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栃木県・湯西川温泉の秘湯宿へ。木も心遣いもふんだんに仲よし親子が磨く『上屋敷 平の高房』

さんたつ

【旅の手帖】上屋敷平の高房_7

平家が落ち延びた深山幽谷の地に佇む、質実剛健な木の館。栃木県湯西川温泉『上屋敷 平(たいら)の高房(たかふさ)』。「父母が魂を込めてつくってきた宿」を3代目若女将が守り、引き継ぐ。

上屋敷 平の高房(かみやしき たいらのたかふさ)

今回の“会いに行きたい!”

山城晃一(こういち)さん・山城晴香さん

先代が材木商だからこその豪壮な木の館

「保育園からみんな一緒で、同級生はわずか6人。小学校は全校生徒合わせて30人、中学校では15人だったんです」。そう話すのは若女将の山城晴香さん。

湯西川温泉は、平家の敗北が決定的となった元暦2年(1185)の壇ノ浦の戦いのあと、平家の落人(おちうど)が隠れ住んだといわれ、「鯉のぼりをあげない」「煙を立てない」「鶏を飼わない」決まりがあった土地。

集落のなりたちからして、人に見つからないようにひっそりと暮らしてきたわけだから、人が少ないのは当たり前かもしれない。

玄関には『平家物語』の壇ノ浦の戦いの様子を描いた布製の絵がある。

『上屋敷 平の高房』は、湯西川温泉街の入口から2㎞ほど奥まった場所にある。少し離れているから一軒宿にも見える。

創業は昭和48年(1973)。宿名はこの地に逃れてきた家臣団の長、平高房(平忠実ともいわれる)の名からとった。建物は重厚な趣で、立派な木材をふんだんに使っている。

「ケヤキの通し柱は樹齢350〜400年。いまはなかなか、そんな木はありません」と、晴香さんの父で現社長の山城晃一さんは言う。

材木商を営んでいた先代が、この地のケヤキやヒノキなどの天然木を惜しげもなく使い、会津の宮大工を呼び寄せて建築した。

ロビーの梁は9mもある米マツ。「鉄骨が入っていますが、これだけの幅、長さの木もそうないでしょう」と晃一さん。

訪れた人は頭上の梁を仰ぎ見て感嘆の声を上げ、その居心地のよさについ長居をしてしまう。

開放感のあるロビーから庭を眺める。天井を見上げると9mもある立派な米マツの梁が4本並び、格調高い雰囲気が漂う。

創業当時は「囲炉裏(いろり)会席」を出すドライブインとしてスタートし、のちに宿に転身。順調に客足を伸ばした。しかし、2000年以降は団体から個人旅行へのシフトがうまく進まず、商売は厳しくなっていった。

「赤字が続き、次世代に引き継げるかどうか不安もあった」と晃一さんは振り返る。

そんな頃、姉と弟、二人の子どもを呼び寄せて「将来、どうしたいか」と話し合う家族会議が開かれた。

当時、大学院生だった晴香さんが「こんな木材を使った宿はほかにはない。両親が人生を捧げ、魂を込めてつくった宿をこのままの形で守り、残したい」と、かねてからもっていた「宿を継ぐ」という意思表示をした。そのことを一番に喜んだのは父である晃一さんだ。

晴香さんの同級生も観光業に携わる家庭の子どもが多いが、コロナ禍後は家業を継がず、外資に売る決断をした人も出てきた。そんな状況でも、彼女の意志は揺るがなかった。

クリの木の階段を上ってフロントとロビーへ。

若女将のモットーは「なんでもやってみよう」

晴香さんは子どもの頃は敷地内の小川を飛び越え、石垣をよじ登って遊ぶ元気な子どもで、中学では柔道やバドミントンに打ち込むスポーツ少女だった。

そんな彼女は東京の津田塾大学、一橋大学大学院へと進学、経営学を学んで、卒業後は財務・会計に強いコンサルティングファームへと就職。

そう聞くと、温泉宿の女将とは違った道を志したように感じられるが、5年間さまざまな業種の経営支援を行い、論理的な思考や人へのアプローチ方法を学んだのは、ひとえに宿経営の未来を意識してのこと。

