボンクレジット自体があまり理解されていない現状がありますが、フェイガーはそのギャップを埋め、企業と農家の間に新たな収益の流れを作り出すことに成功しています。さらに、農家が既存の農法に少し手を加えるだけでクレジットを得られるというシンプルな仕組みは、農家にとって手間を増やすことなく収益を生み出す点で画期的です。
生産者にとってフェアな世界を目指す。「不公平な現実」に直面し、導き出したカーボンクレジットモデル
フェイガーの代表である石崎貴紘(いしざき・たかひろ)さんは、前職でシンガポール滞在中に、日本産のフルーツが高価で販売されているにもかかわらず、農家には十分な収益が還元されていない現実を目の当たりにし、不公平さを感じました。この「フェアでない世界」を変えるべく、「生産者が正当に評価され、持続可能な収益を得られる世界」を目指すという強い思いが、フェイガーの原点となっています。
フェイガーが手掛けるカーボンクレジットは、単なるCO2削減だけでなく、農業の収益性を高める手段としても機能しています。農家にとって脱炭素化は新しい試みですが、これを通じて得られるクレジットは、フェイガーがすべて買い取る仕組みを採用しており、農家にとってのリスクを最小限に抑えています。この仕組みにより、フェイガーは農業の収益性を向上させ、持続可能な農業の推進を支援しています。
手軽なカーボンクレジット活用で農業の収益性向上へ
農業の収益性が低い原因の一つは、農家の多くが個人経営であり、規模の小さい農家が多いことです。フェイガーは、そうした農家の脱炭素化を支援し、収益性を高めるためにカーボンクレジットを活用しています。農家にとって、この取り組みは通常の農法を少し変更するだけで済むため、負担が少なく、新たな収益源となっています。
たとえば、稲作農家が水を一定期間抜く中干しという農法ではメタンガスが生成されますが、この期間を延長するとメタン発生量が削減できます。中干し期間を延長し排水量を測定、記録することで農家は追加の投資をすることなく、普段の作業の延長でカーボンクレジットを得ることができます。この方法はすでに国の「J-クレジット」に認定されており、リスクを取らずに収益を上げることができるのです。
さらに、フェイガーはクレジットのすべてを買い取ることで、農家に対して安定的な収益を提供しています。クレジットの価格が変動しても、農家はその影響を受けることなく、一定の収益を確保できる仕組みが整っている点は、大きなメリットとなっています。
目指すはCO2削減量を年間年間年間90万トン。稲作以外の農業や多地域にも展開し、さらに広範的な脱炭素化へ
フェイガーは、東北、北海道地方を中心とした地域の農業に根ざし、地域経済の活性化を目指しています。地域の農家から買い取ったカーボンクレジットは、地域企業に販売され、地域内で経済が循環する仕組みを作り出しています。この取り組みにより、地域全体で年間約10万トンのCO2排出削減を目指しており、持続可能な経済発展と脱炭素社会への移行を進めています。
さらに、フェイガーは農業の生産性向上にも取り組んでいます。現在は稲作を中心にカーボンクレジットを提供していますが、今後は他の農産物や地域にも展開していく予定です。特に、農業における技術革新や機械化を通じて生産性を高めることを目指し、農家にとっての負担を軽減しながら、2030年までに全国規模でのCO2削減量を年間年間90万トンに引き上げる計画を進めています。
胸を張れる仕事を。農業従事者に寄り添い、日本の農業が正当に評価される社会へ
フェイガーCSO上本さんが持つ強い思いは「生産者に光を当て、正当に評価される世界を作る」というものです。上本さんは、創業当初から農業の課題を深く理解し、農業従事者がその労働の対価として正当な収益を得られるようにすることが、社会全体の公平性を高める第一歩であると確信しています。
「フェアでない世界を変える」という理念を胸に、農業と脱炭素化を結びつけることで、持続可能な社会の実現を目指しています。彼女の思いは、単なる収益性の改善だけでなく、農業の未来そのものを切り開くことにあります。
上本さんは「収益化だけでなく、農業従事者が胸を張って仕事を続けられる社会を作りたい」との強い願いを持ち、農家一人ひとりと向き合いながら、その思いを具現化しようとしています。農業従事者が、自分たちの取り組みが環境にも社会にも貢献していると感じられるような未来を目指し、フェイガーはその挑戦を続けていきます。
聞き手 丸山夏名美、執筆 木場晏門
【訂正】(2024年10月30日)当初公開していた記事ではCSOの上本絵美さんの肩書を最高戦略責任者と表記しておりましたが、最高営業責任者の誤りでした。また、目指すCO2削減量は年間30万トンではなく年間90万トンが正確でした。資料を誤読いたしました。謹んでお詫びいたします。内容に確認が取れたため、本日、記事を再公開いたしました。ローカリティ!編集部