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「無化調は、守るべきものの一つ」何かが一つでも欠けてしまうと、『とら食堂』の味にはならない。

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「とら食堂」のラーメンは人間臭い。だからこそ、どうしようもなく惹かれる。

無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム[40歳からのやんわり無化調]。前回は1953年創業の老舗、福岡市東区箱崎に店を構える「花山」を紹介した。
今回の舞台は福岡市中央区六本松。近年、再開発によってどんどん街の表情が変わっていくこの活気あふれるエリアにおいて、創業以来、一貫して孤高の一杯を提供してきた「とら食堂 福岡分店」にスポットを当てる。

「とら食堂」の本店があるのは福島県白河市。創業1969年という老舗にして、同地域に根付く白河ラーメンのパイオニアとして全国的な知名度を誇る有名店だ。

なぜ、そんな福島の名店が遠く離れた福岡の地に分店を出すことになったのか。そこには、今や世界にも展開する福岡発の人気豚骨ラーメンチェーン「一風堂」の存在があった。「一風堂」の創業者・河原さんと「とら食堂」の店主・竹井さんとの縁により、「福岡分店」という形で福岡に「とら食堂」が誕生。現在、この「分店」の店主となった和田響さんも、元々は「一風堂」でキャリアを積んだ人物で、かねてからの念願を叶え、ここ福岡の「とら食堂」の暖簾を引き継いだ。

提供されるラーメンは、まさに福島にある「とら食堂」の味。現在、この「福岡分店」の店に立つ和田さんが本店の味を忠実に再現している。
やや加水を低めに抑え、コシを引き出した手打ちによるちぢれ麺、炭火で炙って仕上げるジューシーかつ香り高いチャーシュー、そしてチャーシューを仕込む際に生じる「かえし」(ラーメンの味を決める醤油ダレのこと)で味を調えた鶏主体のスープ、これらの3本柱が味の要。これらの秀逸なバランスこそ、「とら食堂」を世に知らしめた原動力と言える。

「一杯のラーメンにまつわる全てを、一から店で作り上げる。とら食堂には、ラーメンづくりの全てがあるんです。そこに惚れ込みました」という和田さん。「とら食堂」のラーメンは、和田さんの言葉どおり、職人の手によって生み出される。というのも、スープ、麺はもちろん、チャーシューといった具材まで、どれも店で一つひとつ仕込むのが特徴だ。

ちぢれ麺はカットだけに機械を使っているものの、粉と水を合わせる水回しから、捏ね、練り、伸ばしは全て職人による手作業。ちぢれのウェーブもまた、手もみによって微妙なニュアンスを加えている。
この麺のために用意するスープには、厳選した地鶏の丸鶏、鶏ガラをじっくり煮込んだ出汁の風味が十二分に凝縮。この極上の液体に、チャーシューのエキスが溶け込んだ醤油ダレを合わせることで、どこまでも奥行きを感じる味わいに仕上げている。
スープをまとった麺を口に含むと広がる口いっぱいの幸福。決して派手ではないが、いつまでも心に残る味わいだ。

手仕事ゆえに、携わる人によってガラリと味が変わるという側面もある。「だからこそ、面白いんですよね。毎日が真剣勝負という言葉があるじゃないですか。本当にそうなんですよ、とら食堂のラーメンは」と和田さんは言葉に力を込めた。
「とら食堂」の看板を掲げるということは、その製法を、つまり本店でなされる工程を忠実に守るということ。ただし、工程を忠実に守って作ったとしても味が大きく変わるのは、とても繊細な調和によって「とら食堂」のラーメンが成り立っている何よりの証拠だ。

麺の太さ、長短がわずかに違えば、スープの絡みが異なってくる。また、寸胴の火加減をちょっとでもおろそかにすれば、それは出汁の濃度の違いに直結する。
「特にかえしを作る工程がシビアですね。豚肉の大きさや形は毎回同じではありませんし、炭火もまた、ガスのように火力が一定にはなりませんから。炭火で焼き上げる際の1分程度の差で、かえしの味が左右されます。火を見て、肉を見て、緊張感のある時間ですね」と教えてくれた和田さん。
守るべきレシピはあるが、単純に鶏ガラを何分煮込む、麺は何回手もみするというような話ではないということだ。どれだけ目の前の仕事に集中するか。自分自身の感覚を頼りに、あるようでないレシピを噛み締めるように、和田さんはラーメンを作り上げていく。

この連載で取り上げているということは、つまり、この「とら食堂 福岡分店」もまた、無化調による一杯を提供している。ただ、店のどこにもそのことを謳う掲示物はない。
「竹井さんがうま味調味料を使わないんですよ。だから使わない。それだけですね。そもそもそこを売りにしているというわけでもありませんから。私自身、普段からうま味調味料の有無はそこまで気にしない人間です。ただ、『とら食堂』の味に惚れ込み、この暖簾を守っていきたいと考えている以上、この店では使わない。私にとって無化調は、ラーメンづくりにおいて守るべきものの一つ。何かが一つでも欠けてしまうと、『とら食堂』の味にはなりません」

繊細な調和によって生まれる「とら食堂」の味は、もはや何物も入り込む余地がないほどに磨き抜かれてきたということだろう。創業者から連綿と受け継がれてきた仕事があり、そこに惚れた人々がいる。「とら食堂」のラーメンは人間臭い。だからこそ、どうしようもなく惹かれるのだ。

中華そば とら食堂 福岡分店
福岡市中央区六本松4−9−10
092-707-1015

山田祐一郎
1978年福岡県生まれ。2012年8月、「KIJI (キジ)」を設立し、同時に、日本で唯一(※本人調べ)のヌードルライターという肩書きで本格的に活動を開始する。これまでに飲食関連の専門誌、情報誌、ウェブマガジンなどで原稿を執筆。毎日新聞での麺コラム「つるつる道をゆく」をはじめ、連載実績多数。著書に「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター 秘蔵の一杯 福岡」。「1日1麺」をモットーに、美味しい麺との出会いを求め、近年では国内のみならず海外(イタリア、台湾、タイ)にも足を運んでいる。日々食した麺の記録はWEBマガジン「その一杯が食べたくて。」に掲載中。2019年9月から父の跡を継ぎ、製麺所「山田製麺」の代表も務め、麺づくりにも取り組む。http://ii-kiji.com/

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