就職した会社は「やったことがない、だからやってみる」が社訓。「自分で調べて、食らいつくマインド」はそのときに身につけた。

宿に戻ってからは、売店での酒類販売や食事処のドリンクオーダーのIT化、従業員同士のコミュニケーションに使うチャットツールの導入など、宿に必要なおもてなし手法を取り入れた。

筆者はチェックアウト時に客室にスマートフォンの充電器を忘れてしまったが、清掃スタッフがすぐさま届けてくれた。忘れ物にここまで早く対応してくれる宿もあまりないので、若女将が取り組む仕事のマニュアル化・効率化が隅々まで機能している印象を受けた。

夕食は囲炉裏のテーブルで前菜からスタート。「特選和牛付」のコースは黒毛和牛のミニステーキ(右)が付く。

離れに温泉サウナを新設囲炉裏料理も食べやすく

貸切風呂「金精の湯」(フロントで要予約、無料)。ほかに貸切風呂「子宝の湯」、大露天風呂「藤の花房」、男女別浴場がある。

温泉は無色透明で、しっとりと肌が潤う美肌の湯である。よく見ると湯の花も舞っている。「金精の湯」を形作る美しい模様の堆積岩は、木材だけでなく石集めにもこだわった初代が「どうだ、すごいだろう」と言っているようにも思えた。

客室は2023年1月にリニューアルした、モダンな内装とシモンズベッドでくつろげる「公達亭(きんだちてい)」、木のぬくもりを感じる和室「叢林亭(そうりんてい)」のほか、2棟・3室の離れがある。

離れ「望郷亭」は、古民家移築の一棟貸しだったところを2025年1月に2部屋に分け、サウナを新設。サウナで温まったあとに、源泉かけ流し温泉と、井戸水で温冷交互浴ができる贅沢さが売り。

また、高台にある離れ「閑静亭」は源泉かけ流しの大きな露天風呂をもつ一棟貸しで、気のおけない仲間や3世代家族など大人数向きだ。

趣ある古民家移築の離れ「望郷亭」。
「望郷亭」のサウナと付設の上がり湯。サウナストーンに水をかけてロウリュもできる。
赤い浴槽は温泉、青い浴槽は井戸水。

この宿の料理は囲炉裏テーブルで食べる「囲炉裏焼き」。名物の一升べらは鶏と鴨のミンチに山椒と味噌を混ぜ、竹のヘラにつけて焼いたもの。日本酒を一升飲めるくらいうまいのがその名の由来だ。

前菜や刺身も山のものばかりで、ここまで来る価値がある料理の数々だった。

建物も源泉かけ流しの温泉も料理もすべてがトータルでいい。この物価高の時代にあってお得感のある穴場宿といえる。

晴香さんならではの目線のサービスが加わって、これからさらに居心地のよい宿へと進化を遂げることだろう。

郷土料理の「囲炉裏焼き」。写真左からイワナの塩焼き、一升べら、里芋、米をすりつぶして作られるばんだい餅。

歩いて見つけたみやげもの

会津屋豆腐店の「深山チーズ」。まるでスモークチーズの味わい酒の肴に食べたい、燻製豆腐

豆腐をひと晩、溜まり醬油・味噌につけてから乾燥させ、桜のチップで6時間燻した「深山チーズ」は歯ごたえ抜群で酒のおともに最適(しょうゆ味・みそ味)。

山島屋の「サンショウウオ」。見つけたら即買い!夏バテ知らずの珍味

梅雨の時期に、産卵のため清流に下ってくるサンショウウオを捕まえて燻製に。滋養強壮に効果あり。現在は獲る人も少なくなっている希少品だ。

上屋敷 平の高房(かみやしき たいらのたかふさ)
住所:栃木県日光市湯西川1483/アクセス:野岩鉄道会津鬼怒川線湯西川温泉駅からバス25分の湯西川温泉下車、車5分(湯西川温泉バス停から送迎あり、要予約)

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2025年4月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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